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74 半分

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 政信が切り札を場に出そうとすると、アンダウルスは片手で制し、笑みを浮かべた。


「当ててやろう、場所は桑弓どもの治める新嘉良の港であろう。混沌の軍が攻め込むわけだ」


 新嘉良の港は、竜骨大陸北西部にある大規模な軍港だ。海を挟んで西に位置する島国・桑弓国が、唯一持っている海外領土として知られていた。


 桑弓国を治める将軍は、政争に敗れたハイエルフに、元居た始祖の国から分離独立するようそそのかし、西王国を誕生させた。見返りに、ハイエルフの持つ高度な法術の一部と、新嘉良の港を得たのだ。


 以来、桑弓国は新嘉良の港周辺に砲台や城壁を整え、軍を派遣して西王国を支援しつつ、統治を強化していた。


 桑弓国としては、ハイエルフに混沌勢を任せて、自らは竜骨大陸での領土と権益の拡大を目指していたのだろう。なにせ、西王国は桑弓の後ろ盾なしには存続は難しく、始祖の国改め東王国も、混沌との戦いでは最低限協力をせざるを得ないからだ。


 ところが、西王国は滅びた。


 東王国の守りは、この異世界でも最上位に固い。混沌勢が軍を進めるとしたら、港もある新嘉良だ。


 アンダウルスは、戦争を吹っ掛けるつもりのくせに、どこと戦争をしようかも決めないような男だが、戦略眼はあるらしかった。


「ご明察」


 政信が不貞腐れるフリをすると、アンダウルスの口角が上がる。


「子供でも分かろうというものだ。東王国を直接攻め込むのは、危険が大きい。ハイエルフの法術は強力で、東王国の森林地帯は深くて広大だ。森に住まうエルフたちと、ああ、ダークエルフとオークを除いたエルフたちと、心を通わせる木の精霊ウッドゴーレムたちは、混沌の怪物に匹敵する強さを持ち、数も多い。迂闊に攻め込めば、混沌に組する蛮族や怪物がいくら剛力を誇ろうと、緑の地獄に飲み込まれるだけだ」


 アンダウルスは、マジシャンのネタを見破った観客のような顔をしていた。


 もっといい気になってもらおう。政信は、上司に媚びるおべっか野郎のように、合いの手をいれる。


「まさに、ご慧眼ですな」


「東王国を取れぬからといって、混沌勢が北の岬を保持するためにと、籠るだろうか? 否、混沌の軍は侵略を止めない。蛮族が混沌の戦神を奉じる部族だった場合、東王国へすら盲目的に突撃しかねない連中だからな。戦神の信徒にとって、戦場こそ祭礼の場だ。戦死者の出ない日は、戦神が機嫌を損ねる。そこで、西王国が滅びて、まとまった勢力のいなくなった大陸西部に目をつけるわけだ。弱いところを狙うのは戦の常道、孤立した新嘉良の港を狙って当然だ」


「まさにご明察、しかし、正解とは言えません。半分だけ正解です」


「半分とは、奇妙な言い回しでわないか」


 政信の反応を受けて、アンダウルスは、興味と不快感の含まれる表情を顔に浮かべた。
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