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2話 朔夜は苦手なクラスメイトとルームメイトになる
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放課後、授業を終え寮に戻ると、掲示板の前に人だかりができていた。
荷物を部屋に置いてから確認しようと、朔夜は人の頭越し、通りすがりに掲示板を窺ったのだが。
「寮が閉鎖……?」
衝撃な内容に足が止まる。
案内によると、閉鎖は一週間後だ。
閉鎖中は自宅通学か、別寮へ移動するか、どちらかを選ばなければならないとのこと。
(改修工事は僕が卒業してからのはず。どうして早まったんだ?)
人垣を押しのけ、A4コピー用紙に目を走らせる。
どうやら三階の一室で水漏れがあったらしい。
配管設備の老朽化が疑われるため、一時的に寮内を無人にして点検するのだという。
(なんだ、工事じゃなくて、点検か。びっくりさせないでほしいんだけど。いや、『万が一、簡易的な補修で水漏れが解決しない場合、そのまま改修工事に入る予定です』って……マジか)
朔夜が住む第一寮は築五十年である。年季が入っており、設備は、特に水回りにガタがきていた。
その代わり寮費が安い。不便は織り込み済みで、朔夜は入寮を決めたので、学校に対して文句は言えない。
せっかく手に入れた安息の地を奪われてしまう可能性に、朔夜は立ち尽くす。
あまりのショックに、その日どうやって部屋に戻ったのか記憶が定かでない。
寮閉鎖を知った翌日、昼休み。
朔夜は第二寮への移動申請書を握り締め、職員室を目指していた。
第二寮は基本二人部屋だが、特殊な体質ゆえ、他人との同居は避けたい。
二人部屋を一人で使いたいとダメ元で申し出ると、担任は快く頷いた。
「え……本当に、いいんですか」
「ああ。寮監に問い合わせてからの返事になるが、たぶん大丈夫だろ」
「よかった……」
悩みのタネが取り除かれ、朔夜はホッと胸を撫でおろす。
しかし担任はメガネのブリッジを押し上げ、浮かない顔をした。
「まあそうなると、寮費は倍になるぞ」
「え」
担任は固まる朔夜に「高校生だもんな。賃貸借りたことないから分からんか」と前置きし、
「特別な事情がない限り、一人で使うにしても、二人分の寮費になる。二人で使おうが一人で使おうが、維持費は変わらんからな。……こう言っちゃなんたが、赤羽、大丈夫か?」
第一寮は寮費が格安である。自然と、家庭の事情で金銭的余裕のない者が多く入寮していた。
担任は朔夜の両親の懐具合を案じているのだ。
両親に事情を説明すれば、問題は迅速に解決する。
けれど。
(父さんたちを頼るとロクなことにならないんだよな……)
金の工面をキッカケに寮に押しかけられでもしたら、吸血種だと暴露しているようなものだ。
押しかけられるのを回避できたとして、こちらからコンタクトを取って、あれこれ詮索されるのは必至である。
意地と理性がせめぎ合った結果。
朔夜は「二人部屋でお願いします……」と力なく頭を下げた。
(とりあえず、点検が早く終わることを祈ろう)
廊下の窓から見える空は、朔夜の心を映し出したような曇り空である。
歩きながら厚い雲の流れを目で追っていたら、こめかみに衝撃が走る。
「……っ、ごめんなさ――」
ぶつかったのは学ラン――ではなく、男子生徒の背中だった。振り返った背中の主は、仏頂面で朔夜を見下ろしている。
ワックスで逆立たせた金色の短髪に、赤みを帯びた黄金色の瞳。
有無を言わせぬ威圧感である。
朔夜は頬を引きつらせ、一歩後退した。
朔夜より頭ひとつ分、背の高い彼の名は瀬崎。
朔夜のクラスメイトだ。
表情筋が死んでいるのかと疑いたくなるほど、彼は常に無表情である。
喜怒哀楽の感情を母親の腹の中に置いてきたような彼が、朔夜は苦手だった。
金色の瞳は、ジッと朔夜を見据えている。
数秒が果てしない数時間に思えた。
蛇に睨まれたカエルのごとく、朔夜は息を止める。
先に目をそらしたのは、瀬崎だった。
前に向き直った彼は、廊下を静かに去っていく。
肉食獣は満腹だとむやみやたらと獲物を襲わないものだ。
(僕なんか眼中にないってことね)
クラスでは派手な髪色のクラスメイトに囲まれている瀬崎。噂によると、この辺り一帯を牛耳る不良グループのトップなのだそうだ。
(アイツとは同室になりたくないな)
