3 / 110
第1章 始まり
いいもの見せてあげる
しおりを挟む
世の中には、想像を超えるほど残酷な人間がいる。
悪魔の所業なんていったら、悪魔が気を悪くするくらい。
残酷とまではいかなくても、正常な理性を持つ人なら決してやらないような最低の行為をする人間もいる。
そういう人間は、ある種の病気なんだろう。
だからって、許されていいわがない。
でも、現実には許されて……いや。気づかれもせずに、のうのうと生きている。
この不条理な世界を。
それを甘受する人間を、僕は許さない。
僕と少女はひとしきり泣いたあと、手を繋いで歩き出した。
今あの小屋に入るのは嫌だったし、この森からも離れたかったから。
「おにいちゃん、誰?」
館に続く私道に出た辺りで、少女が初めて口を開いた。
見た目よりしっかりとした口調だった。
普段小さな子どもと話すことがないから、どの程度の言葉のレベルで話したらいいかわからない。
「僕はジャルド。ジャ、ル、ド」
「ジャルド……」
呟くように僕の名を呼び、少女が笑顔を見せた。
「あたしは奏子。かなでっていう字に、子どものこって書くの。最近、自分の名前の漢字を教わったんだよ」
「奏子……かわいい名前だね。奏子は、今いくつ?」
「5歳。11月に6歳になるの。ジャルドは?」
「僕は11歳」
5歳……そんな小さい子をひとり、森に置き去りにしたあの男……いったいどこのどいつなんだ……?
「奏子は……」
言いかけて、やめた。
まだ、ダメだ。
あの男に何をされたのか。
聞くのはまだ早い。
もしかしたら、何もなかったかもしれない……なんて思ってるわけじゃない。
何かあったのは間違いない。
僕にはわかる。
リシールの継承者……それ以前に。ああいう最低の人間に、同類の被害を受けた者だから。
そうだ。
まずは……。
「奏子は……リシールだよね。お母さんと一緒に館に来てるの?」
そう。
奏子はリシールだ。
僕たちはお互いを感知できる。
何か共通する……波動みたいなものがあるせいらしい。
そして。子どもの奏子がひとりで館に来るはずはないから、今日の継承者の顔合わせに参列してた誰かが連れて来たに違いない。
「え……?」
奏子がキョトンとする。
「館は奏子のおうちだよ」
「え? じゃあ……」
館がおうち……あそこに住んでるのは、継承者の家族と補佐する数人だけ……。
「奏子の名字は、梓? 梓奏子?」
「うん」
「汐さんの……妹?」
「そうだよ。汐は奏子のお姉ちゃん。今はママがお仕事でいないから、汐がママの代わりなの」
奏子が継承者の妹……。
そうか。
だから、この森は自分ちの庭と同じで、ひとりで自由に動き回れて……そこを狙われたのか……?
「ジャルドはお姉ちゃんを知ってるの? ジャルドはうちのお客さま?」
「うん、そう。昨夜来たんだ」
「ほんと? まだ帰らない? 一緒に遊べる?」
「うん」
「うれしい!」
無邪気に喜ぶ奏子。
さっきのこと……忘れちゃったのかな。
思い出させるのは、ひどいことか……?
