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64 異議あり
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政信がアビーとの新婚生活に関する妄想を楽しんでいる中、アンダウルスの司会進行は続く。
「さて、花婿と花嫁は揃った。いよいよ婚礼の儀は本番を迎える。カタリン嬢は、余の妻となり、ハイエルフのまま吸血鬼となる」
アンダウルスの宣言に、会場は大きくどよめいた。
「おお、ハイエルフが吸血鬼とは、二千年ぶりではないか」
「千三百年ほど前に、一人いたのではなくって?」
「ああ、いたいた懐かしいな。権力闘争に敗れたマヌケで高慢な耳長の貴族、いやハイエルフが、太守閣下を頼ってきたんだ。アンデットとなって太守閣下に仕えたが、わずか五十年後に眷属と反乱を起こしてやがったな。鎮圧後に首と胴体を離されていたはずだが、まだ地下牢にいるのか?」
「たまに恨み節が聞こえるぞ」
「地下牢から恨み節が聞こえるなど、いつものことだろう。耳長に使役されていた戦奴隷のオークや、只人をゾンビにして、牢に叩き込んでやっただろ。そいつらではないか?」
「いやいや、美声だったし、妙に芝居がかっていた。間違いない」
物騒なうわさ話を楽しんでいるのは、タキシードやドレスに身を包んだアンデットの貴族たちだ。
「ハイエルフなら法術を使えよう。戦に向けて、戦力が強化されるな。それだけが、重要だ」
「そうだ。戦だ。久しぶりだ。楽しみだ。ところで、どこを攻めるのだ?」
「まだ決まっておらぬ。どこかには征くと、決まっているだけだ」
帯剣した戦士階級のアンデッドたちは、カタリン――というよりハイエルフ――の法術の威力に、胸をときめかせていた。
喜ぶ家臣たちを満足げに見やってから、アンダウルスはもう一人の花嫁を紹介にかかる。
「さて余の親族たる猫人のアビーは、余の城にいる者なら、見知っているな。アビーは、こちらのダークエルフ、オリスト・カタリン嬢の家臣である片倉政信と結ばれる。生者の世界では、死者と生者の婚姻は禁忌とされるが、常夜の邦では関係のない話だ。諸君、祝福を」
控えめな拍手が女性陣から起き、男性陣から起こったただ大きいだけの拍手が交差した。
アンデットなりに様々な心境があるのだろう。政信がアンデットたちの人間関係について、想像を巡らせていると、アンダウルスの挑発するような声が聞こえてきた。
「さて諸君、こうして二つの宝石が並べられたわけだ。ただいまこの時より、余とオリスト・カタリン、片倉政信とアビー・アクブルトは夫婦となる。異議があるなら、ただちにいいたまえ。今を逃せば、異議は受け付けぬぞ。まずは、余とカタリン嬢の婚礼の儀だ、異議はあるかな?」
アンダウルスは、婚礼の儀に異議があるかを問うた。
常夜の邦における伝統なのか、それとも邦の領民となった者が持ち込んだ文化なのかはわからない。きっと、誰も異議を唱えず、沈黙が続いたり拍手が起きたりすると、婚姻成立となる。といったところだろう。どうころぶにしろ、政信に、政信たちにとって、好都合な風習だった。
利用しない手はない。
失敗すれば目もあてられないので、様子見という選択肢も当然ある。だが、目の前に転がった機会を活用できないような臆病者は、永遠に様子見をする羽目になるというものだ。
戦場で無謀なヤツめと罵られても、臆病者と後ろ指をさされた例のない政信は、立ち上がった。
周囲が無言で息をのみ、楽団員の奏でるアクティブな音楽だけが木霊する中、政信は声を張り上げた。
「異議あり」
他人の婚礼を邪魔する不埒者とは思えぬほどに、堂々とした態度を示せたと、政信は内心で自我自賛した。
「さて、花婿と花嫁は揃った。いよいよ婚礼の儀は本番を迎える。カタリン嬢は、余の妻となり、ハイエルフのまま吸血鬼となる」
アンダウルスの宣言に、会場は大きくどよめいた。
「おお、ハイエルフが吸血鬼とは、二千年ぶりではないか」
「千三百年ほど前に、一人いたのではなくって?」
「ああ、いたいた懐かしいな。権力闘争に敗れたマヌケで高慢な耳長の貴族、いやハイエルフが、太守閣下を頼ってきたんだ。アンデットとなって太守閣下に仕えたが、わずか五十年後に眷属と反乱を起こしてやがったな。鎮圧後に首と胴体を離されていたはずだが、まだ地下牢にいるのか?」
「たまに恨み節が聞こえるぞ」
「地下牢から恨み節が聞こえるなど、いつものことだろう。耳長に使役されていた戦奴隷のオークや、只人をゾンビにして、牢に叩き込んでやっただろ。そいつらではないか?」
「いやいや、美声だったし、妙に芝居がかっていた。間違いない」
物騒なうわさ話を楽しんでいるのは、タキシードやドレスに身を包んだアンデットの貴族たちだ。
「ハイエルフなら法術を使えよう。戦に向けて、戦力が強化されるな。それだけが、重要だ」
「そうだ。戦だ。久しぶりだ。楽しみだ。ところで、どこを攻めるのだ?」
「まだ決まっておらぬ。どこかには征くと、決まっているだけだ」
帯剣した戦士階級のアンデッドたちは、カタリン――というよりハイエルフ――の法術の威力に、胸をときめかせていた。
喜ぶ家臣たちを満足げに見やってから、アンダウルスはもう一人の花嫁を紹介にかかる。
「さて余の親族たる猫人のアビーは、余の城にいる者なら、見知っているな。アビーは、こちらのダークエルフ、オリスト・カタリン嬢の家臣である片倉政信と結ばれる。生者の世界では、死者と生者の婚姻は禁忌とされるが、常夜の邦では関係のない話だ。諸君、祝福を」
控えめな拍手が女性陣から起き、男性陣から起こったただ大きいだけの拍手が交差した。
アンデットなりに様々な心境があるのだろう。政信がアンデットたちの人間関係について、想像を巡らせていると、アンダウルスの挑発するような声が聞こえてきた。
「さて諸君、こうして二つの宝石が並べられたわけだ。ただいまこの時より、余とオリスト・カタリン、片倉政信とアビー・アクブルトは夫婦となる。異議があるなら、ただちにいいたまえ。今を逃せば、異議は受け付けぬぞ。まずは、余とカタリン嬢の婚礼の儀だ、異議はあるかな?」
アンダウルスは、婚礼の儀に異議があるかを問うた。
常夜の邦における伝統なのか、それとも邦の領民となった者が持ち込んだ文化なのかはわからない。きっと、誰も異議を唱えず、沈黙が続いたり拍手が起きたりすると、婚姻成立となる。といったところだろう。どうころぶにしろ、政信に、政信たちにとって、好都合な風習だった。
利用しない手はない。
失敗すれば目もあてられないので、様子見という選択肢も当然ある。だが、目の前に転がった機会を活用できないような臆病者は、永遠に様子見をする羽目になるというものだ。
戦場で無謀なヤツめと罵られても、臆病者と後ろ指をさされた例のない政信は、立ち上がった。
周囲が無言で息をのみ、楽団員の奏でるアクティブな音楽だけが木霊する中、政信は声を張り上げた。
「異議あり」
他人の婚礼を邪魔する不埒者とは思えぬほどに、堂々とした態度を示せたと、政信は内心で自我自賛した。
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