1 / 1
ヘタレ王太子の地獄な縁談
しおりを挟む
コクトー・アガートは王宮の西にある離宮で泣いていた。
ここは、かつてコクトーの父親が暮らしていた由緒ある離宮である。コクトーはそんな父親ゆかりの西の離宮にて迫りくる恐怖から逃れようと身を隠していたのだ。
「怖い、怖い、怖い……また殴られる!」
王太子という非常に尊い身分でありながら補食されるのを恐れる小動物のように震えているコクトーは贔屓目に云ってもヘタレであった。未来の国王陛下になる者とは思えぬほど威厳の欠片もなく、脅威に立ち向かうような気概もないヘタレ王太子コクトーの惨めさに同情したいところだが現実は甘くはない。
「おい! コクトー! ここにいるのはわかってる! 死ぬより恐ろしい目に遭いたくなかったら出てきやがれ! 殺すぞ!?」
仮にも王太子という高貴な立場のコクトーに対してヤクザ者の取り立ての如く罵声を浴びせて脅しているのはコクトーがこの世で1番恐れている存在である。
「モモが踏み込んできた……。ヤバイ!」
「さっさと出てこないと離宮に火をつけて焼くぞ、コラァ!」
モモとはコクトーの父の側近で表面上はリリィ・ケリー・シルバーと名のるコクトーの養育係であり王家の重臣だ。世の中でコイツほど恐ろしいヤツを知らないとコクトーは幼い頃から身に染みてモモがトラウマである。コイツならばコクトーの命なんてガン無視して主君であるコクトーの父と過ごした思い出の離宮に火をつけるなんて暴挙も平気でやりかねない。
「隠れても、出てきても地獄だよ。神様助けて……」
神の慈悲を乞おても当然奇跡なんて起きず、モモが本気で離宮を放火する前に出てきた方が身のためだとコクトーはあきらめた。処刑前の罪人か敗軍の将の如く投降したコクトーを待っていたのはモモの強烈なゲンコツである。
「コクトー! 王太子のクセに恥をさらすな!殺すぞ? 花嫁が待ってるから行くぞ! 次に逃げたらマジで殺す!」
「モモ! あれは花嫁じゃない! 可愛いけど男の子だよ? しかも初顔合わせして秒で睨んできた。あんな子を娶るのは嫌だ!」
「黙れ。お前に拒否権はない。女王陛下とミモザ殿下がお決めになったこと。おとなしく従え。カス!」
女王陛下とはコクトーの母でダイアナ1世と呼ばれるこの国の統治者であり、ミモザ殿下はその王婿であり、コクトーの父であった。母ダイアナはまだ即位前の17歳、父ミモザは15歳で結婚して1年もしないうちに待望の第1子のコクトーをもうけたのだ。ちなみに両親は従姉弟で結婚している。コクトーは15歳なので父のミモザはまだギリギリ29歳というアラサーであり、モモと同い年で主君と側近というよりマブダチみたいな関係である。このアラサー父親とマブダチ側近が裏で決めた縁談のお陰でコクトーは地獄を味わっているのだ。
「花嫁にガン飛ばされたからって逃げるなんて情けない。そんなんで王太子とは笑わせる」
「……ごめんなさい。おとなしく宮殿に戻るから罵らないで」
コクトーは囚人のようにモモに首根っこ掴まれながらスゴスゴとガン飛ばしてきた花嫁が待っている王宮の『対面の間』に戻っていった。対面の間に連れ戻されるとコクトーの不幸の悪因を作った張本人である父ミモザが穏やかに微笑んでいる。顔立ちや髪色は父子で似ているが、ミモザの方が圧倒的に凛としていて立ち振舞いに知的さと余裕が感じられた。
「モモ、ご苦労であった。姉上……いえ、女王陛下、花婿が帰ってきたので宣誓の続きを。ナナ・スカーレット様、うちの子が大変失礼いたしました」
ナナ・スカーレットと呼ばれた色白の少年は舌打ちすると怯えるコクトーを一瞥して容赦なく云い放った。
「チッ! 戻ってきたのかよ。仕方ない。ほら! 婚姻の署名はしてやったからな! ったく! 15で更に王太子の身分で花嫁にビビりやがるクソと結婚する羽目になるとは!」
説明するまでもなくモモと同じ匂いを感じる黒髪で黒い瞳の色白美少年であるナナ・スカーレットがコクトーの妻となり王太子妃となってしまった。
「コクトー、本来ならば夫となる貴方から署名するのが筋ですよ? あと5秒で婚姻成立書に署名しないと女王陛下への謀反として死ぬまで西の離宮に幽閉するわ。2日に1食で」
父上とモモも大概だが、母である女王ダイアナもコクトーを追い詰める。餓死するの確定コースは嫌なのでコクトーは泣きながらサインをした。逃げても地獄、従っても地獄な運命を決めるサインを……。
「これで婚姻は確定した。ナナ・スカーレット様……王太子妃、コクトーと仲良くしておくれ?」
ミモザが微笑むとナナもやはり脅威を感じたのか少し睨むだけでふて腐れている。
「我が父上のご命令だ。アンタのクソヘタレ息子と夫婦になってやるよ。舅殿」
「ありがとう。コクトーはあんな感じだがよろしくたのむ。僕のことはミモザでよい。いいですよね? 姉上?」
ミモザがチラリと見ると女王ダイアナは快く、「もちろんよ。ナナ・スカーレット王太子妃、ミモザは優しいから本当のお父様だと思って頼ってね。ただし、舐めた態度でミモザに接したら斬首するから」と気が強いナナに圧をかけている。
――こんな具合で誰も幸せにならなそうなコクトーとナナの新婚生活はスタートしたのである。
【続く】