見事なまでのフルシカトをかまされた後に心配する必要はないのだが、瀬崎にクラスメイトと認識されていないことに朔夜は安堵した。
仮に瀬崎が寮生だったとしても、第二寮生は少なくても百人以上はいる。
すでに同室者がいる可能性が高い。
同室になる確率は極めて低い。
それなのに。
「最悪だ……」
第二寮への移動日。
移動先である部屋のネームプレートには『瀬崎』とあった。即刻、回れ右したくなるが、すでに戻る場所はない。
(今からでも兄さんたちに連絡してみるか。でもこの近辺には住んでないしな)
現実から目をそらし、扉の前で行ったり来たりを繰り返していると、
「何してんだ?」
「ひっ!」
朔夜は声にならない悲鳴をあげた。
扉から顔を出した瀬崎が、かすかに眉をひそめる。
「……アイツら何してんだろうな」
「さあ」
廊下を通りすぎる好奇の目が、背中に突き刺さる。
瀬崎は扉を大きく開き、身体をずらすと、こちらをじっと見つめた。
早く入れと言わんばかりである。
朔夜はいそいそとキャリーケースを持ち上げ、「今日からよろしくお願いします」と呟いた。
扉を閉じれば、密室だ。
瀬崎と二人、沈黙が痛い。
「えっと、瀬崎……くん」
「瀬崎でいい」
高くもなく低くもない、凛とした声音だった。
耳心地のよい声である。
思わず聞き惚れていると、瀬崎が首を傾げた。
(初っ端から気まずい雰囲気になるのは避けなくちゃ)
「あ、はい。えっと僕は――」
「赤羽だろ」
「え、僕のこと、知ってるの?」
瀬崎が目を細める。
不機嫌になられては堪らないと朔夜は慌てて言い繕った。
「喋ったことないから、不思議で……いや何でもないです」
無言の圧に負け、朔夜は話を切り上げた。
とりあえず話のネタをと、室内に目を走らせる。
正面奥には窓があり、その両側に机が二つ並んでいた。
向かって右手の机が空いている。
玄関先で仁王立ちする瀬崎に「右を使え」と促され、朔夜はキャリーケースを机の前に置いた。
左側の机の背後には二段ベッドがあり、下段はカーテンが開いたままだ。シーツも綺麗に整えられていて、使用感がまるでない。
「……もしかして、下、空けてけてくれたの?」
瀬崎は答えず二段ベッドの上段で、スマホをいじり続けている。華麗なスルーっぷりである。
しかし、ベッドのカーテンを閉めきってはおらず、こちらを完全にシャットアウトする気はないようである。
(……ツンデレ、なのかな)
人見知りというには、堂々としてやしないか。
朔夜は瀬崎との距離感を測りかねた。
ツンデレだろうがなんだろうが、苦手な相手であることに変わりはない。
だが、同じ部屋で過ごすのだ。せめて気軽に世間話ができる程度の空気にはしておきたい。
荷ほどきのかたわら、朔夜は勇気を出して瀬崎に話しかけてみる。
意外や意外、瀬崎は答えてくれた。
「兄弟いるの?」
「いない」
「へー、あ、僕はね、兄が二人いるんだ。仲悪いけど」
会話終了。
投げたボールが返ってこないので、投げ続けるしかない。
「えーと、得意科目は?」
「数学」
「へー、僕、数学苦手だから今度教えてもらおうかな。……あ、趣味は? 僕はね、ゲーム」
「俺もゲーム」
「そうなんだ。どんなゲームが好きなの?」
瀬崎がポツリと漏らしたゲームタイトルに、朔夜は目を輝かせた。
「それ、僕も好きだよ。今度一緒に新エリアを攻略しようよ」
明るく振る舞う一方で、脇の下が冷や汗でじっとりと湿る。
長時間人と話すと疲れるが、波風立てずに日常生活を送るには、適度に人と交流し続けなければならない。
相手を不快にさせないよう、意識すればするほど、言葉選びに神経がすり減る。
(とりあえず笑っておこう)
朔夜は微笑んだ。大抵の相手は弱々しい笑顔に毒気を抜かれ、警戒心を解いてくれる。
けれど瀬崎は顔を強張らせた。
あまりにもはっきりとした拒絶の表情に、朔夜もつられて頬が引き攣る。
(僕、変なこと言ったかな)
当たり障りのない話題しか話していない。
それなのに、笑っただけで態度を変えられるのが謎すぎる。
「歯」
「え」
聞き間違いでなければ、瀬崎は、「歯」と言った。
朔夜は口を開けて笑っていない。
特徴的な犬歯を瀬崎は目にしていないはずだ。
『サクくん、気持ち悪い――』
それでも、先日見た悪夢を思い出し、朔夜は反射的に口元を手で覆った。
(もし、吸血種だってバレたら、どう言い訳すればいい。いや、そもそも犬歯が大きいってだけで疑われる可能性はあるのか?)
