君の血を吸わせないで(旧題 赤羽朔夜は吸血鬼ではありません!)

ヨドミ

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19話 瀬崎、朔夜に告白する

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 雪崩れ込むように寮の部屋に戻った二人は、暗い部屋で向かい合った。

「許してもらおうだなんて、思ってないから」

 瀬崎は真剣な表情で言った。
 吸血種と関わってもロクなことはない。
 現に朔夜は彼の人生を狂わせてしまっている。
 性癖を歪められたと怒られる道理はあっても、彼に許しを請われるいわれはない。

「君は何も悪いことをしていないよ」
「俺は赤羽が怖くて逃げたんだ」

『そうちゃん』の恐怖に歪んだ表情は、今でも瞼の裏に焼き付いている。
 大きな黒目をこぼれんばかりに見開き、唇は蒼白になっていた。
 思い出したくない記憶を消したくて、朔夜はぎゅっと目をつぶる。

「赤羽、俺はお前が好きだ」

 これ以上惨めになりたくない。

(同情で告白なんかしないでくれ)

 好きな相手に好かれるなんて、夢のようだ。
 けれど、手放しに喜べない。
 過去に傷つけた相手が、自分に好意を抱いている。
 そんな展開、信じられるわけがない。

 ぼんやりとした月明かりが、薄暗い室内でも金色の髪を淡く浮かび上がらせる。
 ふざけた様子は一切ない。
 瀬崎は本気で朔夜に告白しているのだ。
 
(僕は君の気持ちに応える資格がないんだ)

 ならば完膚かんぷなきまでに嫌われよう。

「……吸血種とセックスごっこして楽しかった?」

 瀬崎の眉間にしわが寄る。
 苦痛をこらえるような表情にむかって、朔夜は早口でまくし立てた。

「僕が可哀想に見えた? 人の血を吸う代わりにお尻いじって射精してる変態に同情した? 君が僕を好きだなんて、そんなわけないじゃないか。それは君、勘違いにもほどがあるよ」
「赤羽」
「僕に負い目を感じる必要なんかないよ。だって僕は化け物なんだから。殺人吸血鬼だっていうのも嘘じゃない。血を啜るのに夢中になって人を殺してしまった同族だっているし――」
「ごちゃごちゃうるせえ!」

 瀬崎は朔夜の胸ぐらを掴み、吠えた。
 首が絞まり、喉がきゅうっと鳴る。

「俺の気持ちをなんだと思ってるんだ。勝手な妄想で片づけるなよ……」

 瀬崎は今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃに歪めている。
 朔夜が苦しんでいても、力は緩まない。
 それだけ余裕がないのだ。

(こんな瀬崎、知らない)

 瀬崎の泣き顔は見たことがなかった。

(そもそも瀬崎が弱音を吐いてるのを、聞いたことがないや)

 朔夜に受け入れてもらえないことで、苛立ちを露わにしている。申し訳なさが心を占める一方で、ほの暗い優越感を覚えた。
 己の浅ましさに反吐が出る。
 
(最悪だ)

 息が苦しい。額の汗が目に入る。視界が狭くなり、身体から力が抜けた。
 せっかく悪役ぶったのに、脳裏をよぎるのは後悔の念ばかりだ。

 「瀬崎、ごめん……」
 
 喉から声を絞り出すと、瀬崎はハッとした表情になり、慌てた様子で朔夜の胸ぐらから手を離した。
 朔夜は床にへたり込み、咳き込む。

「……ごめん」

 頭上からオウム返しに聞こえる謝罪の言葉が、重くのしかかる。
 先ほどから謝ったり謝られたり。
 何も生み出さない言葉の応酬が身体をむしばんでいく。咳き込み続けたせいで、涙があふれた。

 目の前に大きな手が差し出される。
 瀬崎はどんな顔をしているか。朔夜はギュッと目をつぶった。
 
 これ以上、惨めになりたくない。
 これ以上、瀬崎を縛り付けたくない。
 
 朔夜は愛しい人の手に噛みついた。思いきり加減なく噛みしめる。歯が皮膚に食い込んだ。
 瀬崎が手を引っ込めようとする。抵抗せず、顎から力を抜いた。

 朔夜はよろよろと立ち上がり、部屋を飛び出した。


(なぜ瀬崎を好きになってしまったんだろう)

 夏の盛りを過ぎたとはいえ、アスファルトがため込んだ熱気のせいで、夜でも蒸し暑い。
 背中を汗が流れていく。止まればさらに噴き出す不快感から逃れるため、朔夜は夜道を走り続けた。

 他人との距離感はきちんと把握していたのに。
 弱みを握られたと思いきや、守ってくれたからか。
 彼の弱みを見せられて、ほだされたのか。

 先程噛みついたせいで、口の中に瀬崎の血が残っている。
 甘く朔夜を惑わせる媚薬のおかげで、どれだけ走っても息切れはしない。
 ほとほと自分は人間ではないのだと思い知らされる。

(月兄に言ったら、好きな奴の血がそうさせるんだって、自慢げに笑うんだろうな)

 本能が瀬崎を欲している。
 けれど彼を手に入れることはできない。
 手に入れてはいけない。

(僕と一緒に居たら、絶対不幸になる)

 学校という閉じられた世界でなら、悪意の数も知れている。けれどさらに広い世界に旅立てば、吸血種を忌み嫌う者たちはごまんと居る。
 暴言だけでなく、物理的に瀬崎が傷つけられてしまったら……悔やんでも、悔やみきれない。

(僕は彼を守れない)

 自身の本能に向き合えない弱虫が、他人を守れるはずなんてない。
 止まれば絶叫してしまいそうだ。
 朔夜は肺が悲鳴をあげるまで、脚を動かし続けた。

 
 悪いことは重なるものである。

(いや、不幸中の幸いだよね)

 瀬崎と喧嘩をして数日後。
 第一寮の改修工事が完了した。金銭的に余裕のある者や二人部屋でも問題ない者は残るようだ。
 早急に一人になれる空間が欲しい朔夜は、渡りに船とばかりに、転寮届を提出した。

「これでよしっと……」

 週末。
 キャリーケースに最後の荷物を詰め終わり、額の汗を拭う。周囲には段ボール箱が四、五箱積まれている。

「赤羽~。荷物、運び出していいか~?」

 トレードマークである赤髪をひっつめにした佐田が、部屋の入り口から顔を出す。
 その後ろにはヘアクリップで前髪を止めた右京がニコニコと微笑んでいた。
 ジャージ姿の二人に朔夜は頭を下げる。

「佐田くん、右京くん、ごめんね。休日に引っ越し手伝ってもらって」
「いいってことよ。……どっかの誰かさんと違って、俺ら赤羽のダチだし?」

 佐田が二段ベッドを一瞥した。ベッドの上段カーテンは、他者を拒絶するようにぴったり閉じられている。
 こちらに背を向けふて寝をしている瀬崎を思い浮かべた。

(噛んだ手、ちゃんと消毒したかな)

 部屋を飛び出して戻ってくると、瀬崎は部屋にいなかった。
 数時間後、扉が開く音がした。朔夜は彼の顔を見るのが怖くて、ベッドで小さく丸くなる。
 以後、部屋で顔を合わせても、会話らしい会話はしていない。

「喧嘩したからって、今日ぐらい快く見送ってやれよな」
「まあ教室では顔会わせるんだし、いいんじゃない」

 呆れたように肩をすくめる佐田に対して、右京はのんびり構えている。
 二人とも朔夜と瀬崎が喧嘩した理由を聞いてはこない。
 ありがたい限りである。

「瀬崎は悪くなくて、その……、僕が悪いんだ」

 段ボールを抱えた二人を伴い、朔夜は第一寮を目指す。第二寮からは五分もかからない距離である。
 風にキンモクセイの香りが混ざっている。かぐわしい匂いが、朔夜のささくれた心をほぐしてくれた。
 
「ふーん。意外だな」
「だね」

 右側を歩く佐田の感想に、左側から同意の声が上がった。
 二人で何を分かりあっているのだろうと、朔夜は両隣を代わる代わる見遣る。
 
「赤羽って自分が悪いって思ったら、すぐに謝りそうじゃん?」
「他人とぶつかるの苦手そうだもんね」
「容赦ない指摘だ……」

 まったくもってその通りなので、言い返せない。

「謝ったんだけど、逆に瀬崎を怒らせちゃったんだ」
「爽太、心せまっ」

 うげーっと佐田はマズいモノを口にしたごとく舌を出す。
 対して右京は「赤羽は何が悪いか、ちゃんと判って謝ったの?」と冷静に深掘りした。

 悪いことなど多すぎて数え切れない。
 どれが瀬崎の逆鱗に触れたのか、見当がつかず朔夜は渋い顔で考えこんだ。

「うわ……、赤羽、それは駄目だぞ」
「瀬崎、可哀想」
「え、何が? ちょっと二人とも僕の何が悪いのか教えてよ」

 クラスメイト二人に目をそらされ、朔夜は焦る。
 そうこういしているうちに、第一寮に到着した。
 朔夜の部屋は三階である。さながら絞首刑台に送られる罪人のごとく、階段を登りながら、後に続く佐田と右京を何度も振り返った。


