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30 後退的前進

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 騎兵集団を視認し、危機感を覚えたカタリンが、頓狂な声を出す。


「落ち武者にガイコツの兵士が、徒党を組んでやってきますわ!」


 お嬢様風の言葉遣いを保ったままなので、まだカタリンには精神的余裕がありそうだ。


 政信はカタリンを観察する目を、御者台に向ける。珠緒はカタリンほど余裕がなさそうだった。


「スケルトン・キャバルリーと落ち武者騎兵が、どうして。普段は練兵場から出ないのに、なんで?」


「あっちからは、グールと悪霊の群が来てますね」


 御者台の珠緒が狼狽える横で、ムーナが流石に危機感をにじませて警告を発した。


 墓場にいたグールの集団が、棍棒や大腿骨と思われる大きな骨を振り回しながら、政信たちの馬車へ押し寄せてきていた。
 しかも、途中で畑や森を彷徨っていた白や黒の影――悪霊――たちも合流し、集団の数は着々と増していった。


 ものの数十秒で数百もの集団に成長し、時を追うごとに増える中、違った角度から集団に加わる者たちがあった。


「タマ! 空からも来るぞ」


「ええ? 大ガラスまでくるなんて、今日はどうなってるの」


「あいつら、何しに来てるんだ。歓迎のあいさつか?」


「歓迎する時に、武器を持って殺到する文化なんて、この世のどこにもないわよ。何か怒らせるようなことをしたか、気が立っていたんでしょ。あの人数の囲まれたら、みんなこの邦で領民になるしかなくなるわ。逃げましょう」


「馬鹿を言うな。ガキの使いじゃないんだぞ。ここまで来て帰れるか。なあムーナちゃん」


「え、帰ったほうが良くないですか?」


 ムーナは急に弱気になっていた。アンデット系は苦手のようだ。


 政信は、話しの矛先を変える。


「下がって何も得られないなら、前進するしかねえだろ。なあミズキ」


「もちろんっすよ。あとミズキじゃなくてカタリンっす。雷法術の出番っすかね」


 悪ガキモードになったカタリンは、不敵な笑みを浮かべた。


 馬車の荷台から樫の杖を取り出し、外見は美しいハイエルフは、精神を集中する。早くも空気が帯電し、馬車を包む。が、政信に頭を叩かれた。


「止めろ馬鹿野郎」


「やろうじゃないっす。貴族令嬢っすよ。なにするんすか」


「これから領主様に合って、金になる仕事をもらうってときに、邦の民を雷の法術で吹っ飛ばしてどうする」


「じゃあ、どうするんすか」


「だから前進だ。城まで行くぞ」


「騎兵相手に、おんぼろ馬車で逃避行っすか? 無茶っすよ」


「無茶は承知だ。タマどうする。五日かけて出かけて、なにもせずに後退する臆病な間抜けになるか。それとも賭けに出るか。どっちだ」


 政信は、珠緒の目を覗くようにして迫った。


「えーと、後退したいな。臆病だからではなくて理知的だから」


 怯えている上、ムーナも帰りたそうにしているとあって、珠緒は素直に心情を吐露した。


「正直でよろしい。後退する。ただし前方に向けてだ」


「え?」


 最初から結論を出していた政信は、珠緒から手綱を奪うと、馬に鞭をくれた。
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