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第7章 渦中へ
敵との対面 -2
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冷たい手が、キノの腕をつかんだ。
「希音、こっちへ来い。旅は短くて済んだようだな」
暗灰色の洞窟を背景に、ジーグの蒼銀の髪が鮮やかに映える。紅い光を縁取る岩につまずきながら、キノはジーグとともにに池の1、2メートルばかり脇へと移動する。
「シキが無駄話をしていなければ、涼醒もじきに着くだろう」
ジーグの声は耳に入っていたが、キノの視線は紅い池ではなくその周辺を巡り続けている。
イエルにある湶樹の家の中空の間とほとんど同じ、15メートル四方ほどの岩作りの部屋。けれども、キノはこの空間のほぼ中央から見渡しているにもかかわらず、壁のどこかにあるはずの石の扉を目にすることは出来なかった。
「ジーグ…」
怯えるような瞳を周囲に向けたまま、キノはジーグの身を纏う蒼い布をつかむ。
「心配は要らん。私がここにいる限り、彼らには何の手出しも出来ん」
「ここにいるのはみんな…」
「希音、どこに…」
キノのつぶやきに、涼醒の声が重なった。
「何だ、こいつらは…!? いったい何だってこんなに…」
「涼醒、こっちだ」
ジーグの呼ぶ声にこちらを向いた涼醒の顔にも、キノと同じ困惑の色が浮かんでいる。
「希音…俺から離れるなよ」
二人のそばに来た涼醒が、震えるキノの手を握り締める。
「この人たち…みんなリシールなの?」
キノの問いに、ジーグが笑う。
「だからと言って、おまえとそう変わりはせん。だが…思った通りだな」
紅い光に向かって、ジーグが低い声を張り上げる。
「おい、汐よ。大勢の者が集まった上に、おまえのほかに3人もの継承者がここへ来ているのは…何のためだ?」
その言葉に、中空の間に立ち並ぶヴァイのリシールたちが静まり返る。
「護りの発見を祝うためにここまで足を運んだ者たちに、何の他意もありません」
池の向こう側から答えた女が、沈黙に足音を響かせる。
「ジーグ。無駄な邪推はやめてください。私たちはあなた方を補助するためにいるのです。ほかの中空の間を守る者を除く3人の継承者も、彼らの力が何かのお役に立てばと思いここへ来ているのです」
「ほう。では、そういうことにしておこう。だが、この二人に手を出す者には容赦せん。皆によく言い聞かせておけ。おまえの意に反して無茶をする者がいると困るからな」
「…承知しております」
「道はもう閉じてよい。わけあって、浩司はラシャに残る」
汐が眉を寄せる。
「浩司はヴァイに降りないと?」
「案じなくとも、力の覚醒はなされた。明後日には戻るだろう」
騒めくリシールたちを、汐の視線が瞬時に鎮める。
「浩司が今ここにいないことに、何か問題でもあるのか?」
「…いいえ」
汐の視線がジーグからキノへと移る。
「あなたが希音さんですね。私は梓汐。浩司から聞いているでしょうけど…紫野希由香さんには、本当に申し訳ないことをしました。あなたにもお詫びします」
「希由香は? ここにいるんでしょ? 彼女はちゃんと無事でいるの?」
汐と向き合い、キノが問いを重ねる。
「意識はありませんが、無事でいます」
「…会えるの?」
「私はこの館にある間、紫野希由香のところにいるつもりだ。おまえたちも一緒にな」
ジーグがそう言うと、汐が微笑んだ。
「希音さん。希由香さんのことは心配要りません。彼女の安全は、私が守ります。信じてください」
キノは目の前の女性を見つめた。
希由香と同じ歳くらいの、ここのリシールたちを率いる継承者。けれども、その瞳は優しくどこか悲し気で、そこに湛える暗い光は、浩司の宿す闇に似ていた。
「それが本当なら、こいつらは何でこんなに緊張した面をしてる?」
涼醒が険しい瞳で汐を見据える。
「ラシャの者を恐れてるんじゃないのか? 何かしでかす気がなけりゃ、ビクビクする必要もないだろ」
「あなたは…イエルの?」
