ヘタレ王太子と人質花嫁

寿里~kotori ~

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人質花嫁ナナの輿入れ前夜

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 ダイアナ女王陛下から直々に馬を賜ったナナは驚愕したが、姑である女王陛下の厚意に感激して、早速、感謝の書状を書き記して、モモに託した。

「あんな、気が荒くて、獰猛な暴れ馬は北の祖国でも滅多にいない! 調教して乗りこなし甲斐がある。素晴らしい馬を下賜してくれた女王陛下に心から感謝しているんだ!」

 本気で喜んでいるナナに書簡を渡されたモモは、内心で、「やっぱ、じゃじゃ馬にはじゃじゃ馬だな!」、と改めて納得して愉快な気分であった。

「ナナがそんなに嬉しいなら女王陛下もご満足されるだろう。しっかし! ナナの馬の御し方は見事だ。あの暴れ馬と対等に渡り合えるなんてな。コクトーならば秒で蹴られて即死だ」

 女王陛下から下賜された馬の名は「エルキュール」――――女王ダイアナの最愛の王婿ミモザ・エルキュールから名前をもらっている。

 愛する伴侶の名を冠した馬を女王陛下は直々にナナにプレゼントしたのだ。エルキュールは細身だが、毛並みは金色で美しく、獰猛に見えて、非常に聡明な雄馬である。優雅で美しくて、なのに強靭で、どこか王婿ミモザ殿下を彷彿とさせる。

「自分の持ち馬に夫君の名を冠するなんて。女王陛下は本当にミモザ殿下を愛しているんだな。ミモザ殿下も、そこまで女王陛下に大切にされお幸せだろう?」

 ナナの無邪気な問いかけに、モモは瞬時に真顔になると周囲を見渡してから再びナナを見据えた。

「そのことで、ナナに予め話しておきたいことがある。頃合いをみて話せとミモザ殿下の仰せだ」

 モモは、コクトーには秘密にしろと念押ししてからナナを東宮のモモの私室に案内して、召使いたちに人払いを命じた。

「なっ? なんだよ、モモ? 改まって?」

 真剣な眼差しのモモにナナが息を呑むと、モモは神妙な様子で少しスゥと息を吸い、語り始めた。

「ミモザ殿下はお幸せに映るかもしれない。従姉であるダイアナ女王とご結婚され、子宝にも恵まれ、貴族にも一般の民衆にも尊敬され、愛されている」

 しかし、結婚する以前も、結婚をしてからも、ミモザ殿下は絶えず高度なバランス感覚が必要な試練に常にさらされ、王家の結束とパワーバランスを崩さないよう、命がけで立ち回ってばかりだという。

「常に女王陛下を立てて、自分は表向き政治に関わらない。しかし、それだと単なる無能な種馬と周囲から侮られる。我が子の養育の責任者となることで女王である妻を陰から支えるよき夫君と評されるが、それだけでは王婿は務まらない」

「……モモ。ミモザ殿下は無理をしていると言いたいのか?」

 ナナが訊ねるとモモは深く息を吐きながら、やりきれない気持ちをぶちまけたのだ。

「ミモザ殿下ご自身が、そのご無理を自覚していない! あの御方は、自分の幸せなんて少しも……、一欠片も考えてない。頭にあるのは女王陛下への忠誠と献身、そして国家の安泰。更に、大切な女王陛下の御子たちのことだけだ! 昔からそうだったが、ミモザ王子……いや! ミモザ殿下は保身って考えがねぇ!」

 周りにはとにかく慈悲深いのに、我が身なんてまったく顧みなくて、常に危なっかしい!

 そうモモはミモザ殿下に関する本音を出しきった後、ナナに鋭く目を向けた。

「お前の祖国……北の大国との融和を目的に、王太子であるコクトーと政略結婚する相手は、実はナナではなかったんだ」

 衝撃的な話だが、ナナとしては妙に納得した。第4王子だった自分が急に輿入れとなり不審に思わない方がおかしい。

 本来のコクトーのお妃候補は、ナナの姉にあたる北の大国の王女であり、ナナの父王もそれに乗り気であった。

「しかし、国内外で、この国と北が手を結べば不都合に感じる輩はたくさんいる。その混乱に乗じてお前の祖国は融和すると見せかけて、この国に攻めいる計画だった。いや、更にいうとお前の姉姫とコクトーとの縁談話をちらつかせたのは完全にミモザ殿下の策略だ」

「つまり、姉上との縁談はカマカケで、俺の祖国の反応をミモザ殿下は虎視眈々と伺っていた?」

 ナナが質問するとモモは潔く、「その通りだ」と認めたのである。

「北の大国の動きを探れば、コクトーにお前の姉姫をあてがうなんて愚策もいいところだ。ミモザ殿下は敢えてそれをダシにして北の大国の陰謀を暴いた。そして、ナナ……。お前に白羽の矢を立てたんだ」

「なんで、そこに俺が出てくる!? 縁談を破棄すればいいだけの話だろ?」

「んなこと、こちらから縁談を持ちかけた時点で無理は承知だ。ナナに訊ねるが、お前が輿入れの際、姉姫はお元気だったか?」

 このモモの問いかけで、ナナは雷にうたれたかのようにミモザ殿下が仕組んだ残酷な思惑がわかってしまった。姉姫はナナの輿入れの少し前から体調を崩して、床に臥せっていた。

「まさか……。あれは、ミモザ殿下の指示で……?」

 震える声でナナが呟くとモモは、「半分正解で半分は不正解」と告げてくる。

「北の大国が軍備を整え、この国に1番近い場所に戦力を集めているって情報はスパイによってミモザ殿下に即バレた。これを動かぬ証拠とし、ミモザ殿下は、お前の父王に圧をかけた。刃を向けてくるのは勝手だが、そうしたら北の大国は一晩で終わりだ、と」

 鋭敏なミモザ殿下は、ナナの父王に近づくと同時に、後継者とされているナナの兄である北の第1王子にも書簡で内々に接触していた。そして、ナナの父王と第1王子の仲が険悪なことを悟るとそれを利用して、ナナの兄である第1王子をこう唆してくる。

「王女ではなく、貴殿の弟君であらせられるナナ・スカーレット王子を花嫁にして我が国に嫁がせるならば、貴殿への援助を視野にいれようと思うが如何に?」

 このミモザ殿下の口車にまんまと騙されたナナの兄王子は、妹である王女に毒を盛り、大病と偽って、ナナをコクトーの花嫁とすることを快諾した。

「ナナの兄王子の企みをミモザ殿下は隠すことなく、北の大国の国王に密告した。国内で内乱が勃発しそうな国なんて、容易くに潰せると脅したうえで」

「……ミモザ殿下は俺の父上が下手に身動きできないよう、巧みに外堀から崩していって成功したんだな。……俺の祖国は現在、父上と兄上が親子戦争をしていてガタガタ。だから手紙も届かなかったのか」

「そういうこと。親子戦争なんてことになったら、ナナは真っ先に親父か兄貴のどちらかの巻き添えとなり死んでいた」

 それを予め察していたミモザ殿下は、そんなくだらない内紛に巻き込まれる寸前だったナナを救った形となる。

 救ったうえにナナを北に対する人質のように手元に置くことに成功した。

 これが、ミモザ・エルキュール殿下の冷徹かつ完璧な計画だと、モモは締めくくる。

「今回の話で、ミモザ殿下を嫌いになったか? ミモザ殿下が唆さなくても、内部で揉めていたお前の祖国は遠からずこうなる運命だったけどな」

 ミモザ殿下はダイアナ女王陛下のためならば手段を選ばないという、冷徹で非情な役回りを演じざるを得なかった。モモはそれだけいうと、考え込むナナを残して部屋を出ようとしたが、扉の前でナナに呼び止められた。

「モモ! ミモザ殿下に、これだけは言っておけ! あまり自分を圧し殺してばかりいると体に悪いってな! 王太子妃としての忠告だ」

 ナナが毅然とそう告げると、モモはスミレ色の瞳を少し潤ませて、静かに頷いた。

 モモがいなくなると、ナナは祖国のことを少し考えたが、首を横に振った。もう、あの国に自分が出る幕はない。せめて姉姫だけは回復してほしいから無事を祈る手紙をミモザ殿下に頼んで書かせてもらおう。

 そう決意するとナナはモモの私室を出て、王太子の居室で読書に耽っていたコクトーに抱きついた。

「コクトー! 遠乗りに行こう!」

「えっ! ずいぶん急だね? 今から行くの? 僕、ナナの愛馬になったエルキュールが怖いんだけど? 獰猛すぎて」

 遠乗りに行くのを渋っているコクトーの顔は、ヘタレだが真の意味で善良で、優しさに満ちている。こんな気立てのいいヤツの花嫁になれた自分は本当に幸運だったのだ。

 ミモザ殿下は冷徹にナナの祖国を翻弄したが、ナナのことはこうして助けてくれたのだから。それにどんな意図があろうが知ったことではない。

 そう実感するとナナの頬を涙がつたった。

「ナナ!? どうしたの? 遠乗りに泣くほど行きたいのかい?」

「違う! 遠乗りは、また今度だ。いまはただ……コクトーの傍にいたい。これからも、ずうっとな!」

 泣きながら抱きついてくるナナをコクトーは戸惑いながらも抱きしめて、ナナが泣き止むまで、背中を擦り続けていた。

 コクトーの腕のなかで安心して涙を流しながら、ナナはもうコクトーの傍から絶対に離れないと心にかたく誓っていた。

 自分の居場所はコクトーの傍らであり、この先、どんな目に遭おうとコクトーを守ろうとナナはこの時、初めて花嫁として自覚したのである。

 それからほどなくして、ナナの祖国である北の大国の国王が突然崩御し、ナナの兄が新たに王位についた。

 ナナの父王の崩御に、王婿ミモザ殿下がどこまで介入していたのかは定かではない。しかし、長らく身内同士で争って荒れていたナナの祖国がようやく落ち着いたのは紛れもない事実であった。


【続く】







 
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