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88 猫耳の力

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 アビーは、城館で着ていたフリル付きのドレスではなく、革鎧で身を包んでいた。


 猫人族ではあるが、アンデット化しているので、アビーの肌色は悪い。それでも種族の特性か、肢体の優美さは保っていた。


 城館で美容師として現れた時とは、別人としか思えぬほど目つきは鋭く、寝そべっていても隙はない。どこから襲われても即座にカウンターを放てるぞとでもいうように、自信あふれる態度だった。


 体の特徴を覚えていなければ、政信は別人と勘違いしていたかもしれなかった。


 アビーのあまりの変わりようを、珠緒が揶揄をする。


「あんたさ、急に態度変わりすぎじゃないの? 城館じゃお淑やかだったのにさ」


「猫被ってたに決まってるじゃん。この耳と尻尾を見なよ。と、言う前から見てる人がいたニャー、ウチの耳と尻尾に、ご執心みたいだにゃー」


「はぁ? チョーシに乗りすぎっすよ。アニキ、このドロボーネコ、一回痛い目に遭わせてやりましょう」


 カタリンは久しぶりに悪ガキモードとなり、荒んだ目をアビーに向けた。


「まあまあ、そんなに怒るなよ。せっかく故郷を出て、鉱人領までついてきてくれたんだし。あんまり悪く言うもんじゃない」


 生意気な態度を取られていながら、政信は反抗期の娘を前にした気弱な父親のようなぬるい反応を示した。


「アニキ、なにシャバイこと言ってるんすか。ケジメつけないとダメっすよ」


「ちょっとー、ウチの旦那がいいって言ってるんだから、他人は黙っててもらえますー」


 アビーは挑発的に笑いながら、尻尾でカタリンの顔を叩いた。


 尻尾を叩き落として、カタリンはアビーに詰め寄る。


「旦那ぁ? まだ正式にカタクラと結婚したわけでもないのに、もうヨメ気取りとは!」


「旦那が賭けに勝ったわけだし、あーしと婚約したってことっしょ。なら式を挙げていないだけで、あーしの立場は嫁ってわけよ」


 アビーは、胸を強調するような姿勢で勝ち誇った。


 常夜の邦で得た情報によると、新嘉良は混沌の軍に攻められてからわずか二日で陥落していた。


 アンダウルスとの賭けに勝った政信は、ただ喜んでもいられなかった。


 今度は、鉱人王に混沌の軍を迎撃させるべく、説得する外交官の仕事をしなければならなかった。


 常夜の邦に住まうアンダウルスの家臣たちは、宣戦布告か降伏勧告以外の外交仕事に、向かない者たちばかりだからだ。


 楽士の件は、無論約束をしたわけではないから、義務ではない。だが、アンデットを統べ常夜の邦を治める太守に恩を売るのと、不興を買うのでは、今後の人生への影響に違いがありすぎる。努力を傾けるべきだろう。
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