背中にじっとりと嫌な汗が吹き出る。
「……いや、なんでもない。メシ、行ってくる」
部屋を出るまで、瀬崎は一度も朔夜を振り返らなかった。
間違いない。完全に避けられている。
(僕が原因、なんだろうね)
仮に仲良くなれても、あの時のように拒絶されたら――。
かつての友人と瀬崎は別人だ。
けれど、考えずにはいられない。
記憶の底から、得も言われぬ惨めさが蘇りそうになり、朔夜は頭を振った。
変に興味を持たれるよりは、遠巻きにされているほうが好都合である。
それなのに、なぜだか落胆している自分がいて。
(僕も懲りない奴だな)
忌まわしい本性を隠して生きていく。
そう決めたのに、もしかしたらこんな自分を受け入れてくれる人が現れるのではないかと期待している。
「……何事も起こりませんように」
可もなく不可もなく、クラスメイトは顔見知り程度で充分。広く浅く付き合えば、揉めることもない。
今までどおり過ごせばいい。
悩むことをやめた途端、くぅ……と腹が鳴った。
瀬崎と顔を合わせたくないが、寮住まいではそういうワガママは許されないのが悲しい現実である。
恐る恐る扉から顔を出し、慣れない廊下を見回す。
寮生はだいたい同じ方向を目指していた。彼らの波に乗り、朔夜は食堂に向かった。
荷物を部屋に置いてから確認しようと、朔夜は人の頭越し、通りすがりに掲示板を窺ったのだが。
「寮が閉鎖……?」
衝撃な内容に足が止まる。
案内によると、閉鎖は一週間後だ。
閉鎖中は自宅通学か、別寮へ移動するか、どちらかを選ばなければならないとのこと。
(改修工事は僕が卒業してからのはず。どうして早まったんだ?)
人垣を押しのけ、A4コピー用紙に目を走らせる。
どうやら三階の一室で水漏れがあったらしい。
配管設備の老朽化が疑われるため、一時的に寮内を無人にして点検するのだという。
(なんだ、工事じゃなくて、点検か。びっくりさせないでほしいんだけど。いや、『万が一、簡易的な補修で水漏れが解決しない場合、そのまま改修工事に入る予定です』って……マジか)
朔夜が住む第一寮は築五十年である。年季が入っており、設備は、特に水回りにガタがきていた。
その代わり寮費が安い。不便は織り込み済みで、朔夜は入寮を決めたので、学校に対して文句は言えない。
せっかく手に入れた安息の地を奪われてしまう可能性に、朔夜は立ち尽くす。
あまりのショックに、その日どうやって部屋に戻ったのか記憶が定かでない。
寮閉鎖を知った翌日、昼休み。
朔夜は第二寮への移動申請書を握り締め、職員室を目指していた。
第二寮は基本二人部屋だが、特殊な体質ゆえ、他人との同居は避けたい。
二人部屋を一人で使いたいとダメ元で申し出ると、担任は快く頷いた。
「え……本当に、いいんですか」
「ああ。寮監に問い合わせてからの返事になるが、たぶん大丈夫だろ」
「よかった……」
悩みのタネが取り除かれ、朔夜はホッと胸を撫でおろす。
しかし担任はメガネのブリッジを押し上げ、浮かない顔をした。
「まあそうなると、寮費は倍になるぞ」
「え」
担任は固まる朔夜に「高校生だもんな。賃貸借りたことないから分からんか」と前置きし、
「特別な事情がない限り、一人で使うにしても、二人分の寮費になる。二人で使おうが一人で使おうが、維持費は変わらんからな。……こう言っちゃなんたが、赤羽、大丈夫か?」
第一寮は寮費が格安である。自然と、家庭の事情で金銭的余裕のない者が多く入寮していた。
担任は朔夜の両親の懐具合を案じているのだ。
両親に事情を説明すれば、問題は迅速に解決する。
けれど。
(父さんたちを頼るとロクなことにならないんだよな……)