「謝るのって結局、自分が許してほしいからなんだよね」

 右京は段ボールの中身を床に出しながら言った。
 その言葉に朔夜は両手に抱えた教科書を取り落としそうになる。

 第一寮と第二寮を往復し、荷物を搬入し終わった。
 佐田と右京は荷ほどきまで手伝うと申し出てくれた。
 話が終わってなかったので、朔夜は「迷惑じゃなければよろしくお願いします」と二人に頭を下げる。
 そうして三人で片付けをしている最中の不意打ちである。

「つまり、僕は自分が楽になりたいから、瀬崎に謝ったって言いたいの?」
「理解が早くて助かるね」
「おいおい、お前らまで喧嘩するなよ。腹、痛くなんだろうが」

 佐田がみぞおちに手を当て、眉尻を下げる。
 「俺は赤羽の疑問に答えただけだよ」と右京はのんびり顔だ。
 
 ここで機嫌を損ねるほど、性格は歪んでいない。
 どちらかというと、厳しい意見が欲しかったから渡りに船である。
 
(そうか……僕、許してもらいたかったんだ)

 嫌われようとして瀬崎を怒らせたのに、本気で嫌われそうになったら、手のひらを返して謝った。
 支離滅裂である。
 まったくもって子供じみており、瀬崎が口をきいてくれないのも道理である。

「僕はどうすればいいのかな……」
「そんな深く考えこまねぇで、いいんじゃね?」
「まあこれはあくまで俺の推測だしね。瀬崎本人がどう思ってるかなんて、実際聞いてみないとわかんないし。お互い熱が冷めてから話し合ったら、いいんじゃないかな」
「うん。そうしてみる。二人ともこんな話、聞いてくれてごめんね――、えっと……ありがとう」

 謝罪を口にした途端、二人の視線が冷たくなったので、朔夜は感謝の言葉を重ねた。


 第一寮へ戻れば、瀬崎と顔を合わせるのは、当然ながら学校内だけである。
 顔を合わせたらなんて話せばいいかなんて心配は杞憂に終わった。
 元々、教室内でもそれほど会話を交わしていなかったのだ。同室になる前の距離感に戻った。それだけである。
 
(そんなに怖がることはなかったな)

 廊下ですれ違った際、瀬崎と目が合った。
 緊張に喉が渇き、声が出ない。すると瀬崎は「赤羽、おはよ」と無表情で言った。

「お、おはよ……」
「おう」

 瀬崎はそう言って、朔夜の横を通りすぎていく。
 クラスメイトとして模範的すぎるやりとりに、朔夜は拍子抜けする。

(機嫌直ったんだ)

 安堵すると同時に、瀬崎にとって自分はそれだけの価値しかなかったのだなと落胆する。

(そうだよ。僕じゃなくて『吸血種』に興味があるんだから)

 好きだなんだと言っても、所詮興味本位の発言だったのだ。本気で噛みついたし、愛想は尽きているはずだ。
 言い聞かせる間にも、必死の形相で朔夜の胸ぐらを掴む瀬崎の顔が、脳裏に浮かび上がる。
 朔夜は頭を振って瀬崎の顔をかき消した。


「まだ喧嘩中?」

 移動教室に向かう途中、右京が穏やかに尋ねた。

「うーん、もともとルームメイトってだけだったし」
「ほんとにそれでいいの?」
「そうだぞ。後悔しねえの?」

 右京の背後から現れた佐田が朔夜の肩に腕をまわす。寄りかかられて朔夜はよろめいた。
 
「後悔も何もないよ」

 精一杯笑顔を作ると、佐田と右京は顔を見合わせ、同じタイミングで盛大にため息をついた。
 
「爽太、なんかピリピリしてんだよね。痴話喧嘩って長引くと収拾つかなくなるぞ」
「ポーカーフェイスぶってて、その実、顔に出るもんね」
「さすが監督。よく見てらっしゃる」
「あれでもっと演技が上手ければ、演劇部にスカウトしたかったんだけどね」

 遠回しに仲直りしろと言われている。
 鈍い朔夜でも察せられる二人の優しさが、逆に心を逆なでした。
 
(人の気も知らないで。面白がるなよ)

 のどかに会話を重ねる二人に、朔夜は苛立ちを募らせ、

「だから喧嘩してないってば!」

 つい声を荒げてしまった。
 佐田と右京は目をぱちくりさせている。

(最悪)

 クラスメイトに八つ当たりしてしまった。
 恥ずかしくて、朔夜は「――先、行くから」と捨て台詞を吐いて、廊下を駆け出した。
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