だけど……。
5歳の子の記憶が、頭の中でどう処理されるのかわからない。
人は、恐怖やつらい経験の記憶を上手にしまい込める。
精神を守るために……自己防御ってやつだ。
ただし、リシールはちょっと違う。
リシールの精神は普通の人間より強い。
個人差はあるだろうけど、自分を守るために記憶をシャットダウンするそのボーダー……超えたら作動する設定ラインは、かなり高めだと思う。
継承者の僕はさらに許容値が高い。
そのおかげで。悪夢の記憶を未だ鮮明に持ち続けても、狂うことはない。
それが、僕にとっていいか悪いかは別として。
「いいもの見せてあげる」
奏子が僕の手を引いた。
館に向かって私道を進んでいた僕たちは、来た森と反対側の……丘に続く森の小径へと入る。
「あたしの一番大切なもの。すごくかわいいの」
「何だろう? 楽しみだな」
瞳を輝かせる奏子を見て、本当にそう思った。
それは、久しぶりの感情だった。
悪魔の所業なんていったら、悪魔が気を悪くするくらい。
残酷とまではいかなくても、正常な理性を持つ人なら決してやらないような最低の行為をする人間もいる。
そういう人間は、ある種の病気なんだろう。
だからって、許されていいわがない。
でも、現実には許されて……いや。気づかれもせずに、のうのうと生きている。
この不条理な世界を。
それを甘受する人間を、僕は許さない。
僕と少女はひとしきり泣いたあと、手を繋いで歩き出した。
今あの小屋に入るのは嫌だったし、この森からも離れたかったから。
「おにいちゃん、誰?」
館に続く私道に出た辺りで、少女が初めて口を開いた。
見た目よりしっかりとした口調だった。
普段小さな子どもと話すことがないから、どの程度の言葉のレベルで話したらいいかわからない。
「僕はジャルド。ジャ、ル、ド」
「ジャルド……」
呟くように僕の名を呼び、少女が笑顔を見せた。
「あたしは奏子。かなでっていう字に、子どものこって書くの。最近、自分の名前の漢字を教わったんだよ」
「奏子……かわいい名前だね。奏子は、今いくつ?」
「5歳。11月に6歳になるの。ジャルドは?」
「僕は11歳」
5歳……そんな小さい子をひとり、森に置き去りにしたあの男……いったいどこのどいつなんだ……?
「奏子は……」
言いかけて、やめた。
まだ、ダメだ。
あの男に何をされたのか。
聞くのはまだ早い。
もしかしたら、何もなかったかもしれない……なんて思ってるわけじゃない。
何かあったのは間違いない。
僕にはわかる。
リシールの継承者……それ以前に。ああいう最低の人間に、同類の被害を受けた者だから。
そうだ。
まずは……。
「奏子は……リシールだよね。お母さんと一緒に館に来てるの?」
そう。
奏子はリシールだ。
僕たちはお互いを感知できる。
何か共通する……波動みたいなものがあるせいらしい。
そして。子どもの奏子がひとりで館に来るはずはないから、今日の継承者の顔合わせに参列してた誰かが連れて来たに違いない。
「え……?」
奏子がキョトンとする。
「館は奏子のおうちだよ」
「え? じゃあ……」
館がおうち……あそこに住んでるのは、継承者の家族と補佐する数人だけ……。
「奏子の名字は、梓? 梓奏子?」
「うん」
「汐さんの……妹?」
「そうだよ。汐は奏子のお姉ちゃん。今はママがお仕事でいないから、汐がママの代わりなの」
奏子が継承者の妹……。
そうか。
だから、この森は自分ちの庭と同じで、ひとりで自由に動き回れて……そこを狙われたのか……?
「ジャルドはお姉ちゃんを知ってるの? ジャルドはうちのお客さま?」
「うん、そう。昨夜来たんだ」
「ほんと? まだ帰らない? 一緒に遊べる?」
「うん」
「うれしい!」
無邪気に喜ぶ奏子。
さっきのこと……忘れちゃったのかな。
思い出させるのは、ひどいことか……?
だけど……。
5歳の子の記憶が、頭の中でどう処理されるのかわからない。
人は、恐怖やつらい経験の記憶を上手にしまい込める。
精神を守るために……自己防御ってやつだ。
ただし、リシールはちょっと違う。
リシールの精神は普通の人間より強い。
個人差はあるだろうけど、自分を守るために記憶をシャットダウンするそのボーダー……超えたら作動する設定ラインは、かなり高めだと思う。
継承者の僕はさらに許容値が高い。
そのおかげで。悪夢の記憶を未だ鮮明に持ち続けても、狂うことはない。
それが、僕にとっていいか悪いかは別として。
「いいもの見せてあげる」
奏子が僕の手を引いた。
館に向かって私道を進んでいた僕たちは、来た森と反対側の……丘に続く森の小径へと入る。
「あたしの一番大切なもの。すごくかわいいの」
「何だろう? 楽しみだな」
瞳を輝かせる奏子を見て、本当にそう思った。
それは、久しぶりの感情だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる