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89 弱味

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 カタリンは、常夜の邦の城館から勝手に持ってきた扇子を、アビーに向ける。


「あくまでまだ婚約どまりではありませんの! なら破棄だって、あり得るはずですわ」


「あーしみたいな魅力の塊みたいな女を捕まえておいて、放す馬鹿がいるわけないっしょー。カタリンだっけ? アンタはあーしの旦那と結婚しないんしょ? なら他人っしょ。口出し無用でおねがいしゃーっす」


 鉱人領に到達するまではふんわり清楚系だったアビーも、もはやアバズレというかギャル系のような本性を露わにしていた。


 異世界にもギャル系女子っているのか、新発見だ。


「ぐぬぬ、カタクラ、このメスネコに躾をなさい!」


「……」


「カタクラ?」


 不審気に顔を覗き込んでくるカタリンから、政信は無言で顔をそむけた。


 普段なら舐めた態度を取った相手を放ってはおかない。どこの世界でもそうだろうが、舐められて大損することはあっても、得をする環境は存在しないからだ。


 日本でも異世界でも、政信の生まれた場所は、治安の悪いところだった。


 闘争を恐れず、むしろ好むかのように振舞う必要があった。さもなければ弱虫として蔑まれ、ストレス発散の標的にされてしまうからだ。


 一度弱者認定されれば、苛め抜かれる運命が待っている。だから、相手が誰であろうが、舐められるような、気弱な態度を取らないようにしてきた。


 しかし、元が外見の良さで知られる猫人族は、悪態をつく様子すら優美で愛らしかった。


 カタリンと種類の違う可愛さに、元々猫好きな政信は、下手に注意をして嫌われたらいやだなーなどと、腰が引けていたのだった。


 男性的魅力に乏しい童貞男子のように、政信は沈黙を守った。


 アビーは、政信の顔を覗き込みながら、無垢な子猫のように、コテンと小首をかしげた。脳を痺れさせるような甘えた声が、政信の耳を打つ。


「ねぇダーちゃん。どして黙ってるのかにゃー」


「そのものの名は片倉政信ですよ。その程度のことも覚えていられないのですか。鳥頭ならぬ猫頭ですか」


「ハッ」


 カタリンから詰られても、アビーは鼻で笑うだけだった。
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