砂漠の薔薇

寿里~kotori ~

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砂漠の薔薇

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彼と出逢ったのは趣味でコレクションしている鉱石を物色するために訪れたミネラルショーだった。

「砂漠の薔薇」を探していたら偶然にも同じものに手を伸ばしたのだ。

「失礼、貴方が先でしたのでどうぞ」

そう礼儀正しく断る彼の蠱惑的な声にポッとなりウッカリと石から手を離してしまった瞬間に欲しかった砂漠の薔薇は別の客にかすめ取られてしまった。

欲しかった鉱物が手元から去っていくのを俺がボンヤリと見送っているとクスクスと横で笑い声がした。

「鉱物はそれを求める人間を選ぶんです。先ほどの砂漠の薔薇は貴方ではなくいま購入した人が持つに相応しい品だったので邪魔しました」

発光する蛍石のような魅惑的な翠の髪と瞳の人物に俺はすっかり魅了されて自然と口から言葉が出ていた。

「なら、俺は貴方と話したいです。一緒に飲み物でも」

誰かを口説いてナンパなんて生まれて初めてだ。

引かれるかと思ったが彼はニコリと笑い喫茶スペースに付いてきてくれたので俺はアイスラテを頼み、彼はミントティーを頼んで話をした。

「ミネラルショーは初めて?」

彼の質問に俺はアイスラテをすすると首をふった。

「2回目です。子供の頃から石が好きで河原の石とか趣味で集めてて大学では地質学を学んでます。将来は未定ですが」

「素敵ですね。子供の頃から石がお好きだったのですね。河原の石はどうなりました?」

「兄に見つかって叱られました。河原の石はその川の神様のものだから盗んだらダメだと言われ全部、もとあった場所に返してこいと」



兄は俺より4歳上で成績優秀でバリバリ理系の人間なのに幽霊や迷信をやたらと信じるタイプで石を全部返してくるまで家には入れないと厳しく言い放った。

「いいか、お前は神様の宝を盗んだんだ!石を戻したらこれを供えて詫びるんだぞ」

そう言って兄が持たせてくれたものは兄が折り紙で折った鶴だった。

「川の神様、弟の浅はかな行為をどうぞお許しください。鶴で足りないなら僕が罰を受けます。だから弟を許してください!」

結局、全部の石を返して鶴を供えた頃にはすっかり夜になり星が輝く夜空を見上げながら兄は安心したように笑った。

「神様はお前を許すって。少し早いけど誕生日のプレゼント。これをあげるから、もう石を盗むな」

兄が俺に手渡した小箱には石膏の結晶・・・「砂漠の薔薇」が入っていた。

俺は兄からずっと欲しかった石をもらい信じられない思いで兄に聞いた。

「兄さんが買ったの?いつも勉強で忙しいのに」

兄は自由な俺と違い優秀な学校で日夜優秀な人間になるべく両親や教師からプレッシャーをかけられ勉強に追われ常に参考書か教科書を手に勉強していた。

「小遣いもらっても全部、本や参考書に消えるのが悔しいんだ。お前が夢中になってるものを買ってやりたい。親父や母さんには内緒だぞ」

兄さんがイタズラっぽく笑うので俺も素早く砂漠の薔薇をズボンのポケットに隠すと2人で河原を離れて夜空を見上げながら家路についた。


「そんな訳で砂漠の薔薇は俺には特別な石なんです」

子供の頃の思い出話を初対面の彼に何ともなしに語って俺は兄からもらった砂漠の薔薇を取り出した。

大自然の奇跡のように繊細な花弁の薔薇・・・それを彼が美しい翠の瞳で見詰め小声で言った。

「素晴らしいです。オアシスの面影を宿す石の結晶・・・色々な石を見てきましたが貴方のお兄様の贈り物に勝る温かく優しい石はない」


「わかります?俺はあれからツラいときはいつもコレを見詰めて癒されてきました。この薔薇と兄と眺めた星空が俺にはどんな高価な品にも代えられない宝物なんです」

それだけ俺が話すと彼は持っていた鞄から折り鶴を1つ出して、横に小ぶりな重晶石の砂漠の薔薇を置いた。

「素敵なお話の御礼です。貴方がこの石を贈る人に幸福が訪れますように」

「ありがとうございます・・・兄が結婚するんです。これを贈ればきっと喜びます!」

「それなら幸いです。では私はこれで・・・」


去ろうとした彼の細い腕を俺は思わず掴んでミネラルショーの出口まで歩を進めた。

「あの・・・ご迷惑でなければ貴方がくれた砂漠の薔薇と一緒に兄に紹介していいですか?」

「構いませんがどう紹介するのです?」

「俺の恋人として・・・そう言えば名前を聞いてなかったですね」


早足で歩く俺に彼は最初から分かっていたようにクスリと笑うと耳元で囁いた。


「シェヘラザード・・・」


兄が彼を見たらどんな顔をするか俺はなんだかワクワクして砂漠の薔薇と彼を連れて兄の元に急いだ。


砂漠の薔薇が出逢わせた奇跡はどんな千夜一夜より輝く・・・あの日、兄と眺めた星空のように。


end

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