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ヒナリザの微笑み
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「ヒナリザ先輩。紅茶です」
王宮の官吏として忙しく働くヒナリザの机に後輩がティーカップを置いてくれた。
「ありがとう。レセダ。忙しいのにごめん」
控えめなヒナリザの声に後輩レセダはそっけなく云い放った。
「官吏が多忙なのは当然です。当たり前のことを言わないでください」
「そ、そうだね。……ごめん」
そうヒナリザが微笑むとレセダは心底軽蔑したような顔をしながら、澄ました様子で去ってしまう。眉目秀麗なレセダなのだが、クールな彼は滅多に笑うことがない。
レセダはヒナリザより5歳ほど年下である。
ヒナリザと同じくレセダは国の最高学府にあたる王立大学の卒業生で、貴族ではなく一介の平民から官吏になった。そんなレセダは非常に有能なのだが、ヒナリザは彼のことで悩んでいた。
(レセダは絶対、僕のこと嫌いだよね? 態度が冷淡だし……)
そもそもは孤児で最底辺な身分だったヒナリザだが、同じ少年売春宿にいたステフとマックスと共に名門大貴族シルバー家の前当主ミシェルに救われ、そのままシルバー家本邸に引き取られた。
ミシェルの父で先々代シルバー家当主クロードはミシェルに拾われたヒナリザたちへの教育にも非常に熱心な人物であった。
将来は官吏になりたいと思っていた少年時代のヒナリザの希望を、先々代当主クロードは認め、王立大学への進学を薦めてくれた。更にはシルバー家とは何の血縁関係もないヒナリザをはじめ、マックスとステフに大貴族シルバー家の名を冠してくれたのだ。
「もう、ヒナリザとマックスとステフは私の息子も同然!」
そう先々代シルバー家当主クロードは公言して、ヒナリザたちの学業を全面的に支援してくれた。命の恩人ミシェルとは別の意味で、クロードはヒナリザたちの将来を照らしてくれた恩人である。
そういう経緯でヒナリザのフルネームは、
「ヒナリザ・ケリー・シルバー」なのである。
シルバー家の一員となったヒナリザは、大恩あるミシェルやクロードの名に恥じないよう、王立大学でもひたすら勉学に励み、首席で大学を卒業し、官吏採用試験にも優秀な成績で合格。王宮の財務官吏となり王家にとても重用されている。
ダイアナ女王陛下からのおぼえもめでたい有能なヒナリザであったが、生来の控えめな性格からか謙虚でおとなしく、仕事で成果を出しても傲ることなく努力を続け、今に至る。
そんな優秀なのに謙虚で控えめかつ努力家なヒナリザは仲間の官吏に好かれ、上役にも頼りにされつつ、優しくされていた。
しかし、後輩レセダだけは、そんなヒナリザをこころよく思っていないような態度だ。嫌われているとヒナリザはすぐ察したが特にレセダになにかをした記憶がなかった。
(きっと、僕みたいな貴族もどきが嫌いなんだ)
平民から実力で王立大学に経て、官吏となれたレセダにとって、自分のように運良くシルバー家という大貴族の末席に加われた者なんて嫌悪感があるのだろう、とヒナリザは悶々と考えてしまった。
王立大学は貴族平民問わず門戸を開いているが、よほど生活に余裕がなければ平民では試験勉強が満足にできず入学は難しい。
レセダは王立大学では非常に珍しい奨学金制度で入学して、ヒナリザと同じく首席で卒業した官吏だった。それだけ努力した彼が自分みたいな貴族まがいな元孤児を嫌っても仕方がないとヒナリザは結論付け、悲しい気持ちになっていた。
そのタイミングに事態が大きく動いた。
ヒナリザの沈んだ表情を見ていたらしいとなりの机の同僚が声を掛けてきたのだ。彼とは大学時代から親しく同期官吏だった。
「ヒナリザ。レセダの冷たい塩対応なんて気にするな。アイツもいろいろ複雑なんだよ」
「やはり僕がすごく目障りなのかな?」
シュンとするヒナリザが息を吐くと同僚は驚いたように目を見開いた。
「えっ? ヒナリザはまったく気づいてないのかよ? レセダの態度の真意を」
なぜか呆れている同僚に対してヒナリザはどうしたのかと困惑した。
「なんのこと? ごめん……。よくわからなくて……」
恥ずかしそうにモジモジするヒナリザに同僚は苦笑いして、「紅茶を飲んでみろ」と勧めてくる。先ほどレセダが注いでくれた紅茶だ。
「あれ? カモミールがブレンドされてる? 僕の好きなお茶だ」
どうしてレセダがヒナリザの好きな茶葉を知っているのか考えてみろ、と同僚は楽しそうにせっつく。
「残業のとき淹れた記憶が……。レセダにもあげたような?」
「それだよ! 別に、レセダはお前のことを嫌っていない。むしろ……なんだぁ、まぁ……な」
ヒソヒソと話して顔をニマニマさせている同僚をヒナリザはキョトンと眺めていた。官吏としては優秀なヒナリザだが、同僚の言わんとしている意味が皆目わからない。
「レセダもカモミールのお茶が好きなのかな?」
単に好きな茶葉が同じだっただけと答えたヒナリザに対して同僚は、それは違うと断言する。
「レセダはヒナリザの気をひきたいんだよ。それがカラ回りして拗れた態度になっているだけ!」
そこまで言えばわかるだろうと同僚がヒナリザを小突いていたら、レセダが離席しているのをいいことに、上役までいそいそと話に加わってきた。
「話は聞かせてもらったよ! 恋ばな! ヒナリザ君とレセダ君の! 是非続きを聞かせてくれたまえ。ワシも前々から思ってたんだよ! レセダ君、アプローチ下手すぎ~って!」
妙にワクワクしている上役に向かって同僚は笑顔で、「ですよね~!」と相づちを打っている。
ヒナリザとしてはレセダの態度を考えて自分に好意を抱いているなんて半ば信じられない。同僚と上役の勘違いではないかと小声で反論したら、同僚と上役は同時に指摘してきた。
「にぶすぎ! 仕事は超絶できるのに後輩の恋心は察せないのか!?」
「レセダ君がツンツンしちゃうのわかる~! 好きな人がニブチンなんだからね~。ヒナリザ君らしいけど~!」
「で、でも! レセダとは会話らしい会話もないです。いつも避けられているので!」
なんだか叱られているような気分になってきたヒナリザが小さくなっていると、上役は溜息を吐きながら小声で言ってきた。
「レセダ君は媚びない性格だから上役であるワシにも茶なんて絶対に淹れない。それなのにヒナリザ君にはさりげなくカモミールブレンド紅茶を淹れている。それだけでバレバレだよ~!」
上役の言葉に同僚は激しく同意しながら笑っている。
「レセダの視線は常にヒナリザを追ってるぞ? 俺はお前のとなりの机だからすぐ気づいた。その視線の意味を!」
「そうなの……かなぁ? ……僕は嫌われていると感じてて……」
上役と同僚の説明を聞いていたヒナリザが赤面していると離席していたレセダが戻ってきた。うつむいて顔を赤くしているヒナリザを見たレセダは冷淡な声音で告げてくる。