「橘涼醒。ただのリシールだけどな」
中空の間に、囁きの声がいくつか響いた。
「俺がいちゃまずいのかよ!?」
振り向いた涼醒を見て、彼らが口をつぐむ。
「彼らの多くは、イエルの者に会ったことがないだけです。気になさらずに」
汐がジーグに向き直る。
「護りの石の在処は、すでに判明しているのですか?」
「数時間前にな。だが、おまえたちに教える理由はないぞ。ヴァイのリシールの手を借りんでも、この二人だけでことは足りる。祝いのために集まったのなら、その準備でもして大人しく待つがよい」
「…何か必要なものがあれば、申しつけてください」
汐が仲間たちに手で合図をすると、彼らは静かに扉までの道を空けた。
「どうぞ。後ほど、食事を運ばせます」
ジーグに続いてリシールたちの注目する中を歩きながら、キノは不安を募らせる。
強い視線を感じて顔を向けると、一人の男と目が合った。
この人…継承者のうちの一人? 他の人たちと…雰囲気が違う。私を見る目が刺すように鋭くて…。
明褐色の髪を肩まで伸ばしたその男は、金色の瞳でキノを射抜いたまま、ぞっとするほど冷酷な笑みを浮かべた。急いで視線を逸らしたキノの身体に、戦慄が奔る。
怖い…! 何故かはわからない。だけど…感じる。明日の朝、護りをラシャに持っ
て帰ることは出来ないかもしれない…。
キノの手を繋いだままの涼醒が、その指の力を強める。
「俺がいる。浩司の代わりとまではいかないけど…おまえを守るって決めたんだ。大丈夫だ」
「ありがとう。涼醒…」
積る不安の群れを押しのけて、涼醒の思いがキノの心に優しく染み渡る。
「そばにいて…ひとりにしないで…」
そう思うのは…こんな状況だから? 涼醒と一緒にいると、何故か安心出来る。でも…今の私の心は浩司でいっぱいで、涼醒の気持ちに応える余裕なんかない。それなのに、そばにいてほしいなんて…私、勝手だ。だけど、浩司の代わりだと思ってるわけじゃないよ…。
「俺がいるからな」
何も言わずに、キノは涼醒の手をぎゅっと握り返した。
中空の間から廊下に出たキノたちの目に、館内に隙なく配置されているリシールたちの姿が映る。獲物を狙うハンターにも似た彼らの目が、待ち望んだ標的を捉えたかのように鋭く光った。
「希音、こっちへ来い。旅は短くて済んだようだな」
暗灰色の洞窟を背景に、ジーグの蒼銀の髪が鮮やかに映える。紅い光を縁取る岩につまずきながら、キノはジーグとともにに池の1、2メートルばかり脇へと移動する。
「シキが無駄話をしていなければ、涼醒もじきに着くだろう」
ジーグの声は耳に入っていたが、キノの視線は紅い池ではなくその周辺を巡り続けている。
イエルにある湶樹の家の中空の間とほとんど同じ、15メートル四方ほどの岩作りの部屋。けれども、キノはこの空間のほぼ中央から見渡しているにもかかわらず、壁のどこかにあるはずの石の扉を目にすることは出来なかった。
「ジーグ…」
怯えるような瞳を周囲に向けたまま、キノはジーグの身を纏う蒼い布をつかむ。
「心配は要らん。私がここにいる限り、彼らには何の手出しも出来ん」
「ここにいるのはみんな…」
「希音、どこに…」
キノのつぶやきに、涼醒の声が重なった。
「何だ、こいつらは…!? いったい何だってこんなに…」
「涼醒、こっちだ」
ジーグの呼ぶ声にこちらを向いた涼醒の顔にも、キノと同じ困惑の色が浮かんでいる。
「希音…俺から離れるなよ」
二人のそばに来た涼醒が、震えるキノの手を握り締める。
「この人たち…みんなリシールなの?」
キノの問いに、ジーグが笑う。
「だからと言って、おまえとそう変わりはせん。だが…思った通りだな」
紅い光に向かって、ジーグが低い声を張り上げる。
「おい、汐よ。大勢の者が集まった上に、おまえのほかに3人もの継承者がここへ来ているのは…何のためだ?」
その言葉に、中空の間に立ち並ぶヴァイのリシールたちが静まり返る。
「護りの発見を祝うためにここまで足を運んだ者たちに、何の他意もありません」
池の向こう側から答えた女が、沈黙に足音を響かせる。
「ジーグ。無駄な邪推はやめてください。私たちはあなた方を補助するためにいるのです。ほかの中空の間を守る者を除く3人の継承者も、彼らの力が何かのお役に立てばと思いここへ来ているのです」
「ほう。では、そういうことにしておこう。だが、この二人に手を出す者には容赦せん。皆によく言い聞かせておけ。おまえの意に反して無茶をする者がいると困るからな」
「…承知しております」
「道はもう閉じてよい。わけあって、浩司はラシャに残る」
汐が眉を寄せる。
「浩司はヴァイに降りないと?」
「案じなくとも、力の覚醒はなされた。明後日には戻るだろう」
騒めくリシールたちを、汐の視線が瞬時に鎮める。
「浩司が今ここにいないことに、何か問題でもあるのか?」
「…いいえ」
汐の視線がジーグからキノへと移る。
「あなたが希音さんですね。私は梓汐。浩司から聞いているでしょうけど…紫野希由香さんには、本当に申し訳ないことをしました。あなたにもお詫びします」
「希由香は? ここにいるんでしょ? 彼女はちゃんと無事でいるの?」
汐と向き合い、キノが問いを重ねる。
「意識はありませんが、無事でいます」
「…会えるの?」
「私はこの館にある間、紫野希由香のところにいるつもりだ。おまえたちも一緒にな」
ジーグがそう言うと、汐が微笑んだ。
「希音さん。希由香さんのことは心配要りません。彼女の安全は、私が守ります。信じてください」
キノは目の前の女性を見つめた。
希由香と同じ歳くらいの、ここのリシールたちを率いる継承者。けれども、その瞳は優しくどこか悲し気で、そこに湛える暗い光は、浩司の宿す闇に似ていた。
「それが本当なら、こいつらは何でこんなに緊張した面をしてる?」
涼醒が険しい瞳で汐を見据える。
「ラシャの者を恐れてるんじゃないのか? 何かしでかす気がなけりゃ、ビクビクする必要もないだろ」
「あなたは…イエルの?」
「橘涼醒。ただのリシールだけどな」
中空の間に、囁きの声がいくつか響いた。
「俺がいちゃまずいのかよ!?」
振り向いた涼醒を見て、彼らが口をつぐむ。
「彼らの多くは、イエルの者に会ったことがないだけです。気になさらずに」
汐がジーグに向き直る。
「護りの石の在処は、すでに判明しているのですか?」
「数時間前にな。だが、おまえたちに教える理由はないぞ。ヴァイのリシールの手を借りんでも、この二人だけでことは足りる。祝いのために集まったのなら、その準備でもして大人しく待つがよい」
「…何か必要なものがあれば、申しつけてください」
汐が仲間たちに手で合図をすると、彼らは静かに扉までの道を空けた。
「どうぞ。後ほど、食事を運ばせます」
ジーグに続いてリシールたちの注目する中を歩きながら、キノは不安を募らせる。
強い視線を感じて顔を向けると、一人の男と目が合った。
この人…継承者のうちの一人? 他の人たちと…雰囲気が違う。私を見る目が刺すように鋭くて…。
明褐色の髪を肩まで伸ばしたその男は、金色の瞳でキノを射抜いたまま、ぞっとするほど冷酷な笑みを浮かべた。急いで視線を逸らしたキノの身体に、戦慄が奔る。
怖い…! 何故かはわからない。だけど…感じる。明日の朝、護りをラシャに持っ
て帰ることは出来ないかもしれない…。
キノの手を繋いだままの涼醒が、その指の力を強める。
「俺がいる。浩司の代わりとまではいかないけど…おまえを守るって決めたんだ。大丈夫だ」
「ありがとう。涼醒…」
積る不安の群れを押しのけて、涼醒の思いがキノの心に優しく染み渡る。
「そばにいて…ひとりにしないで…」
そう思うのは…こんな状況だから? 涼醒と一緒にいると、何故か安心出来る。でも…今の私の心は浩司でいっぱいで、涼醒の気持ちに応える余裕なんかない。それなのに、そばにいてほしいなんて…私、勝手だ。だけど、浩司の代わりだと思ってるわけじゃないよ…。
「俺がいるからな」
何も言わずに、キノは涼醒の手をぎゅっと握り返した。
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