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3話

第三話 観光客と襲撃者②

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「夜寝る時など、どうしてらっしゃるのかしら?護衛兵の方が見守ってらっしゃるといっても、野営時や僻地などでは一つ屋根の下どころか、ねえぇ?」
「およろしいですわねぇ、聖者様のおそばに仕えられる方は。聞きましてよ、囚人さんなのですって?聖者様のお供が訳ありなのは常とはいえ、まさか異界の、ねぇ」
「羨ましいですこと~。わたくしも聖者様のお供になりたいですわ~。物取りでもして捕まってしまいたいくらい。ですけども、あの方に軽蔑されたくありませんので、わたくしは、まちがっても罪なんか犯しませんけどもねぇ」

 あれ?私に向かって言ってる?
 そうか、聖者様のファンの子たちか。
 基本的に、彼女たちは上品で、生まれも育ちも行儀もよくて、信仰心に篤い模範的な信徒である。
 だが一部において、熱狂的な一派が徒党を組んでおり、凶暴な活動に至ることは今までにも多々あった。
 
 ん?あ、あれ、ちょっ……。

 彼女たちは、嫌味の応酬を浴びせるだけでなく、徐々にじりじりと距離を詰めてくる。
 そして、取り囲んで小突いたり、引っ張ったりしだすのだった。

 ええっ、ちょっと待ってー!

 な、なんだよー!
 聖者様とベタベタなんかしてないだろー!
 今も一人でおでかけして堅実に日用品の買い物して余った小遣いでお菓子買ってニコニコしてただけの地に足つけた身の程わきまえた平穏に感謝する等身大の日常的なありふれた幸せをありがたがる善良な人間謳歌してただけなのに!!

 一人でお茶してただけなのに!なんか羨ましい要素とかあったか⁈ひどいよ君たち!
 わああ!
 彼女たちの凶行は次第にエスカレートしていき、卵ぶつけてきたり、水ぶっかけてきたり、とどまるところを知らない!

 や、やばい!逃げろー!

━━━━━━━━━━━━━━
 
 ぜーはー。
 全力疾走でなんとか逃走した私。

 裏路地を突っ切って、どうにか彼女たちを巻くことができたが。
 髪から服から、べっちゃべちゃだぜ。
 あーあ、やれやれ。

 まったく。
 こんな穏やかな治安の良い国にも、民度の低い過激派っているんだなぁ。
 いや、聖者様の訪れる先々に現れる、他の地域から遠征とかまでしちゃって来る層なのかもしれんが。
 暴徒と化して襲撃してくるとは。
 乙女心やファン心理の狂気ってやつは、まったく恐ろしいぜ……。

 改めて。
 だから最初っから、私は、聖者様とは距離をとってなるべく関わらないようにしていたというのに。
 そんなんお構いなく、私の努力も虚しく、こうやって攻撃の対象にされてしまうわけだな、聖者様のお供ポジションというのは。

 はぁーぁ、やれやれだぜ、まったく。

 少し歩くと、小さな公園に辿り着いた。
 おお、噴水がある。
 さっきの買い物でちょうど衣類も得ていたし、噴水で洗って、拭いたりしてなんとかするか。
 そうして私がバシャバシャしていると、見かねた親子連れが声をかけてくれた。

「おねえさん大丈夫?」
「よかったら、これを使ってね」
 他にも何人かが集まってきて、心配して自らの手拭いや巻き布を差し出してくれた。
「ああ、ありがとう、助かるよ」
 私は素直に礼を言い、彼らの好意を受け取った。

 さっきも、襲撃者たちの狂気に怯えながらも、なんとかやめさせようと言葉を発したり助けようとしてくれた街の人たちも、ちゃんといたんだよなぁ。
 ああ、よい国民性だ。
 いい国だなぁ。地元の人ら、みんな優しい。

 
 みんなによーくお礼を言ってから公園を後にして、私はようやく帰路につこうとした。
 宮殿の方向を目指して路地を進んで、しばらくすると。
 ふと振り返ると。

 視界の端に、見覚えのある人物の姿があった。

「あれ、おまえ……」
 それは、警護兵の一人だった。
 路地の端のほうを静かに歩き、こちらを見つめる、この男。
 私は駆け寄って、顔を確認する。

 だが、ぼんやりとしか覚えていなかった。
 まだ名前と顔が一致していなかった。

 この警護兵、えーと、誰だっけな、名前なんて言ったっけな。
「全員酔い潰れてたと思ってたけど……もしかして、ずっとついてきてて、見守ってくれてたのか?」

 それなら、もっとしっかり助けろや、とも言いたかったが。
 まあ、一人で対処するのも無理があったろうし、恐怖もわかる。
 もっとひどい被害を受けていたら、きっとなんとかしてくれてたのだろうし、と思うことにしてやるか。

「名前……ああ、ごめん、まだ顔と名前が一致しなくてな」
「スヴィドリガイリョフです」
「スヴィ……」
「急ぎましょう、早く帰ったほうがいい」
「ごめん、スヴィでいいかな?」
「だめです」
「ス、スヴィド……」
「警護兵の一人でけっこうです」

 う、うう。
 スヴィド……、スヴィと名乗った、この警護兵。
 警護兵団のみんなは、各々個性が出るようにそれぞれで着崩してアレンジしている、揃いの深緑の団服。
 それを彼は、一切改良せずに、仕立て上がったそのままを、きっちり着込んでいた。
 仏頂面の、真面目そうな男だった。
 ぴっちりとした髪の分け目といい、潔癖そうな皮手袋といい。
 あまり感情を表に出さない、規律正しい、というか、融通の効かない堅物そうな印象である。

 どうにも、役人気質というか……兵らしくないというか。
 ん?

 私は、そこで、ピンときてしまった。
 だとしたら先ほど、私を助けず、ただただ見守っていただけなのも、頷ける。
 こいつの役目は、私の護衛ではなく、監視なのだろう。

「わかった、おまえ、刑務所の職員だろう!」
 受刑者が、きちんと刑務作業を行なっているか、サボっていないか監視する役目!

「刑務官だろう!」

 刑務作業が外部になる場合、やっぱり、現場での刑務官の目だって必要になってくるもんなぁ。
 どこかに潜んでいるとは思ってたんだが、警護兵の中にまぎれていたのか。

「へえ、やっと気づいたんですか。遅かったですね」
 スヴィは、否定しなかった。

「スヴィドリガイリョフです。壽賀子、あなたを担当する刑務官の任を請け負って、ここまで同行してきました」

 つづく!     ━━━━━━━━━━━━━ 
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