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第2章:息子の同性愛指向を治したい

6. 人が幸せに生きようとする行為を禁じるなんてあり得ない

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「このままだと、啓祐けいすけに……よくないことが起こるかもしれない」

「何だよそれ」

 思いがけない清美さんの言葉に、最初に反応したのは啓祐さんだ。

「母さんがひとりで行った、どこかの占い師にでも言われたの?」

「違うわよ。同性愛は許されない行為だから、バチが当たる。その前にやめないと…」

「バチって……何も悪くないだろ。俺が男とつき合うのは犯罪じゃないんだからさ」

 バカバカしいという感じで笑う啓祐さん。
 だけど、葦仁いとよ先生は眉を寄せた。

「清美さんは、何か宗教を?」

 え……宗教?
 何で急に……あ、もしかして許されないって神様かなんかに……!?

「私は特に何も……ただ、祖母の親しい友人がユダヤ教だかイスラム教徒の方で、いろいろ影響を受けていたの。子どもの私に、毎日熱心に『いい教え』を話して聞かせて……説教みたいなものよ。その中に……」

 清美さんがにごした言葉の先を察し、葦仁先生が頷いた。

「イスラム教やキリスト教は、同性愛を禁じてる。教派によってはかなり厳しくね。一昔前ならなおさらだ。宗教の影響もあって、同性愛が犯罪とされる国は今もある」

「え……!? 本当に?」

「自分がゲイでも、よその国の事情までは関心がないと知らないかな」

 素で驚く啓祐さんに、葦仁先生が苦笑する。

「調べればわかるけど、同性と交際していると逮捕され処罰される国はけっこうあるんだ。アフリカの国の半数以上や中東、アジアの国でも」

「そう……なんだ」

「清美さんが言ったように、『神に背く行為』だから悪いこととされてる。まぁ、理解出来ないことや説明出来ないこと、直視したくない受け入れたくないものはみんな神に投げて都合よく片づける人間がいるってだけだよ」

「そんな適当なものじゃないわ。死刑になる国だってあるのに!」

 清美さんの金切り声に、セラピールームが静まり返る。



 死刑廃止国が3分の2以上の今の時代。
 何人も殺したシリアルキラーが死刑にならない国もあれば、同性の恋人とセックスしただけで死刑になる国もある。
 法って人間が作っただけあって不完全なものよね。
 人間が心を保つために作り出した『神様』も、不完全でいびつなモノ。

 無神論者の私にとって『神の許し』なんて概念はただの戯言ざれごとだけど……わずかにでも信じる人間にとっては、前を向いてお日さまの下を歩くために必要な免罪符なのかもしれない。



「この国では犯罪じゃない。本来は、どこの国でも認められるべき自然な性指向だ」

「でも、神が許さないなら、私は母親としてこの子を守らないと……」

 冷静な葦仁先生は、ヒステリックな清美さんをどうなだめるのか。

「守る? 何から守るの? あなたの言う神から? だとしたら、神は敵だね」

 清美さんが絶句する。

「僕はあなたが神って呼ぶ存在を別のものだと認識してるけど……少なくとも、他人の幸せを犯さない限り、人が幸せに生きようとする行為を禁じるなんてあり得ないよ」

「私だって、手放しで神を信じてるわけじゃない。それでも、考えずにいられないの。昔祖母に聞いた恐ろしいことが、もし啓祐に起こったら……今、自分の出来ることをしておかないと後悔するわ」

「あなたに今出来るのは、得体の知れない神に怯えて息子の心に爪を立てることじゃない」

 葦仁先生の瞳が鋭さを増す。

「愛する息子にあだなす神なんか捨てろ。それが出来なきゃ闘え。神でも何でも」

「な……にを……」

「何があっても、あなたが立つべき位置は息子サイドじゃないのか?」

 清美さんは、大きく見開いた目で葦仁先生を凝視してる。

「倫理的にどうかは無視して、たとえ殺人鬼にでも味方するのが母親だろう?」

 極論だけど……先生の言う通りかもしれない。
 本当の意味で無償の愛は、我が子に対する母親の愛情だけだってどこかで聞いたことがある。

「あなたはわかってるはずだよ。啓祐くんが同性愛者なこと。その事実は変えられないこと。そして、彼がゲイでも、息子への愛に変わりはないこと。だから、特別信仰してるわけでもない神さえ恐れるんだ。万が一にも大切な息子を傷つけられたらと」

 葦仁先生の言葉は、清美さんの心の核にある思いだ。
 世間体がどうの男同士のセックスに嫌悪感があるだの何だのは、心の外側につけたよろいみたいなもので……それを取り払えば、残るのは単純な気持ちだけ。

「清美さん。啓祐くんを認めてください。あなたが彼を愛してるように、彼もあなたを思ってる。それ以上に大切なことがある?」

「母さん」

 無言のままの清美さんを、啓祐さん静かな声で呼んだ。

「俺は今幸せだし、この先も幸せだから。悩んだ時期もあったけど、今はゲイの俺でよかったと思ってる。今度……」

 いったん下げた視線を戻し、啓祐さんがためらいがちに先を続ける。

「つき合ってるヤツに会ってほしい。安心してもらえると思う」

 まっすぐに清美さんに向けられた啓祐さんの瞳は、堂々として揺るぎない。
 いい恋をしてるんだなと、ちょっぴり羨ましくなる。

「清美さん。あなたは今幸せ?」

 未だ言葉を発せずにいる清美さんに、葦仁先生がさっきまでとはまるで違うやわらかい口調で尋ねた。



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