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寿里~kotori ~

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曽我棗(そが なつめ)の最大最悪の悲劇は最もイケ好かない存在である高嶋清太郎(たかしま せいたろう)と家が隣同士で同い年な関係で親同士がママ友として仲良く当然の流れで清太郎と幼なじみになってしまった事に尽きる。

断っておくがママ同士がいくら仲良しでも、その子供同士が必ずしも仲良くなるとは限らないことを世の母親は頭に入れるべきだと思う。

棗は内気で外で遊ぶより家でおとなしく絵本を読むのが大好きなインドア幼児だったが清太郎は真逆でひとときもじっとしておらず棗が絵本を読んでるのに、しきりに外で遊ぼうとごねまくり無視をすると絵本を取りあげるなどの暴挙にでる。

「なっちゃん、外で遊ぼ!!」

「イヤだ。清くんだけ外に出れば?」

内気でインドアだが曽我棗は意外にもNOと言える幼児であり静かにしていたいのに騒いでごねる清太郎にもそっけなく振る舞っていた。

「じゃあさ、お外で絵本よもうよ!公園行こう」

「イヤだ。絵本が汚れる」

棗は母親に連れられて行く公園が苦手だった。公園には棗と清太郎の母親以外にウジャウジャと母親がおり、それに比例してウジャウジャとワケわからない子供が大勢いる。

清太郎はすぐに知らない子供の群れとも馴染んで遊ぶが棗は幼児なのに幼児のあの甲高い叫び声が嫌いなので極力関わりたくないのに清太郎に引っ張られウルサイ子供の群れと遊ぶ羽目になる。

一度女の子連中がオママゴトしたいと言い出し清太郎はお父さん役になったが棗は無理やりネコにさせられ幼な心に幼女の残酷を感じた。

「はーいネコちゃん(名前もねーのか)ごはんですよ~」

「・・・・・・」

棗が無言で目をそらすとお母さん役の幼女がプゥっと顔を膨らませ不機嫌になり棗を指さして怒りはじめた。

「ダメ!!ネコちゃんはにゃーんって言うの!」

知るかよバーカ・・・そんな言葉が喉まで出そうになったとき成り行きを見ていた清太郎が棗のそばに寄ってくるとおもむろに首筋を撫ではじめた。

「にゃんこはのどを撫でると喜ぶんだよ」

にこりと笑う清太郎に悪意がないのはわかる。だが、これ以上ペット扱いされるのなんて屈辱なので棗は清太郎の手を振り払うとキッと睨み付け無言でオママゴトの場からそっぽを向き離れた。

「なっちゃん!?」

慌てて清太郎があとを追おうとしているのがわかるが構わずスタスタと集団から離れると思ったとおり非難の声が聞こえてきた。

「あの子つまんなーい!キライ」

「もう遊ぶのよそう」

「清太郎くん、オママゴトのつづきやろうよ」

「そーだよ!あんな子いなくていいもん」

棗は孤立するのも悪口言われるのも平気だった・・・ただ・・・ただ・・・あのとき清太郎が追っかけてきてくれなかったことが、この先ずっとトゲが刺さったようにチクリと傷んだ。

