毒舌セラピストによるお悩み解消は、やさしくないけど心の毒によく効きます!

Kinon

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第3章:彼女の浮気を疑いたくない

2. きみの悩む理由がわからない

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「こんにちは! はじめまして。俺、マブチソウタです。今日はよろしくお願いします!」

 セラピールームに足を踏み入れた花束さんは、デスクの向こうで立ち上がった葦仁いとよ先生と目が合うなり挨拶した。



 あぁ……本名言っちゃってるでしょ、『花束』さん。

 もちろん、本名を名乗るのに何も問題はない。名前だけだし、たとえもっと詳細かつ重要な情報を得たとしても、クライアントの個人情報を『ドロック』が悪用することはない。
 氏名すら不要にしているのは、あくまでもクライアントの心理的負担を軽減するためだ。
 セラピストに悩みと本音を打ち明ける際に、自分が見ず知らずの他人のままでいられるように。
 そんなちょっとした距離感を、この花束さんみたいに全く気にしない人もいる。



「こんにちは。あずさ葦仁いとよです」

「うわぁ。すごい部屋ですね、ここ。赤青黄って色の3原色でしたっけ? あれ、光かな?」

 中央のテーブルで足を止めた花束さん……もう『ソウタ』さんでいいか。ソウタさんが、四方をぐるりと見回して聞いた。

「色で合ってるよ。絵具やインクなど色材で光を遮って色を作るのがこの3原色。発光体で色を作るのが光の3原色で、赤青緑だ」

「そうそう。パソコンで色作る時に使うやつですよね、RGBって。何で3原色の壁に? あ! これ全部絵なんですか? もしかして、先生が描いたのか?」

 葦仁先生の答えを聞きながら、左側の青い壁に寄るソウタさん。

「カラーセラピーだからね。どの色が見える位置に座るかでも、心理状態が少しはわかる。ここにある絵は僕が描いたものだよ」

「すげー! 小さいのがいっぱい貼ってある」

 ソウタさんが、すっかりラフな口調で感嘆の声を漏らす。

「何描いてあるかわかんないのが多いけど、キレイな色合いだな…」

「写実画はあまり描かないんだ」

「どうしてですか?」

「好きで描いてるだけで上手く描けないのもあるけど、現実そっくりな絵なら写真でいい。頭の中の世界を描くほうが楽しいからかな」

 振り向いたソウタさんは、ちょっと考えるような顔をして葦仁先生を見つめた。

「セラピーを始めようか。ソウタくん、好きな席にどうぞ」

「あ、はい」

 自分が何をするために今この部屋にいるのかを思い出させるように、ソウタさんが両頬をペチペチと叩いて返事をする。

「じゃあ……ここで」

 ソウタさんが座ったのは、青い壁が見える席だ。対面に葦仁先生、窓側に私が腰を落ち着ける。
 時計の針が指すのは午後4時19分。
 セラピーの開始時間を、ノートパッドの新しいページに記入した。



 受付表に目を通した葦仁先生はテーブルに両肘を立て、組んだ手の甲に顎を乗せている。視線はソウタさんに固定したまま、1分程経過。

「あの……先生?」

 ジッと無言で見られるプレッシャーからか、先に口を開いたのはソウタさんだ。

「何か、待ってます?」

「いや。今始める」

「はい。お願いします!」

 ホッとしたのか、ソウタさんが笑顔を見せる……と、葦仁先生も口元だけに笑みを浮かべる。

「最初に聞きたいんだけど。きみ、セラピーは口実で本当は偵察か何かなの?」

「え……!? 違いますよ! どうしてそう思うんですか?」

「これ。きみの悩む理由がわからない」

 顎から手を外し、葦仁先生が目の前に置いた受付表をトントンと指先で弾いた。

「彼女が浮気してる可能性があるんだよね?」

「そうです」

「でも、真相は知りたくない」

「はい」

「浮気の可能性を残したまま、疑うことだけやめたい」

「はい、そうです」

 真顔で答えるソウタさんに、葦仁先生が思い切り方眉を上げる。

「ソウタくん、あぁ。呼び名は『hanataba』って書いてあるけど、すでに呼んじゃってるからソウタくんでいい?」

「呼び捨てでいいです。ソウタで。そのほうが話しやすいし」

「わかった。僕に対してもくだけた口調でかまわない」

「はい」

「で、ソウタ。きみの悩みだけど、矛盾してるよね。自分でもわかってるだろう?」

「はい。だから、来たんです。矛盾してないなら自分でどうにか解決します。俺、こう見えても数学得意なんですよ」

「そうだな。何事も論理的に片づくなら、人の悩みも減るかもしれない」

 葦仁先生の瞳が楽し気に笑う。

「じゃあ、順番にいこう。まず、彼女の浮気を疑う根拠は?」

「街で、彼女が男と一緒に歩いてるところを見かけました」

「それで?」

「二人は古くからの知り合いみたいに親し気で、深刻そうな顔で話をしてたんです。気になって後をつけた……後悔しました」

「二人はどこに?」

「住宅街に入ってすぐ、一軒家の中に。表札は彼女の名字じゃなかった。ちょっと待って、俺はそこから離れました」

「そのあとも、彼女とは今まで通り?」

「はい」

 淡々と答えるソウタさん。

 何だろう? この違和感……あ、そうか。
 この人、全然つらそうじゃないんだ。
 恋人の浮気に疑心暗鬼になってる悲壮感とか怒りみたいなものが、まるでない。

「その男のこと、本人に聞かなかったの?」

「はい。俺が見てたの、気づかれてないし」

「何故、聞かない?」

「自分から言わないこと、聞く必要ないかなって」

「疑ってるのに?」

「それは俺の問題だから。彼女を追い詰めたくないんです」

 少しの間が空いた。

「確認するけど、きみとその彼女はつき合ってるんだよね? 恋人同士として」

 先生がズバリ聞いてくれたことに安堵する。

 浮気を暴いたら、彼女にアッサリ別れるって言われそうだから真相を知りたくないのか?
 彼女にとって、ソウタさんは本当に彼氏なのか?
 ソウタさんのほうが浮気相手ってことはないのか?

 失礼なのは百も承知で、私もそこのところが気になったから。



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