「ヒナリザ先輩。顔が赤いです。体調不良なら帰ってください。感染したら嫌なので」
ツーンと澄ました声のレセダに対してヒナリザは、「あっ? やはり嫌われてる!」と思ったが、同僚と上役は愉快そうに笑いながら不意に変な会話を始めた。
「ヒナリザ君! おめでとう! ご祝儀ははずむからね!」
「よかったな! 縁談がうまくいって! 婚礼には呼べよ? 同僚代表としてスピーチしてやるからな!」
「えっ? なにを急に……?」
ヒナリザが今度こそ本当に困惑していると同僚と上役は耳元で、「少し黙ってろ」と口止めをしてきた。
当然だがヒナリザに結婚の予定はない。しかし、話を聞いていたレセダは瞳を大きく見開いてこちらに鋭く問いかけてくる。
「ご結婚ですか? ヒナリザ先輩?」
レセダは顔面蒼白で、この世の終わりのような顔してヒナリザを見詰めている。ヒナリザは同僚と上役に助けを求めたが、2人の小芝居は続く。
「いや~! ミシェル様への想いから結婚しないって誓ってたヒナリザなのに。やっぱ、モモ様の命令には逆らえないよな~!」
「シルバー家当主様の決めた縁談だが、お相手は素敵なお嬢さまなんだろう? 良縁だよ! めでたいなぁ!」
なんか、怪しいシナリオが勝手に上演されているとヒナリザが焦っていると急に、ドン! と机を叩く凄まじい音がした。レセダが睨みながら机をぶっ叩き、ヒナリザに詰問する。
「シルバー家当主の命令だから仕方なく結婚ですか? ヒナリザ先輩の意思は?」
そんな話を、けしてモモはヒナリザに強要していないので、流石に否定しようと声をあげようとした瞬間にレセダが官吏執務室から飛び出してしまった。
「レセダ!? 待って! 違うんだ!」
慌てたヒナリザがレセダのあとを追いかけて行ったので、残された同僚と上役は笑顔でハイタッチをしてみせた。
「予想外に簡単にレセダが引っ掛かった! やっぱ、ヒナリザに関しては冷静ではなくなりますね? アイツは?」
「ハハハ! 恋とはそういうもんだろ? ワシら恋のキューピッド役になれるかなぁ? おとなしいヒナリザ君がどう弁明するか気になる~!」
勝手に小芝居を上演してヒナリザを混乱に陥れ、レセダを絶望のドン底に突き落とした同僚と上役であったが、悪気はまったくなく、単に鈍いヒナリザに恋い焦がれるレセダの背中を押してあげたい一心である。押しすぎて絶望のドン底に突き落としはしたが。
「忙しい合間のオフィスラブはいいね~! キュンキュンしちゃうな~!」
「そうですね! ヒナリザってマジで、いいヤツで有能なのに鈍すぎ! そこが彼の長所ですけど!」
そんなことを仲良く話ながら同僚と上役はヒナリザとレセダの恋の予感にわくわくが止まらない様子であった。
多忙な官吏の束の間の癒しタイムである。
――
官吏執務室から飛び出してしまったレセダを追いかけていたヒナリザだが、レセダの足が速すぎてなかなか追いつけない。
「待って! お願いだからレセダ! 止まって!」
必死に追いかけているうちに、ヒナリザは王宮のダイアナ女王陛下の執務室の近くまで来てしまった。レセダはその近くにある重厚な扉をドンドン叩いている。ここはダイアナ女王陛下の重臣としてモモに与えられた仕事部屋であった。
「開けてください! モモ様! ヒナリザ先輩のことでお話があります! あけろ!」
大声でモモ専用の部屋の扉を叩き続けているレセダにようやく追いついたヒナリザが声をあげようとした刹那、奥の部屋から衣擦れの気配がした。
「モモだったらミモザとお話しているわ。ここにはいないわよ? なにかあったのですか?」
なんと! ダイアナ女王陛下が外の騒ぎに気がついて直々に御成りとなった。女王陛下付きの女官が険しい顔で叱責を始める。
「外で扉をドンドンしないでください! うるさくてダイアナ女王陛下の執務に差し支えます! まったく! なにをお考えなの!?」
女官に叱られてヒナリザは跪きながら必死に謝罪したが、ダイアナ女王陛下がそれを優しく制した。
「ヒナリザ。なにか理由があるのでしょう? あと扉をドンドンしていたのはあなたではないわ。そちらの……たしかレセダという名の後輩官吏よね? モモにヒナリザのことでお話があるとか叫んでいたような?」
殆どダイアナ女王陛下に筒抜けだったので観念したヒナリザは跪きながらレセダに非はないと訴えた。
「僕が、仲間の冗談を止めなかったから悪いのです。レセダに非はございません! 処罰は僕だけにしてください!」
すべての経緯を知ったダイアナ女王陛下は、しばらく女官と顔を見合せていたが不意に口に手を当ててコロコロと軽快に笑いだした。
「ほほほ! なんの騒ぎかと思ったら、恋のから騒ぎだったようね! ヒナリザの鈍さも大概だけれど、レセダのヒナリザへの恋と想いはこれでハッキリ通じたのではなくて?」
ダイアナ女王陛下のお言葉にレセダは真っ赤になり頷いた。
レセダはヒナリザのことがずっと好きだった。だが、名門大貴族の一員であるヒナリザと平民の自分では所詮、身分が違いすぎて恋は実らないと絶望して諦めていたのだ。
そして、ミシェルという絶対に敵わないヒナリザにとって永遠の想い人の存在もレセダの恋心を追い詰めていった。
その苦しい恋の反動が愛するヒナリザへの冷淡な態度になっていたのである。
同僚が言うように、レセダはヒナリザを嫌ってなどおらず、むしろ、とにかく大好きであった。
「レセダ。そういう誤解をまねく態度は感心しないわ。ヒナリザにはキチンと想いを告げるべきよ。恋が成就するかは抜きにしてもね」
ダイアナ女王陛下に諭されるとレセダは跪き、「申し訳ございません」と謝罪をしている。
「今回のことは不問とするわ。咎め立てはしないからお仕事に戻りなさい」
そうダイアナ女王陛下に促され、ヒナリザとレセダは跪きながら「はっ! 女王陛下の寛大なお心に深く感謝申し上げます」と告げ、礼をしてその場を離れた。
2人が去るとダイアナ女王は、お付きの女官と早速ワクワク顔で話し始める。
「今夜ミモザに、恋のから騒ぎのお話をしなければだわ! ねぇ? あの2人はどうなると思う? 聞かせて?」
めちゃくちゃ楽しんでいるダイアナ女王に問われた女官は顔を綻ばせながら推測を述べる。
「ヒナリザ殿はシルバー家前当主ミシェル様へのお気持ちもあります。しかし、レセダ殿の恋心を無下にはなさらないかと?」
「優しいヒナリザならあり得るわね。わたくしはミシェルが天国で安心していると信じるわ。ヒナリザを心から愛してくれる殿方が現れて」
ミシェルはダイアナ女王陛下の亡き側近で、最後まで心優しい性格だった。生前の彼の気質を考えると自分の死後にヒナリザに恋人ができても咎めることはけしてしないだろう。
そんなことを思いながらダイアナ女王陛下は再び執務室へと戻っていった。
――
官吏執務室へと帰る途中、ヒナリザはレセダから改めて想いを打ち明けられていた。要は愛の告白である。
「官吏になり初めてヒナリザ先輩を見てから一目惚れしました。あたたかく謙虚な人柄。有能なのに控えめでおとなしくて、誰にでも礼儀を忘れない。そして、陽だまりのような優しい美しさ。……こんな素敵な人がこの世にいるのかと恋をしました。あなたは、ヒナリザ先輩は、私のすべてなんです」
それまで故意に避けていた分を取り戻すようにヒナリザへの恋心を語るレセダに対してヒナリザは迷った末に告げた。
「僕は孤児で、売春宿にいたんだ。シルバー家に拾われなかったらすでに死んでいた。だから、救ってくれたミシェル様しか愛さないって決めていたんだ」
「承知してます。ですが、これだけはわかってください。ヒナリザ先輩の気持ちは尊重します。それでも、私はあなたを愛していると」
自分のものにならなくても、ヒナリザを愛し続けると誓うレセダの手をヒナリザはおそるおそる握った。
「そんなに愛されるほど僕は優れた人間じゃない。だから……。約束して? 僕より先に死なないで。もう……あんな悲しい思いはしたくないんだ」
「わかりました。約束します。ヒナリザ先輩」
「それと、ヒナリザ先輩ってやめてね? ヒナリザでいいよ。レセダ。あと、浮気も絶対に許さない」
最後の、浮気絶ユル発言にレセダが驚いて横を向くと、ヒナリザはあたたかく微笑んでいる。言葉の意味を計りかねたレセダは勇気を出して質問した。
「……恋人になってくれるのですか?」
レセダの問いに、ヒナリザは恥ずかしそうに頷いた。それを目にしたレセダからいつものクールな雰囲気が消え去り、顔を真っ赤にして、道から少しそれた木陰までヒナリザを引き寄せると抱きしめキスをした。
「ヒナリザ……愛してる」
「ありがとう。レセダ」
こうして亡きミシェルの元美少年トリオのなかで初めて、ヒナリザは真から自分を愛してくれる存在を得た。
官吏執務室に戻ると同僚と上役は何事も無かったかのように粛々と仕事に励んでいる。
「レセダ。僕たちも仕事に戻ろうか?」
「そうですね。ヒナリザ先輩」
職場では呼び捨て禁止ルールをヒナリザが決めたので、レセダはそれに従った。だが、2人の今までは皆無だった甘い雰囲気を同僚と上役は鋭く察知して目配せをして笑みを浮かべた。
「今日はワシのおごりで飲み会でも……」
上役が言い終わらないうちにレセダがピシャリと、「私はヒナリザと残業するので!」と拒否ってきた。
「レセダ! 呼び捨ては2人だけのときって約束だよ! あと、今度、モモ様とステフとマックスにも会ってね?」
「すみません。ヒナリザ先輩の身内にはキチンとご挨拶をします」
これだけでもう、出来てることバレバレやんけな会話をしているヒナリザとレセダに同僚と上役は我慢できず盛大に噴き出してしまった。
「隠すとか、なしなし! ラブラブでいろよ!」
「ワシも禿げ上がるほど同意! オフィスラブ! オフィスラブ! オフィスラブ!」
同僚と上役に茶化されヒナリザは赤面したが、レセダの顔を見てフワリと微笑んだ。
その微笑みは陽だまりの如くあたたかく優しくて美しい。
(ヒナリザと生涯を共にする!)
誓って幸せにする、とレセダは心で決意していた。
――
後日、約束通りにレセダはモモやマックス、ステフに挨拶すべく東宮に来ていた。
「モモ様! ヒナリザ先輩との結婚をお許しください! 何卒!」
シルバー家当主であるモモに頭を下げているレセダの傍らでヒナリザはモジモジ赤面しながらも共に頭を下げた。
(まだ付き合い初めなのに結婚に話が飛躍してるけど……。レセダって気がはやい?)
ヒナリザがそう思っていると話を聞いていたモモがニヤリとしてヒナリザに告げたのである。
「ヒナリザ。誠実な恋人ができてよかったな。幸せになれよ」
これはモモがヒナリザの結婚を許可するという意味なので、レセダは再度頭を下げて礼を述べた。
「ありがとうございます。つきましては官舎で結婚を前提に同棲いたします。ヒナリザ先輩。それでよろしいですか?」
官吏用の官舎は独身用でもわりと広いので同棲にはもってこいなのだが、ヒナリザは肝心のことをレセダが忘れていると控えめに指摘した。
「レセダ。僕、プロポーズされていないよ?」
ヒナリザの言葉にレセダは慌てて、いつの間にか所持していた指輪の箱を開けてヒナリザの左手薬指に嵌めた。
「すみません。これは婚約指輪です。モモ様へのご挨拶に緊張して忘れてました。結婚してください。ヒナリザ」
「ありがとう。指輪はとても嬉しいよ。プロポーズも嬉しい。でも、レセダ。僕たち……その、まだ……セックスしてもいないけど?」
清い交際を続けていたのに、急に指輪と同棲に話が飛躍してしまい。レセダってわりと気がはやいうえにうっかりさんだな、と可笑しくなりヒナリザはにっこり微笑んでいた。
いろいろとやることの順序が混乱しているレセダの様子にモモは爆笑して、ステフとマックスも笑っている。
「ヒナリザ! おめでとう~! 彼氏が少し先走り気味だけど、お幸せに~!」
「おめでとう。ヒナリザ。レセダ殿が不貞行為をしたら、俺が太刀で斬ってやるから」
ステフはともかく、第2王子に保険金かけているマックスに斬られるのはレセダとしても不本意だろう。ステフとマックスは純粋にヒナリザとレセダの恋を祝福していた。幼い頃から苦楽を共にした仲間の祝福に、ヒナリザは嬉しくて泣いた。
「レセダ殿。ヒナリザと生涯仲良くな。 これは俺からの祝いだ」
モモは衣装から無造作に、ポンとキラキラ輝く石を投げてきたのでレセダがキャッチすると、それは見事な大粒のダイヤモンドであった。
「シルバー家では身内が結婚するとその相手にダイヤモンドを渡す慣習がある。受け取れ。ヒナリザの旦那になるなら」
「はい! 身に余る光栄です! ヒナリザを生涯、必ずや幸せにします!」
ダイヤモンドを渡されたレセダは正式にヒナリザとの婚姻が決まった。2人は共に官吏なので官舎でしばらく同棲をする。ついこのあいだまでは冷淡で苦手な後輩官吏であったレセダと結ばれることになるなんて、ヒナリザも予想できなかった。
「レセダ。こんな僕と結婚したいとまで言ってくれてありがとう」
ヒナリザが礼を言うとレセダはハッキリと告げた。
「こんな、なんて言わないでください。ヒナリザ。あなたは私のすべてなんだ。自虐的な言葉はやめてください」
「わかった。本当にありがとう。大好き」
ラブラブなレセダとヒナリザを眺めていたステフだったが、急に思い出したようにモモに訊ねた。
「自虐的と言えば、コクトー王太子とナナ妃殿下は~!? 東宮なのに2人ともいないけど?」
2人でお出かけかなと首を傾げるステフにマックスがモモの代わりに答えた。
「王太子コクトー殿下とナナ妃殿下は東宮の庭園でクリス・バティスト元王や俺の部下たちとガーデニングしてる。そろそろ薔薇が咲くから」
「そうなんだ~! んじゃ、帰りに庭園に寄っていこう!」
無邪気に暇を告げるステフと一緒にヒナリザもレセダと連れ添って東宮を辞することにした。
――
東宮の庭園では蕾が膨らんだ薔薇を眺めながらナナがコクトーにお願いしていた。
「この薔薇を西の離宮に少し贈っていいか? ルリ姉上のために」
ナナの姉姫ルリは出産を控えていて、西の離宮で夫エリクと暮らしている。
「もちろんだよ! 赤ちゃん。楽しみだね?」
優しいコクトーの言葉にナナが笑顔で頷いているとステフが庭園に駆けてきた。
「コクトー王太子! ナナ妃殿下! その薔薇、僕にもちょうだい! ヒナリザに贈るんだ~! 結婚のお祝いだよ~!」
「おい! ヒナリザはめでたいが、お祝いなら花屋で自腹で買いやがれ! 東宮の庭園を花屋にすんな!」
「まあまあ! ナナ。ヒナリザに免じて薔薇をあげよう? 僕からもお願い」
コクトーが宥めてくれたのでナナは特別にヒナリザのお祝いという意味で薔薇を贈ることを許可した。
「そっちの赤い薔薇ならもうわりと咲いてるぞ? 何本くらい贈るんだ?」
「108本! レセダのプロポーズ用に!」
「レセダって誰だよ!? それ以前に108本って、図々しいな!」
ステフの無垢な図々しさにナナがキレているとヒナリザがレセダを伴って焦った様子で走ってきた。
「ナナ王太子妃殿下! ステフが大変失礼しました! 帰り道でレセダが花屋で薔薇を108本買うと話していたら、ステフが東宮の庭園ならタダだからと走っていってしまい……」
レセダはキチンと花屋でヒナリザに贈る薔薇を購入しようとしたのにステフが暴走したらしい。事情を知ったナナは庭師になにやら頼んでいる。
「ナナ王太子妃殿下。大変申し訳ございません」
ヒナリザとレセダが跪き、謝罪するとナナは笑って告げたのだ。
「庭師にお願いして東宮の庭園中の美しい薔薇108本を贈る! ステフでなく、結婚するお前らにな!」
王家の家族のための薔薇は無理だが、東宮の庭園なら薔薇はたくさんあるし足りるだろうと言い切るナナにヒナリザとレセダは仰天した。
「そっ! そんな! 畏れ多いです! 東宮の薔薇をそんなに……」
「おそれながらナナ王太子妃殿下。薔薇108本は私がヒナリザに贈りたいのです」
丁重に辞退しようとしたヒナリザとレセダに向かって今度は王太子コクトーが優しく言い添えた。
「薔薇108本は僕とナナからの結婚のお祝いってことにするよ。おめでとう。ヒナリザとレセダ。幸せになってね」
王太子コクトーが宣言したので東宮の薔薇108本贈呈は決定事項となった。
そして庭師が意気揚々と美しい薔薇108本を用意してきたので、ナナはそれらをコクトーやクリス・バティスト元王たちと手分けしてラッピングして見事な薔薇の花束が完成した。
「おお! なんと素晴らしい薔薇の花束! これならば、プロポーズはバッチリでしょう!」
クリス・バティスト元王が感動している側でコクトーとナナは、恐縮しているヒナリザとレセダに大きな薔薇108本花束を贈った。
「王太子と王太子妃からの祝いだ! 受け取れ!」
威勢のいいナナのかけ声でレセダは花束を受け取るとヒナリザの前に跪いた。
「改めて。ヒナリザ。結婚してください。私とずっと共にいてほしいです! 永遠に!」
花束を渡されたヒナリザは感激したような嬉しくて泣きたいような笑みを浮かべ応える。
「ありがとう。レセダ。僕も君を永遠に愛するから。ずうっと一緒にいよう」
ステフの暴走はあったが、東宮の薔薇108本は無事にヒナリザの手に渡り、プロポーズは正式に終了した。
何度もお礼を行って去っていくヒナリザとレセダに手を振るコクトーとナナを窓辺から見守っていたモモはいろいろな気持ちが錯綜して涙が滲んでいた。
子供の頃からおとなしくて控えめだったヒナリザ……。彼とは同い年だが、モモにとって、ヒナリザはやはり弟分である。そんなヒナリザを真から愛してくれるレセダという存在が出来たことが感極まり、また、快く東宮の大切な薔薇を108本もヒナリザに贈ってくれた王太子コクトーと王太子妃ナナの優しさと成長にも泣けてきた。
「よかった。ミシェルも天国で祝福してる」
それだけ言って泣き出したモモにハンカチを渡すとマックスは無言で窓の外を眺めていた。
どんな時でもモモはステフやマックス、そしてヒナリザに対して優しく、誰よりもミシェルを深く愛していた。
そんなモモをマックスは誰よりも尊敬して憧れていたが、次第に尊敬や憧れ以上の感情を抱くようになってしまった。
(俺のモモ様への愛情はレセダ殿のように相手を幸せにしない。身勝手とは無縁なヒナリザだからこそ、レセダ殿のような相手に出逢えた)
モモの幸せを考えない自分の愛情は真の愛情とは言えないとマックスは自戒して、モモが泣き止むのをひたすら窓を眺めつつ見守り続けた。
その頃、帰り道でレセダはヒナリザに顔を赤らめながらお願いしていた。
「今夜は私の部屋で寝てください」
このレセダの願いにヒナリザは真から幸せそうな微笑みを見せて首を縦に振っていた。
手を繋いで歩くヒナリザとレセダだったが、お互いのラブラブに夢中でステフのことを忘れていた。ステフはまだ東宮の庭園に居座ってクリス・バティスト元王やマックスの部下や庭師とぺちゃくちゃ喋っている。
「マックスはリデル王子と幸せになるのが1番だと思うんだよね~! クリスさんはどう思う?」
「お前! ステフ! 仮にも隣国の元国王を気安く呼ぶなよ!」
ナナが厳しく注意するとクリス・バティスト元王は寛容な笑顔で許していた。
「クリスさんでいいんです。もう、わたしは王ではない。ステフ殿。わたしも貴殿の意見に賛成ですね。多額の保険金をかけられても怒らない時点で、リデル王子のマックスへの愛は本物です!」
「だよね~! クリスさん。僕のことはステフでいいよ? これで僕たちマブダチだよ~!」
「マブダチ! つまり、真の意味での親友! なんて素敵な響き! ありがとう。ステフ!」
意気投合したステフとクリス・バティスト元王を見ていたナナはコクトーにソッと言った。
「あのクリスのオッサン。どんだけ友達いねーんだよ?」
「うーん。少なくとも、ミモザ父上とはそれなりに仲良しなはずなんだけれど?」
こんな、クリス・バティスト元王にミモザ殿下以外、ステフという友達ができるという結末で、ヒナリザとレセダの恋のから騒ぎと急展開な同棲&結婚話は幕を閉じよう。
最後に、ヒナリザと念願の初夜を過ごして眠っていたレセダは不思議な夢をみていた。
自分と同年代くらいの金髪碧眼の優しげな美青年がこちらを見て微笑んでいる。誰だろうと思ったとき、その金髪の美青年はレセダに優しく告げたのだ。
「ヒナリザを。あの子をくれぐれもよろしく」
その慈愛に満ちた面差しからレセダは突如閃き、「ミシェル様!?」と、叫ぼうとして目が覚めた。となりではヒナリザがレセダに腕を絡ませ眠っている。
ヒナリザの寝顔を見ながらレセダは夢の中の青年に言えなかった誓いを告げる。
「もちろんです。ミシェル様」
そう呟いて祈ると、レセダは真から愛おしいヒナリザの唇にキスをして抱きしめた。
【続く!】
王宮の官吏として忙しく働くヒナリザの机に後輩がティーカップを置いてくれた。
「ありがとう。レセダ。忙しいのにごめん」
控えめなヒナリザの声に後輩レセダはそっけなく云い放った。
「官吏が多忙なのは当然です。当たり前のことを言わないでください」
「そ、そうだね。……ごめん」
そうヒナリザが微笑むとレセダは心底軽蔑したような顔をしながら、澄ました様子で去ってしまう。眉目秀麗なレセダなのだが、クールな彼は滅多に笑うことがない。
レセダはヒナリザより5歳ほど年下である。
ヒナリザと同じくレセダは国の最高学府にあたる王立大学の卒業生で、貴族ではなく一介の平民から官吏になった。そんなレセダは非常に有能なのだが、ヒナリザは彼のことで悩んでいた。
(レセダは絶対、僕のこと嫌いだよね? 態度が冷淡だし……)
そもそもは孤児で最底辺な身分だったヒナリザだが、同じ少年売春宿にいたステフとマックスと共に名門大貴族シルバー家の前当主ミシェルに救われ、そのままシルバー家本邸に引き取られた。
ミシェルの父で先々代シルバー家当主クロードはミシェルに拾われたヒナリザたちへの教育にも非常に熱心な人物であった。
将来は官吏になりたいと思っていた少年時代のヒナリザの希望を、先々代当主クロードは認め、王立大学への進学を薦めてくれた。更にはシルバー家とは何の血縁関係もないヒナリザをはじめ、マックスとステフに大貴族シルバー家の名を冠してくれたのだ。
「もう、ヒナリザとマックスとステフは私の息子も同然!」
そう先々代シルバー家当主クロードは公言して、ヒナリザたちの学業を全面的に支援してくれた。命の恩人ミシェルとは別の意味で、クロードはヒナリザたちの将来を照らしてくれた恩人である。
そういう経緯でヒナリザのフルネームは、
「ヒナリザ・ケリー・シルバー」なのである。
シルバー家の一員となったヒナリザは、大恩あるミシェルやクロードの名に恥じないよう、王立大学でもひたすら勉学に励み、首席で大学を卒業し、官吏採用試験にも優秀な成績で合格。王宮の財務官吏となり王家にとても重用されている。
ダイアナ女王陛下からのおぼえもめでたい有能なヒナリザであったが、生来の控えめな性格からか謙虚でおとなしく、仕事で成果を出しても傲ることなく努力を続け、今に至る。
そんな優秀なのに謙虚で控えめかつ努力家なヒナリザは仲間の官吏に好かれ、上役にも頼りにされつつ、優しくされていた。
しかし、後輩レセダだけは、そんなヒナリザをこころよく思っていないような態度だ。嫌われているとヒナリザはすぐ察したが特にレセダになにかをした記憶がなかった。
(きっと、僕みたいな貴族もどきが嫌いなんだ)
平民から実力で王立大学に経て、官吏となれたレセダにとって、自分のように運良くシルバー家という大貴族の末席に加われた者なんて嫌悪感があるのだろう、とヒナリザは悶々と考えてしまった。
王立大学は貴族平民問わず門戸を開いているが、よほど生活に余裕がなければ平民では試験勉強が満足にできず入学は難しい。
レセダは王立大学では非常に珍しい奨学金制度で入学して、ヒナリザと同じく首席で卒業した官吏だった。それだけ努力した彼が自分みたいな貴族まがいな元孤児を嫌っても仕方がないとヒナリザは結論付け、悲しい気持ちになっていた。
そのタイミングに事態が大きく動いた。
ヒナリザの沈んだ表情を見ていたらしいとなりの机の同僚が声を掛けてきたのだ。彼とは大学時代から親しく同期官吏だった。
「ヒナリザ。レセダの冷たい塩対応なんて気にするな。アイツもいろいろ複雑なんだよ」
「やはり僕がすごく目障りなのかな?」
シュンとするヒナリザが息を吐くと同僚は驚いたように目を見開いた。
「えっ? ヒナリザはまったく気づいてないのかよ? レセダの態度の真意を」
なぜか呆れている同僚に対してヒナリザはどうしたのかと困惑した。
「なんのこと? ごめん……。よくわからなくて……」
恥ずかしそうにモジモジするヒナリザに同僚は苦笑いして、「紅茶を飲んでみろ」と勧めてくる。先ほどレセダが注いでくれた紅茶だ。
「あれ? カモミールがブレンドされてる? 僕の好きなお茶だ」
どうしてレセダがヒナリザの好きな茶葉を知っているのか考えてみろ、と同僚は楽しそうにせっつく。
「残業のとき淹れた記憶が……。レセダにもあげたような?」
「それだよ! 別に、レセダはお前のことを嫌っていない。むしろ……なんだぁ、まぁ……な」
ヒソヒソと話して顔をニマニマさせている同僚をヒナリザはキョトンと眺めていた。官吏としては優秀なヒナリザだが、同僚の言わんとしている意味が皆目わからない。
「レセダもカモミールのお茶が好きなのかな?」
単に好きな茶葉が同じだっただけと答えたヒナリザに対して同僚は、それは違うと断言する。
「レセダはヒナリザの気をひきたいんだよ。それがカラ回りして拗れた態度になっているだけ!」
そこまで言えばわかるだろうと同僚がヒナリザを小突いていたら、レセダが離席しているのをいいことに、上役までいそいそと話に加わってきた。
「話は聞かせてもらったよ! 恋ばな! ヒナリザ君とレセダ君の! 是非続きを聞かせてくれたまえ。ワシも前々から思ってたんだよ! レセダ君、アプローチ下手すぎ~って!」
妙にワクワクしている上役に向かって同僚は笑顔で、「ですよね~!」と相づちを打っている。
ヒナリザとしてはレセダの態度を考えて自分に好意を抱いているなんて半ば信じられない。同僚と上役の勘違いではないかと小声で反論したら、同僚と上役は同時に指摘してきた。
「にぶすぎ! 仕事は超絶できるのに後輩の恋心は察せないのか!?」
「レセダ君がツンツンしちゃうのわかる~! 好きな人がニブチンなんだからね~。ヒナリザ君らしいけど~!」
「で、でも! レセダとは会話らしい会話もないです。いつも避けられているので!」
なんだか叱られているような気分になってきたヒナリザが小さくなっていると、上役は溜息を吐きながら小声で言ってきた。
「レセダ君は媚びない性格だから上役であるワシにも茶なんて絶対に淹れない。それなのにヒナリザ君にはさりげなくカモミールブレンド紅茶を淹れている。それだけでバレバレだよ~!」
上役の言葉に同僚は激しく同意しながら笑っている。
「レセダの視線は常にヒナリザを追ってるぞ? 俺はお前のとなりの机だからすぐ気づいた。その視線の意味を!」
「そうなの……かなぁ? ……僕は嫌われていると感じてて……」
上役と同僚の説明を聞いていたヒナリザが赤面していると離席していたレセダが戻ってきた。うつむいて顔を赤くしているヒナリザを見たレセダは冷淡な声音で告げてくる。
「ヒナリザ先輩。顔が赤いです。体調不良なら帰ってください。感染したら嫌なので」
ツーンと澄ました声のレセダに対してヒナリザは、「あっ? やはり嫌われてる!」と思ったが、同僚と上役は愉快そうに笑いながら不意に変な会話を始めた。
「ヒナリザ君! おめでとう! ご祝儀ははずむからね!」
「よかったな! 縁談がうまくいって! 婚礼には呼べよ? 同僚代表としてスピーチしてやるからな!」
「えっ? なにを急に……?」
ヒナリザが今度こそ本当に困惑していると同僚と上役は耳元で、「少し黙ってろ」と口止めをしてきた。
当然だがヒナリザに結婚の予定はない。しかし、話を聞いていたレセダは瞳を大きく見開いてこちらに鋭く問いかけてくる。
「ご結婚ですか? ヒナリザ先輩?」
レセダは顔面蒼白で、この世の終わりのような顔してヒナリザを見詰めている。ヒナリザは同僚と上役に助けを求めたが、2人の小芝居は続く。
「いや~! ミシェル様への想いから結婚しないって誓ってたヒナリザなのに。やっぱ、モモ様の命令には逆らえないよな~!」
「シルバー家当主様の決めた縁談だが、お相手は素敵なお嬢さまなんだろう? 良縁だよ! めでたいなぁ!」
なんか、怪しいシナリオが勝手に上演されているとヒナリザが焦っていると急に、ドン! と机を叩く凄まじい音がした。レセダが睨みながら机をぶっ叩き、ヒナリザに詰問する。
「シルバー家当主の命令だから仕方なく結婚ですか? ヒナリザ先輩の意思は?」
そんな話を、けしてモモはヒナリザに強要していないので、流石に否定しようと声をあげようとした瞬間にレセダが官吏執務室から飛び出してしまった。
「レセダ!? 待って! 違うんだ!」
慌てたヒナリザがレセダのあとを追いかけて行ったので、残された同僚と上役は笑顔でハイタッチをしてみせた。
「予想外に簡単にレセダが引っ掛かった! やっぱ、ヒナリザに関しては冷静ではなくなりますね? アイツは?」
「ハハハ! 恋とはそういうもんだろ? ワシら恋のキューピッド役になれるかなぁ? おとなしいヒナリザ君がどう弁明するか気になる~!」
勝手に小芝居を上演してヒナリザを混乱に陥れ、レセダを絶望のドン底に突き落とした同僚と上役であったが、悪気はまったくなく、単に鈍いヒナリザに恋い焦がれるレセダの背中を押してあげたい一心である。押しすぎて絶望のドン底に突き落としはしたが。
「忙しい合間のオフィスラブはいいね~! キュンキュンしちゃうな~!」
「そうですね! ヒナリザってマジで、いいヤツで有能なのに鈍すぎ! そこが彼の長所ですけど!」
そんなことを仲良く話ながら同僚と上役はヒナリザとレセダの恋の予感にわくわくが止まらない様子であった。
多忙な官吏の束の間の癒しタイムである。
――
官吏執務室から飛び出してしまったレセダを追いかけていたヒナリザだが、レセダの足が速すぎてなかなか追いつけない。
「待って! お願いだからレセダ! 止まって!」
必死に追いかけているうちに、ヒナリザは王宮のダイアナ女王陛下の執務室の近くまで来てしまった。レセダはその近くにある重厚な扉をドンドン叩いている。ここはダイアナ女王陛下の重臣としてモモに与えられた仕事部屋であった。
「開けてください! モモ様! ヒナリザ先輩のことでお話があります! あけろ!」
大声でモモ専用の部屋の扉を叩き続けているレセダにようやく追いついたヒナリザが声をあげようとした刹那、奥の部屋から衣擦れの気配がした。
「モモだったらミモザとお話しているわ。ここにはいないわよ? なにかあったのですか?」
なんと! ダイアナ女王陛下が外の騒ぎに気がついて直々に御成りとなった。女王陛下付きの女官が険しい顔で叱責を始める。
「外で扉をドンドンしないでください! うるさくてダイアナ女王陛下の執務に差し支えます! まったく! なにをお考えなの!?」
女官に叱られてヒナリザは跪きながら必死に謝罪したが、ダイアナ女王陛下がそれを優しく制した。
「ヒナリザ。なにか理由があるのでしょう? あと扉をドンドンしていたのはあなたではないわ。そちらの……たしかレセダという名の後輩官吏よね? モモにヒナリザのことでお話があるとか叫んでいたような?」
殆どダイアナ女王陛下に筒抜けだったので観念したヒナリザは跪きながらレセダに非はないと訴えた。
「僕が、仲間の冗談を止めなかったから悪いのです。レセダに非はございません! 処罰は僕だけにしてください!」
すべての経緯を知ったダイアナ女王陛下は、しばらく女官と顔を見合せていたが不意に口に手を当ててコロコロと軽快に笑いだした。
「ほほほ! なんの騒ぎかと思ったら、恋のから騒ぎだったようね! ヒナリザの鈍さも大概だけれど、レセダのヒナリザへの恋と想いはこれでハッキリ通じたのではなくて?」
ダイアナ女王陛下のお言葉にレセダは真っ赤になり頷いた。
レセダはヒナリザのことがずっと好きだった。だが、名門大貴族の一員であるヒナリザと平民の自分では所詮、身分が違いすぎて恋は実らないと絶望して諦めていたのだ。
そして、ミシェルという絶対に敵わないヒナリザにとって永遠の想い人の存在もレセダの恋心を追い詰めていった。
その苦しい恋の反動が愛するヒナリザへの冷淡な態度になっていたのである。
同僚が言うように、レセダはヒナリザを嫌ってなどおらず、むしろ、とにかく大好きであった。
「レセダ。そういう誤解をまねく態度は感心しないわ。ヒナリザにはキチンと想いを告げるべきよ。恋が成就するかは抜きにしてもね」
ダイアナ女王陛下に諭されるとレセダは跪き、「申し訳ございません」と謝罪をしている。
「今回のことは不問とするわ。咎め立てはしないからお仕事に戻りなさい」
そうダイアナ女王陛下に促され、ヒナリザとレセダは跪きながら「はっ! 女王陛下の寛大なお心に深く感謝申し上げます」と告げ、礼をしてその場を離れた。
2人が去るとダイアナ女王は、お付きの女官と早速ワクワク顔で話し始める。
「今夜ミモザに、恋のから騒ぎのお話をしなければだわ! ねぇ? あの2人はどうなると思う? 聞かせて?」
めちゃくちゃ楽しんでいるダイアナ女王に問われた女官は顔を綻ばせながら推測を述べる。
「ヒナリザ殿はシルバー家前当主ミシェル様へのお気持ちもあります。しかし、レセダ殿の恋心を無下にはなさらないかと?」
「優しいヒナリザならあり得るわね。わたくしはミシェルが天国で安心していると信じるわ。ヒナリザを心から愛してくれる殿方が現れて」
ミシェルはダイアナ女王陛下の亡き側近で、最後まで心優しい性格だった。生前の彼の気質を考えると自分の死後にヒナリザに恋人ができても咎めることはけしてしないだろう。
そんなことを思いながらダイアナ女王陛下は再び執務室へと戻っていった。
――
官吏執務室へと帰る途中、ヒナリザはレセダから改めて想いを打ち明けられていた。要は愛の告白である。
「官吏になり初めてヒナリザ先輩を見てから一目惚れしました。あたたかく謙虚な人柄。有能なのに控えめでおとなしくて、誰にでも礼儀を忘れない。そして、陽だまりのような優しい美しさ。……こんな素敵な人がこの世にいるのかと恋をしました。あなたは、ヒナリザ先輩は、私のすべてなんです」
それまで故意に避けていた分を取り戻すようにヒナリザへの恋心を語るレセダに対してヒナリザは迷った末に告げた。
「僕は孤児で、売春宿にいたんだ。シルバー家に拾われなかったらすでに死んでいた。だから、救ってくれたミシェル様しか愛さないって決めていたんだ」
「承知してます。ですが、これだけはわかってください。ヒナリザ先輩の気持ちは尊重します。それでも、私はあなたを愛していると」
自分のものにならなくても、ヒナリザを愛し続けると誓うレセダの手をヒナリザはおそるおそる握った。
「そんなに愛されるほど僕は優れた人間じゃない。だから……。約束して? 僕より先に死なないで。もう……あんな悲しい思いはしたくないんだ」
「わかりました。約束します。ヒナリザ先輩」
「それと、ヒナリザ先輩ってやめてね? ヒナリザでいいよ。レセダ。あと、浮気も絶対に許さない」
最後の、浮気絶ユル発言にレセダが驚いて横を向くと、ヒナリザはあたたかく微笑んでいる。言葉の意味を計りかねたレセダは勇気を出して質問した。
「……恋人になってくれるのですか?」
レセダの問いに、ヒナリザは恥ずかしそうに頷いた。それを目にしたレセダからいつものクールな雰囲気が消え去り、顔を真っ赤にして、道から少しそれた木陰までヒナリザを引き寄せると抱きしめキスをした。
「ヒナリザ……愛してる」
「ありがとう。レセダ」
こうして亡きミシェルの元美少年トリオのなかで初めて、ヒナリザは真から自分を愛してくれる存在を得た。
官吏執務室に戻ると同僚と上役は何事も無かったかのように粛々と仕事に励んでいる。
「レセダ。僕たちも仕事に戻ろうか?」
「そうですね。ヒナリザ先輩」
職場では呼び捨て禁止ルールをヒナリザが決めたので、レセダはそれに従った。だが、2人の今までは皆無だった甘い雰囲気を同僚と上役は鋭く察知して目配せをして笑みを浮かべた。
「今日はワシのおごりで飲み会でも……」
上役が言い終わらないうちにレセダがピシャリと、「私はヒナリザと残業するので!」と拒否ってきた。
「レセダ! 呼び捨ては2人だけのときって約束だよ! あと、今度、モモ様とステフとマックスにも会ってね?」
「すみません。ヒナリザ先輩の身内にはキチンとご挨拶をします」
これだけでもう、出来てることバレバレやんけな会話をしているヒナリザとレセダに同僚と上役は我慢できず盛大に噴き出してしまった。
「隠すとか、なしなし! ラブラブでいろよ!」
「ワシも禿げ上がるほど同意! オフィスラブ! オフィスラブ! オフィスラブ!」
同僚と上役に茶化されヒナリザは赤面したが、レセダの顔を見てフワリと微笑んだ。
その微笑みは陽だまりの如くあたたかく優しくて美しい。
(ヒナリザと生涯を共にする!)
誓って幸せにする、とレセダは心で決意していた。
――
後日、約束通りにレセダはモモやマックス、ステフに挨拶すべく東宮に来ていた。
「モモ様! ヒナリザ先輩との結婚をお許しください! 何卒!」
シルバー家当主であるモモに頭を下げているレセダの傍らでヒナリザはモジモジ赤面しながらも共に頭を下げた。
(まだ付き合い初めなのに結婚に話が飛躍してるけど……。レセダって気がはやい?)
ヒナリザがそう思っていると話を聞いていたモモがニヤリとしてヒナリザに告げたのである。
「ヒナリザ。誠実な恋人ができてよかったな。幸せになれよ」
これはモモがヒナリザの結婚を許可するという意味なので、レセダは再度頭を下げて礼を述べた。
「ありがとうございます。つきましては官舎で結婚を前提に同棲いたします。ヒナリザ先輩。それでよろしいですか?」
官吏用の官舎は独身用でもわりと広いので同棲にはもってこいなのだが、ヒナリザは肝心のことをレセダが忘れていると控えめに指摘した。
「レセダ。僕、プロポーズされていないよ?」
ヒナリザの言葉にレセダは慌てて、いつの間にか所持していた指輪の箱を開けてヒナリザの左手薬指に嵌めた。
「すみません。これは婚約指輪です。モモ様へのご挨拶に緊張して忘れてました。結婚してください。ヒナリザ」
「ありがとう。指輪はとても嬉しいよ。プロポーズも嬉しい。でも、レセダ。僕たち……その、まだ……セックスしてもいないけど?」
清い交際を続けていたのに、急に指輪と同棲に話が飛躍してしまい。レセダってわりと気がはやいうえにうっかりさんだな、と可笑しくなりヒナリザはにっこり微笑んでいた。
いろいろとやることの順序が混乱しているレセダの様子にモモは爆笑して、ステフとマックスも笑っている。
「ヒナリザ! おめでとう~! 彼氏が少し先走り気味だけど、お幸せに~!」
「おめでとう。ヒナリザ。レセダ殿が不貞行為をしたら、俺が太刀で斬ってやるから」
ステフはともかく、第2王子に保険金かけているマックスに斬られるのはレセダとしても不本意だろう。ステフとマックスは純粋にヒナリザとレセダの恋を祝福していた。幼い頃から苦楽を共にした仲間の祝福に、ヒナリザは嬉しくて泣いた。
「レセダ殿。ヒナリザと生涯仲良くな。 これは俺からの祝いだ」
モモは衣装から無造作に、ポンとキラキラ輝く石を投げてきたのでレセダがキャッチすると、それは見事な大粒のダイヤモンドであった。
「シルバー家では身内が結婚するとその相手にダイヤモンドを渡す慣習がある。受け取れ。ヒナリザの旦那になるなら」
「はい! 身に余る光栄です! ヒナリザを生涯、必ずや幸せにします!」
ダイヤモンドを渡されたレセダは正式にヒナリザとの婚姻が決まった。2人は共に官吏なので官舎でしばらく同棲をする。ついこのあいだまでは冷淡で苦手な後輩官吏であったレセダと結ばれることになるなんて、ヒナリザも予想できなかった。
「レセダ。こんな僕と結婚したいとまで言ってくれてありがとう」
ヒナリザが礼を言うとレセダはハッキリと告げた。
「こんな、なんて言わないでください。ヒナリザ。あなたは私のすべてなんだ。自虐的な言葉はやめてください」
「わかった。本当にありがとう。大好き」
ラブラブなレセダとヒナリザを眺めていたステフだったが、急に思い出したようにモモに訊ねた。
「自虐的と言えば、コクトー王太子とナナ妃殿下は~!? 東宮なのに2人ともいないけど?」
2人でお出かけかなと首を傾げるステフにマックスがモモの代わりに答えた。
「王太子コクトー殿下とナナ妃殿下は東宮の庭園でクリス・バティスト元王や俺の部下たちとガーデニングしてる。そろそろ薔薇が咲くから」
「そうなんだ~! んじゃ、帰りに庭園に寄っていこう!」
無邪気に暇を告げるステフと一緒にヒナリザもレセダと連れ添って東宮を辞することにした。
――
東宮の庭園では蕾が膨らんだ薔薇を眺めながらナナがコクトーにお願いしていた。
「この薔薇を西の離宮に少し贈っていいか? ルリ姉上のために」
ナナの姉姫ルリは出産を控えていて、西の離宮で夫エリクと暮らしている。
「もちろんだよ! 赤ちゃん。楽しみだね?」
優しいコクトーの言葉にナナが笑顔で頷いているとステフが庭園に駆けてきた。
「コクトー王太子! ナナ妃殿下! その薔薇、僕にもちょうだい! ヒナリザに贈るんだ~! 結婚のお祝いだよ~!」
「おい! ヒナリザはめでたいが、お祝いなら花屋で自腹で買いやがれ! 東宮の庭園を花屋にすんな!」
「まあまあ! ナナ。ヒナリザに免じて薔薇をあげよう? 僕からもお願い」
コクトーが宥めてくれたのでナナは特別にヒナリザのお祝いという意味で薔薇を贈ることを許可した。
「そっちの赤い薔薇ならもうわりと咲いてるぞ? 何本くらい贈るんだ?」
「108本! レセダのプロポーズ用に!」
「レセダって誰だよ!? それ以前に108本って、図々しいな!」
ステフの無垢な図々しさにナナがキレているとヒナリザがレセダを伴って焦った様子で走ってきた。
「ナナ王太子妃殿下! ステフが大変失礼しました! 帰り道でレセダが花屋で薔薇を108本買うと話していたら、ステフが東宮の庭園ならタダだからと走っていってしまい……」
レセダはキチンと花屋でヒナリザに贈る薔薇を購入しようとしたのにステフが暴走したらしい。事情を知ったナナは庭師になにやら頼んでいる。
「ナナ王太子妃殿下。大変申し訳ございません」
ヒナリザとレセダが跪き、謝罪するとナナは笑って告げたのだ。
「庭師にお願いして東宮の庭園中の美しい薔薇108本を贈る! ステフでなく、結婚するお前らにな!」
王家の家族のための薔薇は無理だが、東宮の庭園なら薔薇はたくさんあるし足りるだろうと言い切るナナにヒナリザとレセダは仰天した。
「そっ! そんな! 畏れ多いです! 東宮の薔薇をそんなに……」
「おそれながらナナ王太子妃殿下。薔薇108本は私がヒナリザに贈りたいのです」
丁重に辞退しようとしたヒナリザとレセダに向かって今度は王太子コクトーが優しく言い添えた。
「薔薇108本は僕とナナからの結婚のお祝いってことにするよ。おめでとう。ヒナリザとレセダ。幸せになってね」
王太子コクトーが宣言したので東宮の薔薇108本贈呈は決定事項となった。
そして庭師が意気揚々と美しい薔薇108本を用意してきたので、ナナはそれらをコクトーやクリス・バティスト元王たちと手分けしてラッピングして見事な薔薇の花束が完成した。
「おお! なんと素晴らしい薔薇の花束! これならば、プロポーズはバッチリでしょう!」
クリス・バティスト元王が感動している側でコクトーとナナは、恐縮しているヒナリザとレセダに大きな薔薇108本花束を贈った。
「王太子と王太子妃からの祝いだ! 受け取れ!」
威勢のいいナナのかけ声でレセダは花束を受け取るとヒナリザの前に跪いた。
「改めて。ヒナリザ。結婚してください。私とずっと共にいてほしいです! 永遠に!」
花束を渡されたヒナリザは感激したような嬉しくて泣きたいような笑みを浮かべ応える。
「ありがとう。レセダ。僕も君を永遠に愛するから。ずうっと一緒にいよう」
ステフの暴走はあったが、東宮の薔薇108本は無事にヒナリザの手に渡り、プロポーズは正式に終了した。
何度もお礼を行って去っていくヒナリザとレセダに手を振るコクトーとナナを窓辺から見守っていたモモはいろいろな気持ちが錯綜して涙が滲んでいた。
子供の頃からおとなしくて控えめだったヒナリザ……。彼とは同い年だが、モモにとって、ヒナリザはやはり弟分である。そんなヒナリザを真から愛してくれるレセダという存在が出来たことが感極まり、また、快く東宮の大切な薔薇を108本もヒナリザに贈ってくれた王太子コクトーと王太子妃ナナの優しさと成長にも泣けてきた。
「よかった。ミシェルも天国で祝福してる」
それだけ言って泣き出したモモにハンカチを渡すとマックスは無言で窓の外を眺めていた。
どんな時でもモモはステフやマックス、そしてヒナリザに対して優しく、誰よりもミシェルを深く愛していた。
そんなモモをマックスは誰よりも尊敬して憧れていたが、次第に尊敬や憧れ以上の感情を抱くようになってしまった。
(俺のモモ様への愛情はレセダ殿のように相手を幸せにしない。身勝手とは無縁なヒナリザだからこそ、レセダ殿のような相手に出逢えた)
モモの幸せを考えない自分の愛情は真の愛情とは言えないとマックスは自戒して、モモが泣き止むのをひたすら窓を眺めつつ見守り続けた。
その頃、帰り道でレセダはヒナリザに顔を赤らめながらお願いしていた。
「今夜は私の部屋で寝てください」
このレセダの願いにヒナリザは真から幸せそうな微笑みを見せて首を縦に振っていた。
手を繋いで歩くヒナリザとレセダだったが、お互いのラブラブに夢中でステフのことを忘れていた。ステフはまだ東宮の庭園に居座ってクリス・バティスト元王やマックスの部下や庭師とぺちゃくちゃ喋っている。
「マックスはリデル王子と幸せになるのが1番だと思うんだよね~! クリスさんはどう思う?」
「お前! ステフ! 仮にも隣国の元国王を気安く呼ぶなよ!」
ナナが厳しく注意するとクリス・バティスト元王は寛容な笑顔で許していた。
「クリスさんでいいんです。もう、わたしは王ではない。ステフ殿。わたしも貴殿の意見に賛成ですね。多額の保険金をかけられても怒らない時点で、リデル王子のマックスへの愛は本物です!」
「だよね~! クリスさん。僕のことはステフでいいよ? これで僕たちマブダチだよ~!」
「マブダチ! つまり、真の意味での親友! なんて素敵な響き! ありがとう。ステフ!」
意気投合したステフとクリス・バティスト元王を見ていたナナはコクトーにソッと言った。
「あのクリスのオッサン。どんだけ友達いねーんだよ?」
「うーん。少なくとも、ミモザ父上とはそれなりに仲良しなはずなんだけれど?」
こんな、クリス・バティスト元王にミモザ殿下以外、ステフという友達ができるという結末で、ヒナリザとレセダの恋のから騒ぎと急展開な同棲&結婚話は幕を閉じよう。
最後に、ヒナリザと念願の初夜を過ごして眠っていたレセダは不思議な夢をみていた。
自分と同年代くらいの金髪碧眼の優しげな美青年がこちらを見て微笑んでいる。誰だろうと思ったとき、その金髪の美青年はレセダに優しく告げたのだ。
「ヒナリザを。あの子をくれぐれもよろしく」
その慈愛に満ちた面差しからレセダは突如閃き、「ミシェル様!?」と、叫ぼうとして目が覚めた。となりではヒナリザがレセダに腕を絡ませ眠っている。
ヒナリザの寝顔を見ながらレセダは夢の中の青年に言えなかった誓いを告げる。
「もちろんです。ミシェル様」
そう呟いて祈ると、レセダは真から愛おしいヒナリザの唇にキスをして抱きしめた。
【続く!】
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