子供達の集団から離脱して和やかに話す母親の前に戻ってきたとき母は大きなため息を吐くと棗に困ったような視線を向けて話し始めた。

「またなの?なんで、みんなと仲良くできないの?棗がワガママだから、いつまでもそうなのよ、まったく!」

母親の文句を棗は下を向いて黙って聞いていたが母のすぐ横にいた清太郎の母親が柔和な笑みで棗に語りかけた。

「棗くん・・・少し見てたけどさっきのは清太郎が悪いわ。イヤな思いさせてゴメンね。みんなと遊ぶのが苦手でも清太郎とはこれからも友達でいてくれたら嬉しいな」

清太郎の母親はそう言って微笑むと棗の母や他のママ友達に自慢げに声をかけた。

「棗くんは幼稚園前なのにもう1人で絵本や児童書が読めるのよ。うちの清太郎なんて、絵本を読み聞かせても退屈そうにして全然なのに・・・すごいわ」

清太郎の母親の言葉に他のママ友達が驚きの声をあげると棗の母が謙遜したように慌てて手を振った。

「そんな、清くんママ!誉めすぎよ、この子、本は読めるけど内気でワガママで幼稚園が心配なの!」

「棗くんはまだ自分の気持ちが言葉にできないだけよ。優しい子だから時間がかかっても棗くんの良いところ皆がわかってくれる」

清太郎の母親はそう言って棗に優しく微笑みかけた。

棗の母親は棗が他の子供と仲良く遊べないことを叱るが清太郎の母親は棗の母以上に棗が思っていることを察して理解してくれる。

素敵な大人だと棗は清太郎の母親を尊敬していた。

だから棗と清太郎が中学生になるころ、この聡明な女性がなんの前触れもなく自ら命を絶ってしまったときは悲しみよりも驚きが勝った。

自殺の原因は棗にはまったく分からなかったが母の眠る柩を見詰める清太郎の瞳を何気なく見たとき思わず寒気がした。

あんなに優しい母親が死んだのに清太郎は涙ひとつ流さず蔑むように柩を見ていたからだ。


・・・・・・📖

「おーい・・・棗、そろそろ鍵かけて帰ろう」

古い赤レンガの旧校舎の3階にある部室でひとり静かに本を読んでいた曽我棗に先ほどまで居眠りしていた高嶋清太郎は寝ぼけ眼で声をかけた。

すでに茜色の空に夜の気配が漂いはじめている

放課後からこんな時間までよくもまあ長々と読書できると清太郎は呆れるが本を読んで1分で爆睡してしまう自分が棗と同じ読書倶楽部にいるなんて可笑しな話だと笑える。

幼い頃から正反対のふたりだったが幼稚園からこうして高校まで清太郎は棗の傍を離れなかった。

中学でもお互いの性格から属すグループが違ってくるが清太郎はどんなにウザがられても棗にちょっかいをかけ続け棗も幼い頃よりそれを嫌がることもなく許していた。

棗はなにも言わないが清太郎にはわかる。

中学生になる前の春休みがはじまった頃、唐突に清太郎の母は自殺した。

そんな素振りは一切なかったと父親はただ呆然としていたが清太郎には母が死んだ理由が分かっていた。

母は自殺する前の年くらいから清太郎にだけ意味不明な悩みを打ち明けていた。

「いつも誰かの監視する視線を感じるの・・・鏡を見ると私は笑ってないのに鏡の私は歪んだ顔で笑うのよ・・・嘲笑する声もするわ・・・でも私の声なの」

自分がもうひとりいて私を見て嗤っているという妄想に母は少しずつ蝕まれはじめ清太郎が病院に行くことをすすめても無駄であった。

「病院に行ったら私は狂ってると烙印を押される。そうしたら皆に嗤われるわ!今まで頑張って立派な大人、妻、母親になろうとしてきたのに全部台無しよ」

「無理に立派である必要ないだろ?誰に何を言われてもいーじゃん」

「清太郎にはわからない・・・わからない・・・あなたは昔から明るいけど影なんて知らないもの」

それだけ言うと母親はまだブツブツなにか呟き続け、苦しんでいるのに夫にも仲の良い棗の母親にも誰にも相談せず見えない何かを怯え続けた。

思えば自殺する前日に清太郎の部屋にフラりと入ってきた母は完全に魂が半分、この世から離れているような脱け殻同然の表情でポツリポツリと話し始めた。

「今日・・・公園にいたら棗くんに逢ったの。少し話したら、あの子が言ったわ・・・オママゴトが嫌でみんなから離れたときの気持ち・・・清太郎、あなたは残酷で冷たい子よ。私の教育が悪かったのよ。ごめんなさいね」

独り言のように単調に喋ると母は少し笑みを見せて再びフラフラと部屋から出ていってしまった。

これが母親の姿を見て声を聞いた最期となったが清太郎は母の死より最期に息子に向けた母の残酷な言葉に心が傷つき無性に母が憎らしくなった。

「あなたは残酷で冷たい子よ・・・」

言われずとも分かっていた

あの時・・・自分の軽はずみな行動で棗が怒ってオママゴトから抜けてしまったとき咄嗟に追いかけようとして、ふと意地の悪い考えがよぎった。

「追いかけなければ、なっちゃんは寂しくて戻ってくるかも」

それでわざと皆で仲良くオママゴトするふりをしていたが棗は二度とその輪に入ることなく楽しくないオママゴトをする自分が滑稽に思え、そんな自分を母がどこか蔑むように見ているのもしっかり感じていた。

(母さんは棗みたいな子供が欲しかったんだ・・・)

