とじこめラビリンス

トキワオレンジ

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第5章・捲土重来ーけんどちょうらいー

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 エレベーターが止まった。
 階数表示はB1、地下1階だ。
 重い音を響かせて、扉が開いていく。
 そこは床も壁もコンクリートむき出しの小さな部屋だった。明かりがついてはいるが、小さい電灯だけなので薄暗い。
「妙なふいんきの場所だな」
「雰囲気よ、ウロタエくん」
「ふぃーんきだろ。ちゃんと言えてるだろ」
「うん、そうね」
 あきれ顔で麻衣子が応える。
 言えてるよな?
 立ち往生しているおれ達の頭上から、再び声が聞こえた。
『ここは美術館。君達には、ぜひぼくの作品を楽しんでもらいたいと思ってね』
「作品?」
『作品と言っても、絵画や彫刻といった小難しいものじゃあないよ。ぼくの作品は子供が大好きなゲーム。全部クリアできれば、ぼくがいる部屋にたどり着くようになっているよ』
「ゲームって何をするんだよ?」
「ロロは無事なの?」
「攻略できなかったらどうなる?」
 おれ達が口々に騒ぐが返事はない。
 一方的に言い放ち声は聞こえなくなった。通信を切られたか、それとも無視されているのか。
 スポットライトがともり、部屋の中央を照らす。
 エンジ色のテーブルクロスをかけられた丸テーブルがあらわれた。その上には、1枚のメニュースタンドと4枚のカードが置いてある。
「これがゲームに使う道具ってこと?」
 麻衣子がメニュースタンドを手に取った。
「不用意に触るなよ」
「なーに? 太郎ってばビビってるの?」
 ビビリはしないが不気味だろ。まだ謎の声の正体も目的もわからないんだ。
 章純と希未も警戒心を隠そうともせず、エレベーターから出てすぐの所で様子を見ている。
「平気だって。みんなこっち来てよ」
 麻衣子に呼ばれ、みんながテーブルに集まった。
 スポットライトの中で、みんなでメニュースタンドを見る。

・ひとりにひとつ。
・カードは君を示すカギ。
・絶対に忘れないで。

 メニュースタンドに書いてあったのは、この3行だけだった。
 何か仕掛けがあるかと、裏返したりライトにすかしたりしたが、隠れたメッセージは無かった。
「カードってこれだよな?」
 メニュースタンドと一緒にテーブルに並んでいた4枚の真っ白なカードから、1枚を手に取ってみた。
 交通系ICカードのように厚みと硬さがあるカードだ。
 裏返すとトランプの模様がある。
「スペードの6だ」
 ほかの3枚もめくってみる。
 ハートのK、ダイヤの5、クローバーの8。
 マークも数字もバラバラだ。
「これで何かをすればいいのか? 順番通りに並べ直すとか」
「ひとりにひとつって書いてあるよ。なら順番ではなく、ひとり1枚持つことに意味があるんじゃないかな?」
「そうねー、今の所、他にヒントもないし」
「みんな、どれをとる?」
 おれは最初にめくったスペードの6を選んだ。
「わたし、キング・オブ・ハートがいい」
 希美はハートのKを選んだ。ハートマークに加え、1枚だけ絵札と言うのにひかれたのだろう。
「わたしはダイヤのカードにするわ」
「じゃあ、ぼくはクローバーの8だね」
 これで、それぞれ1枚ずつ。
 おれがスペードの6、麻衣子はダイヤの5、章純はクローバーの8、希未はハートのKだ。
 4人がカードを手に取ったのと同時に、室内の照明の光量が変化した。おれ達がいる場所から向こう側の壁まで続く照明は明るさが増し、それ意外の照明は逆に消灯寸前まで暗くなった。
 まるでショーの花道のように一直線に道が引かれたようだ。
「ここを進めってことだよな?」
「暗い所に何か隠れてないかな?」
 希未が言うように、おれ達の周りが明るいのと他が暗くなったことで、ただでさえ暗かった室内が、さらに暗く感じるようになった。
 さっきまではかろうじて見えていた壁も闇の中に消えている。
 しかし、おれ達には他に行動の選択肢がない。左右の暗闇に警戒しながら進んでいった。
 その先には100インチ以上ある大きなモニターがあった。
『もー、待ちくたびれちゃったよ。君達、臆病すぎー』
 モニターに電源が入り画面が映った。そこには大きい丸い頭をした、三等身の白いネコのようなぬいぐるみがいる。
「ゆ、ゆるキャラ?」
『そ、この美術館のイメージキャラクターのレマッグくんだよー』
 画面の中でレマッグくんと名乗ったネコのぬいぐるみが、腰を左右に降って、おどけてみせる。
「お前がロロを連れ去ったのか?」
『連れ去ったなんて人聞きが悪いな。ワンちゃんなら、ぼくの隣で寝てるよ』
 映像がレマッグくんの足元に替わると、バスケットの中で丸くなって寝ているロロの姿が映った。
「ロロちゃん、可愛いー」
「こんな状況で、なんてのん気な」
「いつもはお昼寝してる時間だから」
『みんな、ちゃんとカードは持って来たかな?』
「これか?」
 テーブルで手に入れたトランプカードをレマッグくんに見せる。モニター越しで見えるのかはわからないけど。
『うんうん、それそれ。それじゃあ、第1ゲームを始めちゃおうか』
 レマッグくんが作品と称するゲーム。
 おれ達に緊張が走る。
『ゲームはみんなも知っているジャンケンをアレンジしたゲーム。ひとりずつ、ぼくとジャンケンをして、誰かひとりでも先に勝ちを言えれば全員クリアだよ。最初だからイージーモードぜんかーい」
「水木くん、イージーモードって何?」
「簡単って意味だよ」
 ジャンケンは運と確率がモノを言うゲーム。4人のうち誰かひとりでも勝てばいいのであれば、勝率はかなり高くなる。
 レマッグくんが言う通り、イージーモードだ。
『さてさて、さくーっとはじめちゃおうか。カードの数字が大きい子から順番に。チャンスはひとり1回だよ』
「カードの数字順か」
 一番大きいのはKのカード。1番目は、希未だ。
「わ、わたしから?」
「大丈夫よ。ただのジャンケンだし、後にわたし達もいるんだし」
 麻衣子が希未の肩をたたき励ます。
 希未は顔を上げ麻衣子と顔を合わせる。次いで章純、おれとも顔を合わせた。
 おれも章純も、ただ無言でうなずいた。この状況でかける言葉が見つからなかったからだ。
『はじめるよー』
 モニターの中のレマッグくんが右手を振り上げた。
『じゃーん、けーん……』
「じゃ、んっ、けーん」
 希未も慌てて右手を出した。
『ぽん!』
「ぽん!」
 レマが出した手は、パー。
 希未の手は、チョキ。
 一発勝負で希未の、おれ達側の勝ちだ。
「さすがホビット!」
「さすが運のよさ全振り!」
「あれ? ほめられてる気がしないよ」
『ぼくの勝ちだねーっ』
 ブブーッと大きなブザー音が鳴って、モニターの上部に大きなバツがあらわれた。
 一瞬、何が起こったかがわからず、おれ達の動きが止まった。
 沈黙を破ったのは、章純だった。
「な、何言ってるんだよ。溝辺さんがチョキで、そっちがパーなんだ。勝ったのは溝辺さんだろ」
「そうだぜ。ちゃんと確認しろ!」
「ルールは守ってよね!」
『言いがかりはやめてよね。ぼくは最初にちゃーんとルールは説明したよ』
 おれ達の抗議にもレマッグくんは態度を崩さない。
 ルールは説明した。
 この結果はルール通りと言うことか。
 レマッグくんのさっきの言葉を思い出せ。
 ーーゲームはみんなも知っているジャンケンをアレンジしたゲーム。
 つまり、ただのジャンケンではなく、プラスアルファの要素があるということか。
「負けた方が勝ちってことかな?」
 今の結果だけを見れば、章純の推理が正しく感じる。
 しかし、確証はないが何かが引っ掛かる。まだ何か見落としがある気がする。
『次は誰かなー?』
 Kの次に大きい数字を持つカードは、章純のクローバーの8だ。
 章純が一歩前に出る。
「章純、大丈夫なのか?」
「うん。ちゃんと、負けてくる!」
 振り返り、妙に自信ありげな笑みを返す章純。こいつは希未とは正反対に、常日頃から運が悪い。ガチャガチャでは同じキャラが3回連続で出たり、コンビニのキャラクターくじも1番下の賞しか引けたことがない。
 その運の悪さを、このゲームでも発揮できるか。
『じゃーん、けーん……』
「ぽん!」
 レマが出した手は、チョキ。
 章純の手は、パー。
 宣言通り、章純は負けた。
『ぼくの勝ちだねーっ』
「な、なんで。負けた方が勝ちになるんじゃ?」
『おいおい。ジャンケンに負けたら勝ちなんて、ぼくは一度も言ってないよ。そっちで勝手に、そう思っただけじゃないか』
 ブブーッと大きなブザー音が鳴って、モニターにふたつ目の大きなバツがあらわれた。
「勝ってもダメ、負けてもダメじゃ、わたし達にどうしようもないじゃん」
 希未が肩を落とし床に崩れ落ちる。今にも泣きだしそうだ。
 突然こんなことに巻き込まれたんだ、無理もない。
『つぎは誰かなー?』
 こっちの様子などお構いなしに、レマッグくんがおどけた態度で次戦を促す。
 次の勝負をするのは、スペードの6を持っているおれだ。
「おい、レマッグって言ったな?」
『いえっす。フルネームはレマッグくんだけどね、親しみを込めてレマって呼んでね』
「だったら、レマ。ひとつ聞かせてほしい」
『何かな? ぼくのスリーサイズ? ちなみに好きなタイプはガッシリしたアスリートタイプだから、残念ながら君は圏外だね』
 こいつ女なのか。どうでもいいけど。
「これはゲームなんだな?」
『そうだよ、ゲームさ。ぼくと君達の真剣勝負だ』
「そうか。それさえ聞ければいい」
 ジャンケンを始めるため、右手を前に出す。
『始めるよ。じゃーん、けーん』
「ポン!」
 レマの出した手は、チョキ。
 おれの手は、パー。
『ぼ……』
「おれの勝ちだ!」
 高らかに宣言した。レマよりも先に。
 ピンポーンと音が鳴り、モニターに大きなマルがあらわれた。
「やっぱりな」
「なんで? ぼくも、さっき負けたのに」
 まだ状況が読めない章純が目を丸くする。
「さっきのレマのルール説明を思い出すんだ」
 ーーゲームはみんなも知っているジャンケンをアレンジしたゲーム。
 ーーひとりずつ、ぼくとジャンケンをして、誰かひとりでも先に勝ちを言えれば全員クリアだよ。
 この中で一番印象に残るのは、ジャンケンをアレンジしたゲームという部分。だからこそ章純はジャンケンの勝ち負けがゲーム結果につながる、そう解釈した。
 ここが最初の罠だ。
「このゲームは、ジャンケンをアレンジしたゲームであって、ジャンケンのゲームではない」
「ジャンケンじゃない?」
「このルールで重要なのは後半部分」
 ーー誰かひとりでも先に勝ちを言えれば全員クリアだよ。
「この部分」
「え、それじゃあ、まさか」
「そう。このゲームはジャンケンをした後に『先に勝ったと言った方が勝ち』になるゲームなんだよ」
 全員がおれとモニターの中のレマに注目する。
『あはははは、せいかーい。よく、そこにたどり着けたね』
 お腹を抱えて笑うレマを映したモニターが、ゆっくりとせり上がっていく。
『第1ゲームはクリアーにしてあげる。でもイージーモードはこれでおしまい。次からはこうはいかないよ』
 レマはそう言い残し、モニターごと天井に消えていった。
 モニターがあった場所の後ろには、横開きの自動ドアがあった。降りて来る時に乗った搬入用のエレベーターと違い、今度のは普通の乗用エレベーターだ。
「入れってことだよな?」
「他に道もなさそうだし」
 振り返ると、ここに来る時に道代わりだった照明もいつの間にか消えていた。数メートル先もわからない暗闇になっている。
 引き返す道は閉ざされていた。
 おれ達4人は意を決して、エレベータに乗り込んだ。
 中に入ってすぐ扉が閉まり、今度は上に向かって動き出した。
「でも太郎。よくルールの意味に気づいたわね」
「うん。わたしもビックリしちゃった」
「冷静になって考えるとなるほどって思うけど、あの状況だとなかなか気づけないと思うよ」
 麻衣子だけでなく、希未と章純も、おれが勝ったことを称賛してくれる。
 ちょっと気分がいい。
「さっきレマに、これはゲームかと聞いた時に、ゲームだって答えただろ? ゲームは参加するプレイヤー全員に勝てる可能性がないと成立しない。どちらか片方だけが有利なワンサイドゲームは、ゲームじゃなくてただの一方的な暴力だ」
「なるほどね。ゲーム好きの太郎らしい思考回路だわ」
「まあな」
 ロロを捕まえたり、おれ達を一方的に参加させたりと、レマはどう考えても悪いやつだ。
 でも、この一点。
 ゲームに対しての姿勢だけは、おれは本物だと思う。
 ゲームを作品と呼ぶところからも、それは感じとれる。
 だからだろうか。怒りとか恐怖とか不安とは違う、強い感情がおれの中に生まれ始めていた。
 次はどんなゲームが待っているのだろう。
 少し、この状況を楽しみ始めていた。
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