この世界よりも、あなたを救いたい~幸運がいつもあなたのそばにあるように~

Kinon

文字の大きさ
38 / 83
第7章 渦中へ

敵との対面 -2

しおりを挟む
 冷たい手が、キノの腕をつかんだ。

「希音、こっちへ来い。旅は短くて済んだようだな」

 暗灰色の洞窟を背景に、ジーグの蒼銀の髪が鮮やかに映える。あかい光を縁取ふちどる岩につまずきながら、キノはジーグとともにに池の1、2メートルばかりわきへと移動する。

「シキが無駄話をしていなければ、涼醒もじきに着くだろう」

 ジーグの声は耳に入っていたが、キノの視線はあかい池ではなくその周辺をめぐり続けている。

 イエルにある湶樹の家の中空の間とほとんど同じ、15メートル四方ほどの岩作りの部屋。けれども、キノはこの空間のほぼ中央から見渡しているにもかかわらず、壁のどこかにあるはずの石の扉を目にすることは出来なかった。

「ジーグ…」

 おびえるようなを周囲に向けたまま、キノはジーグの身をまとあおい布をつかむ。

「心配は要らん。私がここにいる限り、彼らには何の手出しも出来ん」

「ここにいるのはみんな…」

「希音、どこに…」

 キノのつぶやきに、涼醒の声が重なった。

「何だ、こいつらは…!? いったい何だってこんなに…」

「涼醒、こっちだ」

 ジーグの呼ぶ声にこちらを向いた涼醒の顔にも、キノと同じ困惑の色が浮かんでいる。

「希音…俺から離れるなよ」

 二人のそばに来た涼醒が、震えるキノの手を握り締める。

「この人たち…みんなリシールなの?」

 キノの問いに、ジーグが笑う。

「だからと言って、おまえとそう変わりはせん。だが…思った通りだな」

 あかい光に向かって、ジーグが低い声を張り上げる。

「おい、せきよ。大勢の者が集まった上に、おまえのほかに3人もの継承者がここへ来ているのは…何のためだ?」

 その言葉に、中空の間に立ち並ぶヴァイのリシールたちが静まり返る。

「護りの発見を祝うためにここまで足を運んだ者たちに、何の他意たいもありません」

 池の向こう側から答えた女が、沈黙に足音を響かせる。

「ジーグ。無駄な邪推じゃすいはやめてください。私たちはあなた方を補助するためにいるのです。ほかの中空の間を守る者を除く3人の継承者も、彼らの力が何かのお役に立てばと思いここへ来ているのです」

「ほう。では、そういうことにしておこう。だが、この二人に手を出す者には容赦ようしゃせん。皆によく言い聞かせておけ。おまえの意に反して無茶をする者がいると困るからな」

「…承知しております」

「道はもう閉じてよい。わけあって、浩司はラシャに残る」

 汐が眉を寄せる。

「浩司はヴァイに降りないと?」

「案じなくとも、力の覚醒はなされた。明後日には戻るだろう」


 ざわめくリシールたちを、汐の視線が瞬時にしずめる。

「浩司が今ここにいないことに、何か問題でもあるのか?」

「…いいえ」

 汐の視線がジーグからキノへと移る。

「あなたが希音さんですね。私はあずさせき。浩司から聞いているでしょうけど…紫野希由香さんには、本当に申し訳ないことをしました。あなたにもお詫びします」

「希由香は? ここにいるんでしょ? 彼女はちゃんと無事でいるの?」

 汐と向き合い、キノが問いを重ねる。

「意識はありませんが、無事でいます」

「…会えるの?」

「私はこの館にある間、紫野希由香のところにいるつもりだ。おまえたちも一緒にな」
 
ジーグがそう言うと、汐が微笑んだ。

「希音さん。希由香さんのことは心配要りません。彼女の安全は、私が守ります。信じてください」

 キノは目の前の女性を見つめた。

 希由香と同じ歳くらいの、ここのリシールたちを率いる継承者。けれども、そのは優しくどこか悲し気で、そこにたたえる暗い光は、浩司の宿す闇に似ていた。

「それが本当なら、こいつらは何でこんなに緊張したつらをしてる?」

 涼醒が険しいで汐を見据える。

「ラシャの者を恐れてるんじゃないのか? 何かしでかす気がなけりゃ、ビクビクする必要もないだろ」

「あなたは…イエルの?」

「橘涼醒。ただのリシールだけどな」

 中空の間に、ささやきの声がいくつか響いた。

「俺がいちゃまずいのかよ!?」

 振り向いた涼醒を見て、彼らが口をつぐむ。

「彼らの多くは、イエルの者に会ったことがないだけです。気になさらずに」

 汐がジーグに向き直る。

「護りの石の在処ありかは、すでに判明しているのですか?」

「数時間前にな。だが、おまえたちに教える理由はないぞ。ヴァイのリシールの手を借りんでも、この二人だけでことは足りる。祝いのために集まったのなら、その準備でもして大人しく待つがよい」

「…何か必要なものがあれば、申しつけてください」
 汐が仲間たちに手で合図をすると、彼らは静かに扉までの道を空けた。

「どうぞ。後ほど、食事を運ばせます」

 ジーグに続いてリシールたちの注目する中を歩きながら、キノは不安を募らせる。
 強い視線を感じて顔を向けると、一人の男と目が合った。

 この人…継承者のうちの一人? 他の人たちと…雰囲気が違う。私を見る目が刺すように鋭くて…。

 明褐色の髪を肩まで伸ばしたその男は、金色のひとみでキノを射抜いたまま、ぞっとするほど冷酷な笑みを浮かべた。急いで視線を逸らしたキノの身体からだに、戦慄せんりつはしる。

 怖い…! 何故なぜかはわからない。だけど…感じる。明日の朝、護りをラシャに持っ
て帰ることは出来ないかもしれない…。

 キノの手を繋いだままの涼醒が、その指の力を強める。

「俺がいる。浩司の代わりとまではいかないけど…おまえを守るって決めたんだ。大丈夫だ」

「ありがとう。涼醒…」

 つもる不安の群れを押しのけて、涼醒の思いがキノの心に優しく染み渡る。

「そばにいて…ひとりにしないで…」

 そう思うのは…こんな状況だから? 涼醒と一緒にいると、何故なぜか安心出来る。でも…今の私の心は浩司でいっぱいで、涼醒の気持ちにこたえる余裕なんかない。それなのに、そばにいてほしいなんて…私、勝手だ。だけど、浩司の代わりだと思ってるわけじゃないよ…。

「俺がいるからな」

 何も言わずに、キノは涼醒の手をぎゅっと握り返した。

 中空の間から廊下に出たキノたちの目に、館内にすきなく配置されているリシールたちの姿が映る。獲物を狙うハンターにも似た彼らの目が、待ち望んだ標的をとらえたかのように鋭く光った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

忖度令嬢、忖度やめて最強になる

ハートリオ
恋愛
エクアは13才の伯爵令嬢。 5才年上の婚約者アーテル侯爵令息とは上手くいっていない。 週末のお茶会を頑張ろうとは思うもののアーテルの態度はいつも上の空。 そんなある週末、エクアは自分が裏切られていることを知り―― 忖度ばかりして来たエクアは忖度をやめ、思いをぶちまける。 そんなエクアをキラキラした瞳で見る人がいた。 中世風異世界でのお話です。 2話ずつ投稿していきたいですが途切れたらネット環境まごついていると思ってください。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...