葬儀の場で母が眠る柩を見ながら清太郎はその結論に達して憎いのは母なのか棗なのか分からなくなり答えを探すようにひたすら柩を凝視し続けた。


「お前さ・・・寝てるだけなら部室くる意味ないだろ?お前がガーガー寝てると他の部員がビビって遠慮する」

「遠慮もなにも読書倶楽部の部員、俺と棗と1年がふたりいるだけじゃん。それにアイツら俺に遠慮じゃなくて今日はデートだからサボっただけだし」

「そうなのか?仲がいいと思ったがデートの日まで合わせるなんてスゴいな」

素直に感心する棗に清太郎は可笑しくなりケラケラ笑うとソッと棗の小さな耳に口を近づけ囁いた。

「ちげーよ。それぞれデートじゃなくてアイツら付き合ってんの」

その情報に棗は買ったばかりの本を取り落としたのですかさず清太郎が拾って汚れをはたいてやった。

「男同士でか!?いつからだよ?」

「中等部の頃からだってさー、ここ中高一貫じゃん?高等部から俺らみたいに入学する奴は少数派だけどわりとそういうカップル多いぞ」

「清太郎はよく知ってるな・・・部長なのにまったく見抜けなかった」

棗はこの常に居眠りしてる清太郎と1年生カップルの黒瀬玲(くろせ れい)と円沙瑚斗(まどか さこと)の計4名しかいない読書倶楽部の部長をしている。

活動内容は各々が好きに読書して気が向くと議論するくらいなのでユルい部活だが棗の記憶が確かなら今まで一度も議論などしていない。

「黒瀬と円には明日ハッキリ言ってやる。デートするのは勝手だが無断でサボるなって」

「じゃあ、お前はアイツらが俺達デートするんで休みまーすとか急に申告したら冷静でいられるか?」

・・・・・・無理だ

棗が沈黙すると清太郎がニカッと笑い棗の小さな頭をポンポン撫でた。

「自分が無理なこと要求しても意味ない」

「そうだな。それより今日は母さんがお前の好きな鳥天にするから食べていけって」

清太郎の母親が自殺してから父親は再婚せず父子家庭となったので夕飯は棗の母が毎日、清太郎に届けるなり家に呼ぶなりして面倒みている。

清太郎の父親が恐縮して食費を渡そうとしても頑として棗の母は受け取らず私がそうしたいだけなのでと主張して笑顔で食事を用意してくれるので清太郎はここ数年間、ほほ毎日のように曽我家で夕飯を食べている。

棗の母親の料理はうまい

そのせいばかりではないが清太郎は死んだ母の料理の味を忘れた。料理ばかりでなく母にまつわる思い出が無意識のうちに頭から喪失して確実に10年以上の間、自分の母親だった人の記憶がおぼろ気になっていたのだ。

ただ、ひとこと

「あなたは残酷で冷たい」

の言葉だけが清太郎と母を繋ぐ唯一の思い出になりつつあった。


母と自分を繋ぐ言葉は残酷すぎる・・・

そう瞳を伏せたとき棗が覗き込むように清太郎の顔を見詰めた。

「お前って・・・」

なにか言いたげに見詰めながらも黙る棗の顔だちは中学の途中からメガネをかけはじめた以外は幼い頃と変わらない。知的だが気難しそうで・・・そのクセ、たまに綻ぶような笑顔を見せる。

清太郎は棗が何をすれば怒るか熟知しているので丁度周囲に人がいないのを確認するとすぐ近くにある棗の顔を引き寄せ強引にキスをした。キスするのにメガネが邪魔だったが構わない。

不思議なほど誰も通らない道でしばらく清太郎は棗と唇を重ねていたがいくら待っても棗が殴る素振りを見せないので逆に動揺してしまった。

それから、どちらともなく離れたが棗は少し思案したような顔をすると清太郎に打ち明け話をはじめた。

「実は先日、先輩から告白された」

「えっ!マジか!?返事は」

正直、母自殺のときより心臓が嫌な具合に音をたて清太郎は息を呑んだが棗はそんな清太郎を見ると小さく笑い軽く小突いた。

「当然お断りした。でも、その先輩に言われたんだ」

「なにを!?嫌味でも言われたのか!?」

何故かひどくホッとしたのと棗が誰かの心ない言葉で傷つけられたのかと思うと堪らず問いただすと棗はメガネを整え苦笑して答えた。

「お前には高嶋がいるから断られると思ってた・・・って。誤解ですって咄嗟に言えなかったのは何故かずっと疑問で考えてた。でも解答がわかった」

まるで数学の解が解けたときのような爽快な笑顔を見せると棗は清太郎を見てハッキリと言った。

「お前の手を待つんじゃなくて俺から繋いで離さないようにすれば良かったと小さい頃の事を反省した。俺がどんなに嫌がっても清太郎は笑って傍にいるから当たり前になってた。ウザいけど俺は清太郎には笑っててほしい。どんなことがあっても」

気がついたら清太郎は人目もはばからず号泣しながら棗を抱きしめていた。ずっと棗を追いかけていたようで棗も清太郎を追いかけ、そして待っていてくれたのだ。

「もう、嘘の笑顔はやめろ・・・これも運命だと思って傍にいてやる。一緒に走ってやるから泣け・・・清太郎」

泣きすぎて清太郎は自分が何に泣いてるのか最早わからなくなっていたが棗に頭をワシワシされ拭くものを渡されると何だか可笑しくなり適当に涙を拭くと棗の手をとって家とは逆方向に走り出した。

「夕飯は遅れるって連絡しろ!こんな泣き顔じゃ恥ずいから棗、行こう!」

「はぁ?どこにだよ」

不満そうだがどこか面白がっている棗に清太郎は走りながら軽やかに言った。

「公園!!」

すっかり日が落ちた道だったが走るふたりの顔はいつになく晴れやかでお互いの手を離すことなく公園への道を駆け抜けた。


end
















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