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5話
第五話 お役人と模範囚①
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第五話 お役人と模範囚①
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あれから。
あの観光立国での出来事から、しばらく経った。
聖者様は、とりあえず大人しく聖者業をこなしてはいるのだが。
あいかわらず不穏なことを口走ったり、私への接触や執着をあきらめるつもりはないようなので、私はほとほと困っていた。
そして、グエンとの関係においても、困惑することは多々あった。
グエンと私は、一見ただの旅の仲間として仲もよすぎもせず悪すぎもせず、ほどよい距離感を保ってはいたのだが。
ただ、たまに二人きりになる機会などがあると、やはり気まずいのだった。
グエンは変わらず優しかった。
その度に、私はあの晩のことを思い出してしまう。
私は、彼が言ってくれたことを忘れようとした。
感情を揺さぶる複雑な思いをどう処理していいのかが、わからない。
うまく対処できないから焦燥感に駆られる。
あー、もう。
めんどくせぇなあ。
どうしていいかわかんねぇわ。
最近の希望の道筋といえば、仮保釈である。
刑務官スヴィドリガイリョフとは、あれから二人で話す機会もなかなかなく、それっきりである。
だが、彼のことだ。
今も、加点、減点と、逐一、私の言動を値踏みしているのだろう。
━━━━━━━━━━━
ある港町へと着いた。
船の出航時間を待つ間。
聖者様は土地の領主様にお呼ばれで、その従者としてグエンを帯同していった。
残された警護兵団のみんなと私は、それぞれ、各自、町で時間を潰して待機することになる。
私は一人、船着場の待ち合い所にあるベンチに座っていた。
他に人もおらず、静かだった。
ぼんやりと海を眺めていると。
斜め後ろあたり、少し離れたところに、刑務官スヴィドリガイリョフが立っているのに気がついた。
「あっ」
「こちらを見ないでください。そのまま海を眺めたまま、話してください」
はいはい。
やっと、こいつと会話ができる。
私は右手をまっすぐ上にあげた。
はきはきと、滑舌よく申し出る。
「ね、ねがいまーす!交談、願いまーす!」
「はい、そこ、発言許可。どうしました壽賀子」
うわ、懐かしい。
これぞ、受刑者と刑務官のやりとりってかんじだ。
「仮釈放の審査って、どうなった?」
「難しい状況ですね」
「つーかさ、更生って、具体的に私がどうなったら成功なんだ?」
ずっと聞きたかったことである。
更生って、ゴール設定がずいぶん、ふわっとしてるからな。
「結局、刑務官……スヴィドリガイリョフの匙加減じゃねぇ?」
「こちら側としてもね、囚人相手だからって、何も苦痛を与える刑罰ばかりを考えているわけじゃないですよ。受刑者の健康の維持、職業的専門知識または技能を付与することによって、すみやかな更生、再犯防止及び円滑な社会復帰を目的としているんです。生産作業、社会貢献作業、自営作業、職業訓練。壽賀子、あなたの場合は、聖者様のお供でしょう。社会貢献にあたりますかね」
「お、おう……」
「国教でもある聖者様の宗派に倣って、清貧、貞潔、従順の誓願の下に生活をすることでしょうか。奉仕と善行と布施、それに、各地の聖地巡礼ですね。僻地や難所、秘境であればあるほど、評価も上がります」
そこでスヴィドリガイリョフは、わざとらしいくらいの深いため息をつく。
「わかりましたか壽賀子、自分がどうしていくべきか」
「う、うん。模範囚、だろ?言葉遣いを直して、お行儀よく、優等生として振る舞えばいいんだろ?それがあんたの理想の模範囚なんだろ?わかったよ」
なんだ、元の世界で、求められたまんまの理想像じゃねぇか。
いけるいける。
私は長いこと、その理想像演じて、なんとか生き延びてきた実績があるんだ。
まあ、次第に耐えきれなくなり、ある時に、長年のストレスと積もり積もった鬱憤が蓄積し爆発して、大暴れしてしまった結果、ここにいるわけだが。
この世界で、しばらくの間我慢するくらいならば、なんとかいけそうだ。
「ちなみに、仮釈放後だって気は抜けないですよ。たとえば無断で外泊したり、信号無視したりなどの軽度な違反行為であっても、仮釈放は取り消されて刑務所に逆戻りなんですからね」
「う、うん、厳しいな……けっこう、しばらくは品行方正な生活強いられるんだな……」
でもまあ、この状況下よりかは、ましである。
模範囚として真面目に過ごして、スヴィドリガイリョフに加点貰って、仮釈放!