ここは、かつてコクトーの父親が暮らしていた由緒ある離宮である。コクトーはそんな父親ゆかりの西の離宮にて迫りくる恐怖から逃れようと身を隠していたのだ。
「怖い、怖い、怖い……また殴られる!」
王太子という非常に尊い身分でありながら補食されるのを恐れる小動物のように震えているコクトーは贔屓目に云ってもヘタレであった。未来の国王陛下になる者とは思えぬほど威厳の欠片もなく、脅威に立ち向かうような気概もないヘタレ王太子コクトーの惨めさに同情したいところだが現実は甘くはない。
「おい! コクトー! ここにいるのはわかってる! 死ぬより恐ろしい目に遭いたくなかったら出てきやがれ! 殺すぞ!?」
仮にも王太子という高貴な立場のコクトーに対してヤクザ者の取り立ての如く罵声を浴びせて脅しているのはコクトーがこの世で1番恐れている存在である。
「モモが踏み込んできた……。ヤバイ!」
「さっさと出てこないと離宮に火をつけて焼くぞ、コラァ!」
モモとはコクトーの父の側近で表面上はリリィ・ケリー・シルバーと名のるコクトーの養育係であり王家の重臣だ。世の中でコイツほど恐ろしいヤツを知らないとコクトーは幼い頃から身に染みてモモがトラウマである。コイツならばコクトーの命なんてガン無視して主君であるコクトーの父と過ごした思い出の離宮に火をつけるなんて暴挙も平気でやりかねない。
「隠れても、出てきても地獄だよ。神様助けて……」
神の慈悲を乞おても当然奇跡なんて起きず、モモが本気で離宮を放火する前に出てきた方が身のためだとコクトーはあきらめた。処刑前の罪人か敗軍の将の如く投降したコクトーを待っていたのはモモの強烈なゲンコツである。
「コクトー! 王太子のクセに恥をさらすな!殺すぞ? 花嫁が待ってるから行くぞ! 次に逃げたらマジで殺す!」
「モモ! あれは花嫁じゃない! 可愛いけど男の子だよ? しかも初顔合わせして秒で睨んできた。あんな子を娶るのは嫌だ!」
「黙れ。お前に拒否権はない。女王陛下とミモザ殿下がお決めになったこと。おとなしく従え。カス!」
女王陛下とはコクトーの母でダイアナ1世と呼ばれるこの国の統治者であり、ミモザ殿下はその王婿であり、コクトーの父であった。母ダイアナはまだ即位前の17歳、父ミモザは15歳で結婚して1年もしないうちに待望の第1子のコクトーをもうけたのだ。ちなみに両親は従姉弟で結婚している。コクトーは15歳なので父のミモザはまだギリギリ29歳というアラサーであり、モモと同い年で主君と側近というよりマブダチみたいな関係である。このアラサー父親とマブダチ側近が裏で決めた縁談のお陰でコクトーは地獄を味わっているのだ。
「花嫁にガン飛ばされたからって逃げるなんて情けない。そんなんで王太子とは笑わせる」
「……ごめんなさい。おとなしく宮殿に戻るから罵らないで」
コクトーは囚人のようにモモに首根っこ掴まれながらスゴスゴとガン飛ばしてきた花嫁が待っている王宮の『対面の間』に戻っていった。対面の間に連れ戻されるとコクトーの不幸の悪因を作った張本人である父ミモザが穏やかに微笑んでいる。顔立ちや髪色は父子で似ているが、ミモザの方が圧倒的に凛としていて立ち振舞いに知的さと余裕が感じられた。
「モモ、ご苦労であった。姉上……いえ、女王陛下、花婿が帰ってきたので宣誓の続きを。ナナ・スカーレット様、うちの子が大変失礼いたしました」
ナナ・スカーレットと呼ばれた色白の少年は舌打ちすると怯えるコクトーを一瞥して容赦なく云い放った。
「チッ! 戻ってきたのかよ。仕方ない。ほら! 婚姻の署名はしてやったからな! ったく! 15で更に王太子の身分で花嫁にビビりやがるクソと結婚する羽目になるとは!」
説明するまでもなくモモと同じ匂いを感じる黒髪で黒い瞳の色白美少年であるナナ・スカーレットがコクトーの妻となり王太子妃となってしまった。
「コクトー、本来ならば夫となる貴方から署名するのが筋ですよ? あと5秒で婚姻成立書に署名しないと女王陛下への謀反として死ぬまで西の離宮に幽閉するわ。2日に1食で」
父上とモモも大概だが、母である女王ダイアナもコクトーを追い詰める。餓死するの確定コースは嫌なのでコクトーは泣きながらサインをした。逃げても地獄、従っても地獄な運命を決めるサインを……。
「これで婚姻は確定した。ナナ・スカーレット様……王太子妃、コクトーと仲良くしておくれ?」
ミモザが微笑むとナナもやはり脅威を感じたのか少し睨むだけでふて腐れている。
「我が父上のご命令だ。アンタのクソヘタレ息子と夫婦になってやるよ。舅殿」
「ありがとう。コクトーはあんな感じだがよろしくたのむ。僕のことはミモザでよい。いいですよね? 姉上?」
ミモザがチラリと見ると女王ダイアナは快く、「もちろんよ。ナナ・スカーレット王太子妃、ミモザは優しいから本当のお父様だと思って頼ってね。ただし、舐めた態度でミモザに接したら斬首するから」と気が強いナナに圧をかけている。
――こんな具合で誰も幸せにならなそうなコクトーとナナの新婚生活はスタートしたのである。
【続く】
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる