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第四章 母の故国に暮らす

母の生家へ

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 翌日。エディルの宿を出発した私達は、イーリスの実家に改めて顔を出したあと、西にある都市フィデアを訪れていた。
 フィデアはエディルとは違い、小規模な街並みが広大な花畑の中にいくつも点在する都市だった。その為、大小三十ほどの地区に分かれたそこは、街と言うよりも村を思わせる雰囲気がそれぞれに漂う。
 南から東にかけての地区は主に精油用植物が植えられ、精油工房、精油を使った品を作る工房が多く並び、北から西にかけての地区は観賞の為の花畑や庭園、憩いの森林公園と言った、観光客向けに整えられた場所が多くあるのだと言う。そして、救国の乙女の館――カルネアーデ家の屋敷があるのは、北地区の最奥だ。
 その中で私達がまず向かったのは、一番大きな規模を誇るフィデアの中心地区。そこにあるお守り屋だった。

 王都にあるウゥスの店とどこか似た雰囲気を持つフィデアのお守り屋の扉を潜り、先日森で助けてもらった礼と感謝の言葉を綴った手紙を添えて、森の魔女のローブを店主へと渡す。木菟を連想させる姿をした女性の聖域の民は、話は聞いているよとにこやかに応じ、わざわざありがとうとローブと手紙を受け取ってくれた。ただしその一瞬、私の顔――基、髪を凝視されたけれど。
 恐らくは、私の髪が貴重な素材だからだろう。もしかしたら、ローブと手紙を確かに森の魔女に届ける代わりに髪を一本、とでも考えていたのだろうか。
 けれど、残念ながら今日の私は髪を一つにまとめて帽子の中へ収めていた。エディルでさえ人だかりができたくらいなのだ。カルネアーデ家の領地でもあったこの都市では、なおのこと髪を下ろしていては目立ち過ぎるだろうと考えてのことだ。
 そして、店主もそのことは理解しているのだろう。すぐに諦めたように笑い、楽しい一日をと言って私達を見送ってくれた。

 手を振る店主に手を振り返しながら店を出た私は、相変わらず風が強い空を見上げ、気を引き締める。
 今日これから向かうのは、神殿が管理する救国の乙女の館。今回の旅行の、私にとっての最大の目的地だ。母の生家を見られる楽しみ以上に、そこにあるかもしれない私の呪いを解く手掛かりを思って、私は無意識にポケットの中の懐中時計の存在を確かめていた。

 *

 地区間を運行する観光客用の馬車を乗り継ぎながら、私達は北地区を目指す。
 目的地までの道中では、車窓からの景色を楽しみ、花畑の中へ足を踏み入れ、庭園で食用花を使った菓子を食べ、森の木陰で喉を潤しながら一休みと、昨日に引き続いて存分に四人での観光を楽しんだ。
 そうして私達が救国の乙女の館のある地区へと到着したのは、昼時。
 そこは、最も有名な観光名所がある地区とあってか、想像していたよりも訪れる観光客の数は多く、これまで通って来た地区のどこより賑わっていた。それこそ、中心地区に次ぐ大きさを誇るにも拘らず、人でごった返すほどに。
 私達が馬車を降りれば、すぐに待ち構えていた客が乗って、去って行く。その様子を呆気に取られて見送ってから、私は街並みへと視線を移した。

 エディル同様にフィデアも至る所に旗が掲げられて風にはためいていたけれど、観賞目的の花畑や庭園が多いからか、各地区の街並みの中に飾られる花の数は、それほど多くはない。それはこの地区でも同様なようで、名所があるからと言って特別飾り立てるわけでもなく、エディルに比べると少しばかり華やかさに欠ける印象だ。代わりに、地区の中央を走る幅広の道の両脇には観光客相手の店が軒を連ね、観光客の為の街と言う意味では、実に煌びやかではあった。
 どの店でも客を呼び込む声が盛んに飛び交い、店先には多くの商品が並んで、訪れる人々の目を引いていた。
 そんな道の先。終着点には、一つの豪奢な構えの門が見える。白い石材で造られた塀が左右に延び、その上を鉄柵が彩って、いかにも貴族が所有する敷地と言った雰囲気だ。ただし、建物自体の姿は敷地内に植えられた多くの木々に隠れてか、私の今いる場所からは窺えない。

「さあさ、行きましょう!」
「ねえ、イーリス。もし無理を言ってくる奴がいたら、手加減しなくていいんだよね?」
「ええ、勿論。でも、まずはできるだけ穏便に、よ。それでも向こうが無理を通そうとするようなら、その時は遠慮しなくていいわ」

 テレシアがうきうきとした笑顔で私の手を取る隣で、ライサとイーリスは館の方角を見据えながら、物騒な会話を交わしていた。
 今日の二人は昨日に比べて動き易さを重視した服装で、その手には日傘を持っている。きっと、二人が日傘を差して歩く姿は素敵だろう。けれど悲しいかな、二人の手にある日傘は、持ち主からは日傘としての一般的な用途を求められていないことを、私は知っていた。お陰で、二人の会話に密かに私の顔が引き攣る。

「……本当に穏便にお願いしますね? 無理だったら諦めればいいだけなんですし。ライサも、日傘は間違っても人に向かって振り回すものじゃないからね?」

 今にも日傘を振り回しそうなライサの手を掴み、私はイーリスとライサとを交互に見た。

「大丈夫だよ、ミリアム。あたし達はただ観光に来ただけだもん」
「ライサの言う通りよ。私達はただの観光客。それ以上でも以下でもないわ。ちょっとお願いはするけれど、それだって正当な理由があってのお願いだもの。無茶を押し付けるわけではないんだから、心配することはないのよ」
「いざと言う時は私だって力になれるから、楽しく観光しましょうね!」
「テレシアさんまで!」

 三人共が私に笑顔を向けるものの、その言葉に説得力を感じないくらいには、実に胡散臭い雰囲気が滲み出ていた。もっとも事の発端は私なので、私自身、三人に強くは言えないのだけれど。
 そっとため息をついて、私は昨夜の自分の行動をほんの少しだけ後悔する。
 私は、エイナーから貰った身分証さえあれば、通常入れない場所にも足を踏み入れることが可能だ。そこで、私からイーリスに相談をしていたのだ。館の一般公開されていない場所を見せてもらえるよう、神殿にお願いすることはできないだろうか、と。
 本音を言えば、こんな相談自体、したくはなかった。けれど、私一人でここへ来ているわけではない以上、勝手な行動はできない。それに、ただでさえ神殿の管理下にある場所に行こうと言うのだから、更に深い場所まで足を踏み入れたいと言う私の願いに、イーリスが懸念を示すことを危惧したのもある。

 けれど私の予想を裏切って、イーリスが反対することはなかった。それどころか、私が周りに遠慮することなく希望を口にしたことを喜び、何としても館の中を見ようと、私以上にやる気を見せる始末だった。
 ただし、相手は神殿である。すんなりと私の希望が通ると言う甘い想定はできない。何らかの交換条件を突き付けたり、無理にでも私を引き留めようとしたりすることも考えられる。
 そこで、万が一荒事に発展してしまった場合に備えて、剣の代用品として白羽の矢が立ったのが日傘だったのだ。これならば手に持っていても怪しまれることはなく、剣に比べれば殺傷能力は低い為、思い切り振り回せるとか何とか。

 まさかそこまでと私は驚いたけれど、どうやら私が知らないだけで、神殿とキリアンの間では、これまでに散々私への面会申請と却下が繰り返されてきているのだそうで。その為、様々な状況を想定することは必要だと、イーリスはおろかテレシアにまで力説されてしまった。
 確かに神殿側にしてみれば、突然目の前に望んでいた当人が現れたなら、是が非でもと言う気持ちが行動に現れても仕方がないだろう。
 私としては大ごとにはしたくないので、もしも神殿側と揉めてしまいそうになった場合には、非常に惜しいけれど素直に館を辞すつもりでいる。キリアンのこれまでの労力を無駄にしたくはないし、楽しい旅行に水を差したくもないのだから。
 けれど、色々な意味で楽しそうな三人の態度を見るに、素直に諦めようと考えているのはどうやら私一人だけらしい。

「テレシアの言う通り、楽しく観光をしましょう」
「そうそう! 旅行は楽しいのが一番だもん!」

 二人が口にする「楽しい」の意味するところが、どうにも私の想像とは違う気がしつつ、テレシアに手を引かれるままに、私は館を目指して歩き始めた。
 館の門が近付くにつれて、初めは驚くほど多いと思っていた人の姿も、少しずつ減っていく。後ろを振り返れば多くの人は行列に並んでおり、その行きつく先には飲食店の看板があった。
 その様子を見て、私はなるほどと納得する。同時に、ここまでの道中、イーリスの母が持たせてくれた軽食や、行く先々でのつまみ食いで胃を満たしておいてよかったと、しばらくは空腹を訴えそうにない自分の胃の状態に安堵した。

 やがて、門を目の前にしたところで、私は見慣れない制服に身を包む門衛の姿に気が付いた。イーリス達の着る騎士服によく似ていながらも、基調色は濃紺。丈の短い白色のマントを羽織り、私の持つ身分証に描かれたのとよく似た、黒竜を模った留め具が首元や胸元に光っている。ただの一観光地の門衛と言うには、実に立派……いや、どこか物々しい。
 そして、その物々しい雰囲気に相応しく、彼らは門を潜る観光客に対して厳しい視線を向けていた。加えて、彼らが手に持つ槍の存在が観光客に威圧感を与えてもいるようで、それが門を潜ることを躊躇させているのか、少なくない人が困惑を滲ませて門前に留まっている。

「あら、嫌だ。神殿騎士よ、イーリス」

 門前の受付までもう少しの場所で一旦立ち止まり、テレシアがそっとイーリスに囁く。眉を顰めているところを見るに、あの門衛はあまり歓迎できない存在らしい。

「あの方達が、いつも門に立っていらっしゃるわけじゃないんですか?」
「館の警備を担当しているのは神殿関係者ではあるけれど、間違っても神殿騎士が警備をするようなものじゃないわね。彼らは基本的に、聖都の警備や要人の護衛が仕事だもの」
「じゃあ、ここに神殿の要人がいるってこと? ……もしかして、あたし達の旅行のことが漏れてた?」

 視線を鋭くさせたライサの一言は、一瞬にして私達の間に緊張を走らせた。
 もしも話が漏れていたとして、一体誰が神殿側に漏らしたのかは最も気になるところではあるけれど、今は目の前の状況のことを考える方が先決だ。要人を護衛している筈の神殿騎士がわざわざ門で待ち構えているなんて、見るからに悪い予感しかしない。
 互いに顔を見合わせ、最終的に判断を仰ぐように全員の視線がイーリスへと集まる。イーリスは視線を受けて一度口を噤み、門の方角をしばらく睨み据えてから、何故か私へと視線を落とした。

「ミリアム、二つに一つよ。館の観光を諦めてここから去るか、諦めずに館へ向かうか。……あなたが選びなさい」

 唐突に目の前に示された二本の指に、私は驚いて目を瞬く。次に私の中に湧いたのは、何故私に選択を委ねるのかと言う疑問だった。
 四人の中で、イーリスほど神殿と王家との状況を知り、的確な判断を下せる人物はいない。それなのに、そんな人を差し置いて私に決めさせるなんて、間違っていないだろうか。
 私が言葉を発せないままイーリスを見上げれば、彼女はにこりと優しく笑った。

「だって、ここはミリアムが一番見たいと願っている場所じゃない。私には、あなたの気持ちを無視して決められないわ。それに、せっかくの楽しい旅行よ? 後悔なんてしたら、つまらない思い出になってしまうでしょう?」
「でも……」

