卑屈に純情〜人狼リアムは狩人に認められたい〜

ヨドミ

文字の大きさ
16 / 24

十五話 ハウンド

しおりを挟む
 日が昇りはじめても、相変わらずロドルナの上空には、鉛色の厚い雲が垂れ込めている。
 天空に向かってアパルトマンが背を伸ばしている裏路地街エンドフロア。狭い空からの光は乏しく、道は昼間でも薄暗い。おまけに数日前の雨で路地はぬかるんでいた。
 リアムは荒い息を整えつつ、荷車を避けて道端に寄ったが、水溜りに足を突っ込んでしまう。

「うわあ……。どうしよう」

 数少ない靴が泥まみれだ。今日の仕事は裸足でするしかない。

 ――いやいや、『フリッカー』には戻れないって。

 リアムは【人狼狩り】から逃げ出したのだ。ヴィクターたちに見つかれば、ただではすまないだろう。
 目抜き通りの喧騒を振り返り、さらに路地の奥へと突き進む。

 ――ほとぼりが冷めるまで、隠れるところ探さなくちゃ。

 ヴィクターはバニシャ香草密輸犯と逃走中の人喰い狼バシレイアを追いかけるため、【狩り】を優先するだろう。臆病な【人狼】の追跡にあてる人員が、ロドルナ警察にどのくらいあるかは不明だが、息を潜めているに越したことはない。
 リアムは自然と五年前に母と住んでいた廃屋へ足を向けていた。
 元々あばら家であった小屋は、柱だけを残す遺跡に成り果てている。

「まあ、そうだよね……」

 砂埃まみれの床板に座り込み、柱に背をもたせかけた。膝の間にショルダーバッグを置いて抱え込む。
 ぽっかりと穴の開いた天井から注ぐ淡い光の帯が、埃を斜めに浮かび上がらせていた。
 わずかばかりの食器や古ぼけた毛布があったはずだが、リアムが去ったあとに、誰かが持ち去ったのだろう。リアムたちが生活をしていた痕跡は何ひとつない。

 ここでは屑でも売り物になる。

 リアムは抱え込んだショルダーバッグに顎を埋め、砂埃の溜まった床板をじっと見つめた。これからどうしようか頭を悩ませながら、考えないようにしていた疑問を掘り起こす。
 ヴィクターはなぜ仲間にリアムの正体を報告していないのか。

『お前が牢にブチ込まれないのは、いいように使われてる証拠だ』

 ジグザの言葉が脳裏によみがえる。

 バニシャ香草密輸犯の行方を追うためなのは判るが、仲間に人狼を使っていたことがバレたら、ヴィクターの立場は危ういのではないか。
 ヴィクターがリアムの正体を警察内部に明かせば、保護対象として識別タグをつけられ、管理されることになる。ヴィクターはリアムを好き勝手に連れ回すことはできなくなるだろう。
 ヴィクターは出世欲が強くない。それは親の七光りを毛嫌いしている様子から感じ取れた。

 彼は純粋に事件の真相を追っている。だとしたら。

 ――【人狼狩り】で、僕をおとりに使うのも躊躇ためらわない……よね。

 ヴィクターは良くも悪くも手段を選ばない。敵を打ち負かすために、リボルバーを鈍器にしてしまう男だ。犯人逮捕のためなら、何としても職務を果たそうとするだろう。
 ひるがえってヴィクターの役に立てるのなら、無理をすると覚悟したリアムは、このざまである。
 リアムは本能と理想の狭間で、もだえ苦しんでいた。

 逃げたい。
 逃げたい。
 逃げたい。

 けれど、ヴィクターに尽くしたい想いも本心だ。よくやったと褒めてもらいたい。 そして――。

 愛されたい。

 ――ん! あ、愛されたい? 誰に?
 リアムはぐちゃぐちゃになった頭のなかで得体の知れない感情を拾い出し困惑した。確かヴィクターのことを考えていたはずだ。それでなぜ愛などという言葉が出てくる?

『おい』
「うわっ!」

 物思いに沈みすぎていたようで、傍らには、いつの間にか一頭の野犬がいて――。

 リアムは凍りついた。

「あ、あ、あ……」
『相変わらず間抜け面してやがる』

 くすんだ焦げ茶色の獣は野犬ではなく、人喰い狼バシレイア、ジグザだった。頭部の右半分にぐるりと巻いた包帯を、鬱陶うっとうしそうに前脚で掻いている。
 ヴィクターが探している殺人犯が目の前にいて、リアムは逃げようとするも尻もちをついてしまった。

『追われてんのか?』

 噛みつかれた時の衝撃を思い出し震えるリアムに、ジグザはククッと含み笑いを漏らした。

「そ、そんなことない……」
大門ゲート側は大騒ぎだぜ。川沿いの裏路地街エンドフロア奴ら捜査官が入り込みやがって、いい迷惑だ』

 ――やっぱり、僕、追われてるんだ。

 リアムは後悔し始めていた。まるで自分から悪いことをしたと告白しているような行動をとってしまったのだ。ヴィクターに合わせる顔がない。

「ぼ、僕に何の用……?」
『いいのかそんな口の聞き方して。なんなら俺がお前を大通りに引きずりだしてもいいんだぜ?』
「そんなことしたら、あ、あなたも捕まるでしょう?」
『間抜けなお前と一緒にするな。……あのなぁ、俺は喧嘩しにきたわけじゃねえんだよ。お前を連れてくるように言われただけだ』
「誰に」
『ハウンド』

 ――ハウンド

 リアムは続けて尋ねようとしたが、
『捕まりたくなきゃ、ついてこい』
 片耳を路地に向けたジグザに無視された。戸惑うリアムを置き去りに、チョコレート色の獣は軽やかに廃屋から姿を消す。

「え、ちょっ……」

 ヴィクターにジグザの存在を知らせなければいけない。でも、ここでジグザといた理由をどう説明すればいいのか。

 ――絶対、仲間だって疑われる……。

 路地の坂を遠ざかっていくジグザと廃屋を交互に見やった。
 どうすればいいか答えてくれるものはない。わかっているのはジグザを追った先に、何かがいることで。

 ――す、進むしかないのかぁ……。

 リアムはハンチング帽を深く被り直し、ジグザを追いかけた。

 廃屋からさらに裏路地街エンドフロアを登っていく。母を探しているときですら、数回しか足を踏み入れなかった、最貧民窟だ。
 急斜面の道端に、老若男女が座り込んでいる。通り過ぎるリアムたちを、胡乱な視線が追いかけてくるので、落ち着かない。 ジグザはそんな様子を物ともせず、優雅に四肢を動かしていた。

 ――どこまで行くんだろう……?

 リアムが不安を募らせていると、今にも崩れそうな石造りのアパルトマンに突き当たった。

「あ……」

 こけむした石階段の先は、真っ暗な玄関口に続いている。ジグザは止まることなく、暗闇のなかに消えていった。
 ショルダーバッグを抱え直し、リアムは意を決する。

「お、お邪魔します……」

 目を凝らし暗闇に慣れるまで、リアムは入り口でじっとしていた。暗い廊下の先は見えない。もう一度外の空気を限界まで吸い込んで、暗い廊下に足を踏み出した。
 進み出してすぐに、なんとも言えない湿った臭いに鼻をつまむ。
 足をあげるたびにぬちゃりと靴底に張り付くモノを見ないようにして、リアムはジグザの背中を追いかけた。
 しばらく進むと、吹き抜けの広間に突き当たる。崩れかけた建物の真ん中を、螺旋階段が貫いていた。蛇がとぐろを巻いてそのままのびあがったような階段を、ジグザは躊躇ためらうことなく登っていく。
 一歩踏み出せば、ぎしりと不吉な音を立てる段差に足を引っ込めるも、小さくなっていくジグザにリアムは焦る。

 ――お、落ちませんように……!

 心のなかで念じながら、体重移動に苦労しつつ、リアムはつま先立ちで素早く階段を駆け上がった。
 底が抜けないか怯えながらも、なんとか最上階の踊り場にたどり着く。朽ちかけた扉を押し開けると、頬を冷たい風が通り過ぎていった。思わず顔をうつむける。

「っ……」

 目の前に広がる光景に、リアムは言葉をなくした。
 山際にへばりつく裏路地街エンドフロアから傾斜を下った先の中心地、富裕層街アッパーフロアが眼下に広がっている。リアムが逃げ出してきた川に面した門前付近の裏路地街エンドフロアは霞んでぼんやりとしていた。
 宙に浮いているように、ロドルナの全景が見渡せる。一瞬なぜここにいるのか忘れそうになり、慌てて焦げ茶色の獣の姿を探した。

『おせぇぞ。人狼のくせにノロマだな』

 屋上の端の方でジグザがこちらを振り返り、悪態をついた。

 その隣には。

 ――人……じゃない。

 波打つ黄金色の髪が曇り空の下でも、目にまぶしい。風によそぐ髪の間からは立派な狼の耳が立ち上がっていた。周囲の音を聞き漏らすまいと、それはぴくぴく神経質に動いている。

 ――【人狼】だ。

「……君が俺たちの商売道具を台無しにしてくれた子だね」

 金色の瞳と視線がばっちりあい、リアムはごくりとつばを飲み込む。眼鏡ごしの瞳の色あいがヴィクターと似ていた。

「あ、あなたは……」
「ハウンドとでも呼んでくれ」
「……!」

 一瞬でリアムの目前に近づいたハウンドは執事のように胸の前に片手を添え、リアムへと身をかがめる。
 柔らかい所作に反して、レンズの隙間から覗く瞳は、リアムを品定めしているようだった。耐えきれず視線を反らした先には、ハウンドの尻尾が左右に揺れ、金色の軌跡を描いている。
 ここにいては駄目だと、出口を振り返ったが、いつの間にかジグザが背後で腹ばいになり、退路を防いでいる。リアムが近づこうものなら、噛み殺しそうに、牙を剥いて喉を鳴らした。
 ハウンドが許すまで、ここから立ち去ることはできないようだ。

「あの、僕に用事があるっていうのは……」
「そう焦らなくてもいいじゃないか。数少ない同志が集まったんだ。……今日は僥倖ぎょうこうだね」

 ハウンドはリアムを遮り、街並みに向き合った。

「……君はシティ・ロドルナで人狼が虐げられているのを不思議に思わないかい?」
「……?」

 初対面のリアムに、この男は何を言っているのか。返事に困っていると、ハウンドは構うことなく言葉を続ける。

「彼らはね、俺たちを恐れているんだよ」

 それはそうだろう。人だと思っていた者が急に獣に姿を変えたりすれば、怖いに決まっている。
 リアムでさえ、ジグザが獣化したとき、腰が砕けそうになった。

「そ、そ、それは、分かります……」
「君はだいぶ人寄りの考え方をするんだね」

 ハウンドは幼い子供を宥めるように瞳を細めた。風で乱れるシャツの襟元を押さえ、
「実に興味深い。君ともっと親交を深めたくなったよ。どうだい? お茶に付き合ってくれないかな?」
 まるで旧友と再会したかのような気安さでリアムを誘った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。 異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。 強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。 彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。 しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。 「俺に触れられるのは、お前だけだ」 呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。 となります。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。

キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。 あらすじ 「第二王子カイル、お前を廃嫡する」 傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。 絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。  「もう二度と、他人任せにはしない」 前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。  「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」 落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。 すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。 全8話。

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

【完結】君を知らないまま、恋をした

一ノ瀬麻紀
BL
体調を崩し入院した篠宮真白(しのみやましろ)は、制限のある生活を送ることになった。 そんな中、真白は自由に走り回れるもう一つの世界を知る。 そこで過ごす時間は、思うように動けなかった真白にとって、大切なものだった。 仮想空間での出会いや経験を通して、真白の世界は少しずつ広がっていく。 そして真白が本当の気持ちに気づいた時、すべてが繋がり始める――。 ※ タイトル及びあらすじ変更しました。(2/10)

天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
※2025/11 プロローグを追加しました ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元軍人の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

処理中です...