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43 死者の邦の事情

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 政信は素直に疑問をぶつける。


「太守閣下、質問をお許しください。もしや、閣下にとって戦とは、暇つぶしのようなものなのですか」


「なぜそう思うのだね?」


 アンダウルスは、課題に挑む学生を見る、教授のような目をしていた。


「浅学非才の身ではありますが、無い知恵を絞って考えました。王侯貴族が戦を起こす動機は、大雑把に分けて、内部事情か外部事情の二種類です」


「で、ダークエルフの戦士であるところの片倉君は、内部事情と外部事情、どちらが原因と考えているのかね」


「内部事情、それも安全保障上の問題は関係のないと見ました」


「ほう、片倉君の目には、余の邦が治まっていないように、見えたのかな?」


 君主が、安全保障を問題としていない状況で外征を行う場合、内部事情として分かりやすい動機は、権威の獲得と回復だ。


 就任したばかりで権威や威厳に欠ける新王、内政の失敗により国内の政治勢力から支持を失いそうになっている指導者などが、軍事に頼る例は多い。権威と影響力を維持しようとするなら、外敵との戦いで勝利して新領土を得るなど、国家の利益になるような行動が、最も効果的だからだ。


 アンダウルスの権威が低下している。そんな風に主張していると取られるわけにはいかない。政信は、急いで答えを返す。


「いいえ。そうは思いません」


「片倉君は、余の政治的立場や力について、なんらの事前情報ももっていないはずだ。なにを根拠に判断したのかね」


「太守閣下の邦には、入ったばかりで、何も知らないも同然です。しかし、アンデットが、不死の王に逆らえるでしょうか? ありえないのでは、ありませんか」


「ふふ」


 政信の常識的なアンデット論を聞くや、アンダウルスは鼻で笑った。


 素人考えに呆れる専門家を思わせる仕草だった。


 何かしくじったかと心配する政信に、アンダウルスは話を促す。


「ならばなぜ、内部事情が原因で物が起こると断じたのかね」


「物とはまた、古い言い回しですのね」


 カタリンが淑やかに笑う。太守であるアンダウルスの前では、お嬢様として振舞うと決めているようだ。


 流石のカタリンも、アンデットの王を前とあって、悪ガキモードを封印する分別はあるようだ。


 胸を撫で下ろす政信を他所に、アンダウルスが苦笑する。


「失礼。近頃は、戦いを〝物〟ではなく、戦とか戦争とかいうのだったね。訂正しよう。なぜ、内部事情が原因で戦争が起こると判断したのかね。余の国が政治的に安定しているのなら、原因は外部に求めるのが自然というものだろう」


 アンダウルスの疑問は、もっともだった。


 政信は、今の雰囲気ならいけると踏んで、敢えて無礼な言い回しをする。


「あえて失礼を申し上げます。常夜の邦を侵略する場合、危険はあっても価値はありません」


「死者の王たる余を相手に、よくも直言したものだ。おっと、褒めているのだよ。死者ばかりの陰気な邦をとっても抵抗ばかり強くてうま味はない。無味乾燥な事実は、巧言令色に勝るというものだ。続けたまえ」


「やはり、内部事情が戦の原因と考えました。権威ではないし、経済的事情ということも考えにくい。そこで、さきほど太守閣下がおっしゃった「心が躍る」という言葉をヒントに、視点を変えました。そう、精神面、まさに内部の事情が原因だったのではないか、と。閣下も家臣の方々も、領民も、皆、もう死ぬことはないわけです。しかし、現世にとどまっている。感情を持つ者ならば、退屈こそ恐るべきものなのではありませんか?」


「生者でありながら、よく辿り着いたね。大体はあっているよ。死者は死んでからも〝生〟があるのだ。死者は現世においても、それなりに栄えておるしな。真祖たる余も、寿命はなく死もない。平和を楽しむのも良い。歌い、詩を詠み、演劇に興じ、音を楽しむ。建設や街づくりに精を出すのも、心躍るな。作物の品種改良に、死後の活動時間を捧げる者もいる。だが、平和も過ぎれば退屈だ。たまには、領内挙げての大戦争の一つや二つ起こさなければ、精神が死んでしまうのだ。なにせ、戦ほど楽しいものはないからな」


「楽しい、ですか?」


「左様。楽しい。身を飾った男女が集まって、一緒に騒いで盛り上がる。それが物、いや戦争だ。祭のようなものではないかね。大抵の者は、祭りを好むものではないか。そこは使者も生者も変わらぬものだ」


 自然の営みに言及するかのように、アンダウルスの言葉は何気ない。ただ、春の温かさや夏の日差しの厳しさ、秋の冷たい風と、冬に降りる霜の話でもするかのような声色だ。


 そんな理由で戦とか迷惑極まるな、などとツッコミたいが、入れて良いものかはわからなかった。


 何せ相手は、寛容そうであっても、死者の邦を統べる太守だ。


 下手な発言をした者どころか、気分次第で無実の者でも殺してしまえる地位と実力を持つ強者だ。


 政信はもちろん、仕事の欲しい珠緒も、おかしなところもあるが弁えた行動もできるムーナも、絶句してしまう。


 しかし――


「生者には、迷惑ですわね」


 カタリンは別だった。
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