これが、私含め、聖者様や教団界隈にとっての最善の道である。
が、がんばるぜ!
……じゃないや、私、がんばりますぅ!
「どうせ無理でしょうよ壽賀子、あなたが大人しく口を慎んで、お行儀良く暮らすのなんて」
「やるっつーの!い、いえ、やりますぅ!私、がんばりますぅ!」
こうして、仮保釈を目指した私の更生物語が幕を開けたのだった!!
━━━━━━━━━━
翌日。
船に乗って降り立ったのは、ある島国。
大陸とは文化や事情が少々異なっているようで、戸惑うことも多かった。
でもまあ教団の支部にあたる宿泊施設もあるらしいし、寝床や食事には不自由しなさそうだ。
「ありがてぇなー。野宿はまじ勘弁だからなぁ……」
……って!
私は、そこまで言いかけて、はっとした。
しまった!
私は今日から、模範囚目指して、口を慎んでお行儀よく暮らすんだった!
「あ、ありがたいことですわ!野営は、まったく願い下げでしてよ!」
ああ、ちがう!
物事の問題点にばかり目を向けてちゃダメで、不平不満言ってちゃダメなんだった!
「や、野営もよいものですわよ、もちろん!お外の空気や季節の移ろいを直に感じられて大変風流な趣がありましてよ、もちろん!」
私は、思いきり取り繕って、行儀よくふるまった。
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━
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あれから。
あの観光立国での出来事から、しばらく経った。
聖者様は、とりあえず大人しく聖者業をこなしてはいるのだが。
あいかわらず不穏なことを口走ったり、私への接触や執着をあきらめるつもりはないようなので、私はほとほと困っていた。
そして、グエンとの関係においても、困惑することは多々あった。
グエンと私は、一見ただの旅の仲間として仲もよすぎもせず悪すぎもせず、ほどよい距離感を保ってはいたのだが。
ただ、たまに二人きりになる機会などがあると、やはり気まずいのだった。
グエンは変わらず優しかった。
その度に、私はあの晩のことを思い出してしまう。
私は、彼が言ってくれたことを忘れようとした。
感情を揺さぶる複雑な思いをどう処理していいのかが、わからない。
うまく対処できないから焦燥感に駆られる。
あー、もう。
めんどくせぇなあ。
どうしていいかわかんねぇわ。
最近の希望の道筋といえば、仮保釈である。
刑務官スヴィドリガイリョフとは、あれから二人で話す機会もなかなかなく、それっきりである。
だが、彼のことだ。
今も、加点、減点と、逐一、私の言動を値踏みしているのだろう。
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ある港町へと着いた。
船の出航時間を待つ間。
聖者様は土地の領主様にお呼ばれで、その従者としてグエンを帯同していった。
残された警護兵団のみんなと私は、それぞれ、各自、町で時間を潰して待機することになる。
私は一人、船着場の待ち合い所にあるベンチに座っていた。
他に人もおらず、静かだった。
ぼんやりと海を眺めていると。
斜め後ろあたり、少し離れたところに、刑務官スヴィドリガイリョフが立っているのに気がついた。
「あっ」
「こちらを見ないでください。そのまま海を眺めたまま、話してください」
はいはい。
やっと、こいつと会話ができる。
私は右手をまっすぐ上にあげた。
はきはきと、滑舌よく申し出る。
「ね、ねがいまーす!交談、願いまーす!」
「はい、そこ、発言許可。どうしました壽賀子」
うわ、懐かしい。
これぞ、受刑者と刑務官のやりとりってかんじだ。
「仮釈放の審査って、どうなった?」
「難しい状況ですね」
「つーかさ、更生って、具体的に私がどうなったら成功なんだ?」
ずっと聞きたかったことである。
更生って、ゴール設定がずいぶん、ふわっとしてるからな。
「結局、刑務官……スヴィドリガイリョフの匙加減じゃねぇ?」
「こちら側としてもね、囚人相手だからって、何も苦痛を与える刑罰ばかりを考えているわけじゃないですよ。受刑者の健康の維持、職業的専門知識または技能を付与することによって、すみやかな更生、再犯防止及び円滑な社会復帰を目的としているんです。生産作業、社会貢献作業、自営作業、職業訓練。壽賀子、あなたの場合は、聖者様のお供でしょう。社会貢献にあたりますかね」
「お、おう……」
「国教でもある聖者様の宗派に倣って、清貧、貞潔、従順の誓願の下に生活をすることでしょうか。奉仕と善行と布施、それに、各地の聖地巡礼ですね。僻地や難所、秘境であればあるほど、評価も上がります」
そこでスヴィドリガイリョフは、わざとらしいくらいの深いため息をつく。
「わかりましたか壽賀子、自分がどうしていくべきか」
「う、うん。模範囚、だろ?言葉遣いを直して、お行儀よく、優等生として振る舞えばいいんだろ?それがあんたの理想の模範囚なんだろ?わかったよ」
なんだ、元の世界で、求められたまんまの理想像じゃねぇか。
いけるいける。
私は長いこと、その理想像演じて、なんとか生き延びてきた実績があるんだ。
まあ、次第に耐えきれなくなり、ある時に、長年のストレスと積もり積もった鬱憤が蓄積し爆発して、大暴れしてしまった結果、ここにいるわけだが。
この世界で、しばらくの間我慢するくらいならば、なんとかいけそうだ。
「ちなみに、仮釈放後だって気は抜けないですよ。たとえば無断で外泊したり、信号無視したりなどの軽度な違反行為であっても、仮釈放は取り消されて刑務所に逆戻りなんですからね」
「う、うん、厳しいな……けっこう、しばらくは品行方正な生活強いられるんだな……」
でもまあ、この状況下よりかは、ましである。
模範囚として真面目に過ごして、スヴィドリガイリョフに加点貰って、仮釈放!
これが、私含め、聖者様や教団界隈にとっての最善の道である。
が、がんばるぜ!
……じゃないや、私、がんばりますぅ!
「どうせ無理でしょうよ壽賀子、あなたが大人しく口を慎んで、お行儀良く暮らすのなんて」
「やるっつーの!い、いえ、やりますぅ!私、がんばりますぅ!」
こうして、仮保釈を目指した私の更生物語が幕を開けたのだった!!
━━━━━━━━━━
翌日。
船に乗って降り立ったのは、ある島国。
大陸とは文化や事情が少々異なっているようで、戸惑うことも多かった。
でもまあ教団の支部にあたる宿泊施設もあるらしいし、寝床や食事には不自由しなさそうだ。
「ありがてぇなー。野宿はまじ勘弁だからなぁ……」
……って!
私は、そこまで言いかけて、はっとした。
しまった!
私は今日から、模範囚目指して、口を慎んでお行儀よく暮らすんだった!
「あ、ありがたいことですわ!野営は、まったく願い下げでしてよ!」
ああ、ちがう!
物事の問題点にばかり目を向けてちゃダメで、不平不満言ってちゃダメなんだった!
「や、野営もよいものですわよ、もちろん!お外の空気や季節の移ろいを直に感じられて大変風流な趣がありましてよ、もちろん!」
私は、思いきり取り繕って、行儀よくふるまった。
つづく! ━━━━━━━━━━━━━━━━━
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