 危険を避けることを優先して、ここから去ることは簡単だ。けれどそれを選択してしまえば、ここで私と会えなかった神殿側は、この先もキリアンに対して私の面会申請を行い続けるだろう。もしかしたら、キリアン相手では埒が明かないと見てフェルディーン家へ直接、なんてこともあるかもしれない。それは嫌だ。
 かと言って、神殿の要人が待ち構えていることを承知で館へ向かうのも、イーリス達に迷惑をかける事態が発生しかねず、簡単には選択できない。もしも要人との間に問題を起こして、三人の内の誰かが怪我をするか捕らえられでもしようものなら、私はきっとこの選択を後悔し続けるだろう。
 ただ、それでも。母の生家を目の前にしておいて、何も見もせず帰ることを嫌だと思う気持ちが私の中にあるのも事実だった。

「そんなに深刻に悩まなくても平気よ、ミリアム。考えてもごらんなさい。あんなに堂々と神殿騎士が立っていたら、私達が警戒するなんて分かり切っていることじゃない」

 ぽん、と背中を叩かれて、私はいつの間にか足元に落ちていた視線をゆるりと上げた。その視界に、何の不安も見えない笑顔のイーリスが映る。

「あら、それもそうね! 神殿がミリアムにどうしても会いたいと考えているなら、姿を見せずにいて、私達が館に入ったところを騎士で囲んでしまった方が楽よね」
「……確かに。あれじゃ、あたし達に警戒してくださいって言ってるようなもんじゃん。神殿はミリアムに会いたいわけじゃないのかな?」

 テレシアとライサも、イーリスの一言にはっと気付いたように目を丸くして、不思議そうに首を傾げた。その声音も表情も普段から見慣れた二人で、イーリス同様、そこに不安な様子は見受けられない。
 そんな三人を順に見つめて、私もイーリスが言ったことの意味を考えた。

 私達が警戒することを分かった上で神殿騎士が姿を晒していると言うことは、神殿の要人に会う会わないの選択肢を私達の側に委ねていることになる。これまで何度も面会申請をしてきた相手が、だ。
 突然手の平を返したこの態度を罠と見ることもできるけれど、この国の守護竜を崇めている人達がこの状況で卑怯な手段に出るとは、間違っても考えたくはない。
 むしろこれは、相手が私を試していると見るべきだろう。
 私は王家やフェルディーン家にただ守られるだけの人間なのか、それとも、守られていることを理解した上で己の意思を持って動ける人間なのか――リーテの愛し子は、神殿に対してどう動くのか、と。
 私は改めてイーリスを見上げ、一つ問うた。

「イーリスさんは、ここにどなたがいらっしゃっているか、見当はついていますか?」
「そうね……。会議の為に聖都からやって来ていた誰か、と言うのは確実ね。その中で、この館に滞在が許されて、自分の為の護衛にあんなことをさせられる人間となると……考えられるのは一人、かしら」

 つまり、自分の都合を押し通せて護衛の騎士にすら自由に命令を下せるほど、神殿での地位が高い人物がここにいると言うことだ。
 急に現れた大物の存在と、そんな人物に自分が試されていることに身が引き締まる思いでいると、隣にいたライサがふと目を細めた。

「イーリス。それって……もしかして、エイナー様を怒らせた人だったりする?」

 門に向けたままの視線は最初に神殿騎士を目にした時よりも鋭く、エイナーの騎士としての真剣な表情がそこには現れているようだった。その変化に無意識に息をのむと同時に、私はライサの口から出た言葉に驚く。

「エイナー様が怒ったって……城で何かあったの?」

 いつだって明るく優しく、時に子供らしく無邪気な様子を見せて怒りとは無縁に見えるエイナーが、まさか怒るだなんて。それも、神殿の要人を相手に。それはきっと、よほどのことだったに違いない。
 出発前に会ったエイナーは、私の目にはいつもと変わらないように見えたのに。会議に出たことを少し自慢げに話してくれて、私と旅行へ一緒に行けないことに残念そうな顔をして。それでも私に対して、旅行を楽しんで来てねと、土産を楽しみにしていると笑って見送ってくれさえしたのに。
 エイナーがその笑顔の裏に神殿に対する憤りを抱いていたなら、母の生家を訪れる私に対して、どんなことを思っていただろう。もしかしたら、本当は笑顔で送り出したくなどなかったかもしれない。館には行かないでと言ってしまいたかったかもしれない。
 その時のエイナーの気持ちを想像しながら、私は思わず眼前の問題を棚上げして、ライサの手を取った。そうすれば、ライサは失言だったとでも言うように、罰が悪そうに私から視線を逸らしてしまう。

