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67 心は一つ

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 アビーの頭を撫でまわす政信に、カタリンの追及が始まる。


「カタクラのほうが、よほど浮かれているではありませんの。そのドロボーネコを、いつまで撫でているつもりですの」


「正直、いつまでも撫でていたい」


 ネコ好きな政信が率直に心情を吐露すると、アビーは顔を赤らめ俯いた。


 直後、カタリンが政信の襟首をつかむ。


「戯言を。わらわとあのハゲ、いや太守閣下との結婚、止めないのですか。止めないといけませんわよね」


「え? あーそうだぞ、うん。そう、止めるぞ」


「忘れていましたね。絶対忘れていましたね」


「いや、決してネコ耳に心を奪われて、忘れていたわけじゃないぞ」


 政信はカタリンから視線をはずして言い訳をした。


「嘘ですわね」


「どう考えてもウソね。マサは昔から犬とか猫に弱いから」


「うそですよね」


 カタリンに続いて、珠緒もムーナも政信を責め立ててきた。


 反論しようとした政信の袖を、控えめに引っ張る者がいた。


 政信が視線を横にやると、アビーが袖を人差し指と親指でつまんでいた。


 アビーは上目使いで、政信の目を覗いてくる。


「嘘、じゃないのですか」


「うん嘘だ。猫耳万歳」


 政信は、やはり正直に猫耳愛を吐露してしまった。


 カタリンがまた奇声を発しようとするが、寸前で遮るものがあった。


「なるほど! 青年は、獣人に理解があるのだね。実に素晴らしい」


 アンダウルスだった。


 カタリンがこれ以上暴走しないよう。呼吸を合わせたようだ。


 それにしても、わざわざ「獣人に理解がある」などといったということは、常夜の邦における獣人の地位は、あまり高くないのだろうか。こんなに可愛いのに。アビーの頭をなで続けた。


「アニキ! またそのドロボーネコをなでて――」


「仲が良くて誠に結構! では、余とカタリン嬢の婚姻に対しての異議申し立ては、やめてしまってもいいね。アビーをめとるのだから」


「流れ的に、そうなるよな」


「カタクラ、あなた」


 カタリンは怒りを通り越して、絶望的な顔をしていた。


 瞳からは色が消え、白い肌は青白くなり、小さな体をさら小さく縮こませていた。


 お嬢様風カタリンは、最近顔を出さない悪ガキ風カタリンより打たれ弱い。


「だが、異議の申し立ては続ける」


「カタクラ」


 カタリンは顔を上げた。


 瞬きの増えたカタリンの顔に、生気が戻っていた。


「心配するなミズキ。俺は弟分を見捨てたりしない」


「ミズキではないと言っているでしょう。カタリンです。でも、信じておりましたよ。カタクラ、やはりあなたは愛の奴隷。わらわのために働く宿命があるのです」


「いや、そこまでじゃないけど」


「素直に認めても、よくって。愛は素晴らしいモノ。知性ある者のきらめきなのです。抱いていて恥ずかしがる必要などないのです」


 カタリンは、先ほどまで混沌の怪物のような咆哮を上げていたとは思えぬほど、上機嫌になっていた。
 ついでにヘタな詩人にもなっていた。忙しいヤツだ。



「ご歓談中に悪いが、異議を申し立ててどうするつもりか、尋ねても良いかね?」


 興味深げに尋ねてくるアンダウルスに、政信は被告の冤罪を確信する弁護士のような態度で宣言する。


「決まっている。二人とも俺がもらう」


「「「はあ?」」」


 舞踏会場に集まった死者も生者も、種族も関係なしに、呆れと驚愕の声を発した。


 様々な枠組みを超えて、政信を除いた皆の心は、一つになっていた。
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