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63魅惑の猫人

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 楽曲が変わったところで、カタリンたちが動き出す。扉付近の待機位置から、二人の花嫁はしずしずと玉座に向けて歩き出した――わけではなかった。


 背の低いカタリンはちょこまかと、緊張の面持ちで歩くアビーと呼ばれた美容師は速足で移動していたため、両者に距離ができていた。


 二人の花嫁の後ろでドレスの裾を持つ子供の浮遊霊がつんのめったり、侍女役の珠緒とムーナが長いドレスの裾を踏んで転んだりと、グダグダな展開となっていた。


 とても常夜の邦を治める太守が主催し、主役も務める婚礼の儀が行われているとは思えなかった。


 日本でいえば、社会的評価の低い仕事に携わる家の子女が集まった私立校の、豪華だが幼稚で下品な舞踏会、といったところだろう。北の岬で開催された舞踏会ならぬ武闘会になら参加した――というよりさせられた――経験しかない政信には、関係のない話ではあるのだが。


 政信が北の岬での経験を思い返す間に、カタリンとアビーは、目の前まで来ていた。


 カタリンの花嫁姿を、政信はすでに堪能していた。それでも視線を固定させるほど蠱惑的であり、心を支配するという点で暴力的なまでに美しかった。


 美人は三日で飽きるというが、大ウソだ。


 真の美が放つ魅力という刺激に、飽きなど来ないのだと、政信は確信した。


 カタリンの外見は、まだ幼さを残している。にもかかわらず、衣装室では政信の自尊心や照れで構築された防壁を易々と突破して、てらいなく褒め称えさせたほどだ。


 これで成長して背が伸び胸が豊かになり尻が成長して腰がくびれようものなら、最強のセクシャル・モンスターが誕生することになるだろう。魅力を振りまくカタリン委寄って、人生を狂わせる男の数は、ダース単位で数えねばならなくなるにちがいない。
 政信は、美と秀麗の怪物誕生を、真剣に危惧した。



 もちろん、カタリンに忠告してやるつもりはなかった。
 また褒めたと、上から目線で語られる羽目になるからだ。


 政信が決意を固めていると、会場内が騒めきだした。


「なんと美しい花嫁だ」


「生者の生き生きとした姿には、気後れしてしまうわね」


「もう少し顔色が青白いほうが好みだな。美しさについて、異論はないがね」


「あら貴方、昇天しかかっているわよ。あのハイエルフを見ないほうが良いわね」


 周囲のアンデットたちから出される、羨望のため息と感嘆のうなり声で、ちょっとした嵐でも起こったかのように、空気がうごめいていた。


 一方、美容師のアビーは、カタリンほどではないが美しく、それでいて直接的な女性的魅力に関しては、はるかに上回っていた。


 豊かな胸は、胸元の開いたドレスによりいっそう強調されている。尻も太ももも、飽食した牛のように、良い肉付きをしていた。


 波打つ亜麻色の髪と少し黄みのかかったきめ細やかな肌も、頭頂部に生える猫耳も、アビーの魅力を引き立てていた。


 なにより、目がいい。幽体とは思えぬほどに暖かい光を、瞳に宿していた。はにかむような微笑と相まって、家庭的な印象を与えていた。


 カタリン御美しさもさることながら、政信はアビーのまとう優しさと淑やかさに魅かれ始めていた。


 アビーの顔を眺めていると、二人でどんな生活を送ろうかと、余計な妄想してしまう。アビーの隣で、ギリシャ神話における主神の奥さんよりも恐ろしい狂相をしているカタリンがいなければ、子供の人数についてまで、考えていたかもしれなかった。


 アビーとは、ただの一度もまともに会話をしていないにもかかわらず、政信の飛躍する発想は、大人しくなる気配を見せなかった。
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