「……き、聞かなかったことに――」
「できない」
「……うぐぅ」

 唸ったライサの視線が窺うようにイーリスへと向けられ、イーリスは小さく肩を竦める。それを見て、ライサの口から小さく息が吐かれた。

「……エイナー様には口止めされてるんだけど……」
「絶対、誰にも言わない。約束する」
「絶対だからね?」
「勿論よ」

 小声のライサに私も小声で応じれば、彼女は少しの間を置いて口を開いてくれた。

「あたし、その日は侍女として仕事をしてたからエイナー様に同行してなくて、あとから話を聞いただけなんだけど」

 その場にいたラーシュ曰く、会議に出席する役人に同行して王都を訪れていた神殿の神官がエイナーに対して暴言を吐き、それにエイナーが怒ったのだ、と。

「……しかもエイナー様ってば、怒りに任せて無理に力を使おうとしたらしくてさ。部屋に帰ってきた途端、反動で鼻血を出して倒れちゃって」

 更に熱まで出してしまい、そのまま寝込んでしまったのだとか。お陰で、ラーシュは暴言を吐いた神官を殺しに行きそうになり、ライサはそれを必死に止めながら、エイナーの看病に追われた。
 エイナーはエイナーで、熱で朦朧としているのに、不在のキリアンや私には心配をかけたくないから黙っていてくれと懇願していたのだとか。

「どんなことを言われたのかあたしは知らないし、ラーシュも思い出したくもないって教えてくれなかったんだけどさ。エイナー様は、自分のことを悪く言われたからって怒るような人じゃないじゃん? だから……多分、ミリアムのことで神殿に何か言われたんだと思うんだよね。じゃなきゃ、ミリアムには言わないで、なんて真っ先に言う筈ないし」

 話を聞いて、私は自然と拳に力が入るのを感じていた。湧き上がるのは、神殿騎士がいる館へ足を踏み入れることの不安よりも、エイナーを通じて私へ接触を試みようとしたのだろう神殿に対する怒りだ。
 エイナーがそれほどまでに怒りの感情を抱いたならば、神殿側は確実にろくなことを言っていない。自分達に都合のいい話ばかりをしたとか、神殿が私の意思を無視して私の保護を申し出たとか、そんなところだろうか。
 そして、それらをエイナーに向かって言ったと思しき人物が、この館にいる。
 ならば、どうして私が逃げられよう。

「イーリスさん。私、決めました」

 私は意識して深呼吸をし、強い気持ちでイーリスを見た。

「館に行きます。行って……もし、神殿の方が私と会いたいと言うなら、会って話します」

 この際、私の呪いのことは一旦脇に置いておこう。今ここで私が成すべきは、体を張って私の為に怒ってくれた大切な友人の行動に、その思いに報いることだ。
 何より、館の中にいる神殿の要人の思惑がどうであれ、私が泉の乙女であり、この国に居続ける以上は、嫌でもいつかは神殿と向き合わなければならないのだ。それならば、向こうが両手を広げて待ち構えてくれているこの好機を、みすみす逃す手はない。
 はっきりと私が自分の意思を示せば、イーリスからは満足そうに一つ頷きが返ってきた。テレシアとライサも私の決定に異を唱えることなく、笑顔が交わされる。

「それじゃあ、今度こそ」
「はい! 行きましょう!」
「何でもどんと来い!」
「あらあら。気合いもいいけれど、あくまで私達は観光に来たことを忘れちゃ駄目よ?」

 私達は気合いも新たに止まっていた足を動かして、迷うことなく館の門を潜った。
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