金の工面をキッカケに寮に押しかけられでもしたら、吸血種だと暴露しているようなものだ。
押しかけられるのを回避できたとして、こちらからコンタクトを取って、あれこれ詮索されるのは必至である。
意地と理性がせめぎ合った結果。
朔夜は「二人部屋でお願いします……」と力なく頭を下げた。
(とりあえず、点検が早く終わることを祈ろう)
廊下の窓から見える空は、朔夜の心を映し出したような曇り空である。
歩きながら厚い雲の流れを目で追っていたら、こめかみに衝撃が走る。
「……っ、ごめんなさ――」
ぶつかったのは学ラン――ではなく、男子生徒の背中だった。振り返った背中の主は、仏頂面で朔夜を見下ろしている。
ワックスで逆立たせた金色の短髪に、赤みを帯びた黄金色の瞳。
有無を言わせぬ威圧感である。
朔夜は頬を引きつらせ、一歩後退した。
朔夜より頭ひとつ分、背の高い彼の名は瀬崎。
朔夜のクラスメイトだ。
表情筋が死んでいるのかと疑いたくなるほど、彼は常に無表情である。
喜怒哀楽の感情を母親の腹の中に置いてきたような彼が、朔夜は苦手だった。
金色の瞳は、ジッと朔夜を見据えている。
数秒が果てしない数時間に思えた。
蛇に睨まれたカエルのごとく、朔夜は息を止める。
先に目をそらしたのは、瀬崎だった。
前に向き直った彼は、廊下を静かに去っていく。
肉食獣は満腹だとむやみやたらと獲物を襲わないものだ。
(僕なんか眼中にないってことね)
クラスでは派手な髪色のクラスメイトに囲まれている瀬崎。噂によると、この辺り一帯を牛耳る不良グループのトップなのだそうだ。
(アイツとは同室になりたくないな)
見事なまでのフルシカトをかまされた後に心配する必要はないのだが、瀬崎にクラスメイトと認識されていないことに朔夜は安堵した。
仮に瀬崎が寮生だったとしても、第二寮生は少なくても百人以上はいる。
すでに同室者がいる可能性が高い。
同室になる確率は極めて低い。
それなのに。
「最悪だ……」
第二寮への移動日。
移動先である部屋のネームプレートには『瀬崎』とあった。即刻、回れ右したくなるが、すでに戻る場所はない。
(今からでも兄さんたちに連絡してみるか。でもこの近辺には住んでないしな)
現実から目をそらし、扉の前で行ったり来たりを繰り返していると、
「何してんだ?」
「ひっ!」
朔夜は声にならない悲鳴をあげた。
扉から顔を出した瀬崎が、かすかに眉をひそめる。
「……アイツら何してんだろうな」
「さあ」
廊下を通りすぎる好奇の目が、背中に突き刺さる。
瀬崎は扉を大きく開き、身体をずらすと、こちらをじっと見つめた。
早く入れと言わんばかりである。
朔夜はいそいそとキャリーケースを持ち上げ、「今日からよろしくお願いします」と呟いた。
扉を閉じれば、密室だ。
瀬崎と二人、沈黙が痛い。
「えっと、瀬崎……くん」
「瀬崎でいい」
高くもなく低くもない、凛とした声音だった。
耳心地のよい声である。
思わず聞き惚れていると、瀬崎が首を傾げた。
(初っ端から気まずい雰囲気になるのは避けなくちゃ)
「あ、はい。えっと僕は――」
「赤羽だろ」
「え、僕のこと、知ってるの?」
瀬崎が目を細める。
不機嫌になられては堪らないと朔夜は慌てて言い繕った。
「喋ったことないから、不思議で……いや何でもないです」
無言の圧に負け、朔夜は話を切り上げた。
とりあえず話のネタをと、室内に目を走らせる。
正面奥には窓があり、その両側に机が二つ並んでいた。
向かって右手の机が空いている。
玄関先で仁王立ちする瀬崎に「右を使え」と促され、朔夜はキャリーケースを机の前に置いた。
左側の机の背後には二段ベッドがあり、下段はカーテンが開いたままだ。シーツも綺麗に整えられていて、使用感がまるでない。
「……もしかして、下、空けてけてくれたの?」
瀬崎は答えず二段ベッドの上段で、スマホをいじり続けている。華麗なスルーっぷりである。
しかし、ベッドのカーテンを閉めきってはおらず、こちらを完全にシャットアウトする気はないようである。
(……ツンデレ、なのかな)
人見知りというには、堂々としてやしないか。
朔夜は瀬崎との距離感を測りかねた。
ツンデレだろうがなんだろうが、苦手な相手であることに変わりはない。
だが、同じ部屋で過ごすのだ。せめて気軽に世間話ができる程度の空気にはしておきたい。
荷ほどきのかたわら、朔夜は勇気を出して瀬崎に話しかけてみる。
意外や意外、瀬崎は答えてくれた。
「兄弟いるの?」
「いない」
「へー、あ、僕はね、兄が二人いるんだ。仲悪いけど」
会話終了。
投げたボールが返ってこないので、投げ続けるしかない。
「えーと、得意科目は?」
「数学」
「へー、僕、数学苦手だから今度教えてもらおうかな。……あ、趣味は? 僕はね、ゲーム」
「俺もゲーム」
「そうなんだ。どんなゲームが好きなの?」
瀬崎がポツリと漏らしたゲームタイトルに、朔夜は目を輝かせた。
「それ、僕も好きだよ。今度一緒に新エリアを攻略しようよ」
明るく振る舞う一方で、脇の下が冷や汗でじっとりと湿る。
長時間人と話すと疲れるが、波風立てずに日常生活を送るには、適度に人と交流し続けなければならない。
相手を不快にさせないよう、意識すればするほど、言葉選びに神経がすり減る。
(とりあえず笑っておこう)
朔夜は微笑んだ。大抵の相手は弱々しい笑顔に毒気を抜かれ、警戒心を解いてくれる。
けれど瀬崎は顔を強張らせた。
あまりにもはっきりとした拒絶の表情に、朔夜もつられて頬が引き攣る。
(僕、変なこと言ったかな)
当たり障りのない話題しか話していない。
それなのに、笑っただけで態度を変えられるのが謎すぎる。
「歯」
「え」
聞き間違いでなければ、瀬崎は、「歯」と言った。
朔夜は口を開けて笑っていない。
特徴的な犬歯を瀬崎は目にしていないはずだ。
『サクくん、気持ち悪い――』
それでも、先日見た悪夢を思い出し、朔夜は反射的に口元を手で覆った。
(もし、吸血種だってバレたら、どう言い訳すればいい。いや、そもそも犬歯が大きいってだけで疑われる可能性はあるのか?)
背中にじっとりと嫌な汗が吹き出る。
「……いや、なんでもない。メシ、行ってくる」
部屋を出るまで、瀬崎は一度も朔夜を振り返らなかった。
間違いない。完全に避けられている。
(僕が原因、なんだろうね)
仮に仲良くなれても、あの時のように拒絶されたら――。
かつての友人と瀬崎は別人だ。
けれど、考えずにはいられない。
記憶の底から、得も言われぬ惨めさが蘇りそうになり、朔夜は頭を振った。
変に興味を持たれるよりは、遠巻きにされているほうが好都合である。
それなのに、なぜだか落胆している自分がいて。
(僕も懲りない奴だな)
忌まわしい本性を隠して生きていく。
そう決めたのに、もしかしたらこんな自分を受け入れてくれる人が現れるのではないかと期待している。
「……何事も起こりませんように」
可もなく不可もなく、クラスメイトは顔見知り程度で充分。広く浅く付き合えば、揉めることもない。
今までどおり過ごせばいい。
悩むことをやめた途端、くぅ……と腹が鳴った。
瀬崎と顔を合わせたくないが、寮住まいではそういうワガママは許されないのが悲しい現実である。
恐る恐る扉から顔を出し、慣れない廊下を見回す。
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