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第1章 始まり
出会い
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午前中、継承者との顔合わせがあった。
梓汐という名で、きれいな人だった。
まだ大人じゃないけど、とても大人びていて。
リージェイクが見惚れるように彼女をジッと見ていた。
昼食会のあと。やっと時間が空いて、ひとりで館の庭に出た。
庭といっても、普通のサイズじゃない。
丘が丸ごと庭で。2キロくらいある私道のある森も館の敷地だ。
イギリスの山奥の森と違って鹿やイノシシはいなそうだけど。木と緑に囲まれた空間は、僕の心を鎮めてくれる。
館から大通りまで続く私道を1キロくらい下ってから、丘と反対側に入って歩く。
10月の終わりの午後2時過ぎ。
空は晴れていても、木々の生い茂った森の中はひんやりしている。
森に入って5分ほど経った頃、ザクザクと急ぐ足音が聞こえてきた。
咄嗟に近くの大きな木の幹の後ろに身を隠す。
何も悪いことはしてないんけど、なんとなく。
少しして、僕の前をひとりの男が通り過ぎていった。
歳は30~45くらい。
森にはそぐわないスーツ姿。
ネクタイは外されていて、シャツのボタンも半分開けられていた。
それよりも何よりも……気になったのは、男の顔だ。
紅潮した頬。
汗ばんだ額。
そして、あの……性欲にギラつく目。
男の姿が見えなくなるのを待って、彼が来た方向に走った。
嫌な予感。
リシールの僕は、勘が鋭い。
でも。
そんな能力がなくても感じるほど、森が何かを内包している。
恐怖。嫌悪。
そして、悪いことをした人間が残した……罪悪感。
ここだ……。
茂みに半分隠れた、今にも朽ち落ちそうな小さな小屋。
その開いた扉から少し離れたところにある枯れ木の束の陰に、ひとりの少女がいた。
彼女を驚かさないように。
怖がらせないように。
ゆっくり、そっと……近づいていく。
10メートル手前まで足を進めたところで、少女が振り返る。
少女は、まだ幼かった。
5歳か、6歳くらいか?
怯えた感じはあるけど、泣いてはいない。
その瞳にあるのは警戒と、たぶん……まだ自覚できてはいないだろう、憎しみ。
僕を見た少女が素早く立ち上がるのと同時に声をかける。
「怖がらなくていいよ。僕は……」
僕は……何だ?
『何もしないよ』?
『敵じゃない』?
『あの男とは違う』?
『まだ子どもだから大丈夫』?
違う……!
そうじゃなくて……。
「僕は……きみを探しに来たんだ」
そう言った瞬間。
確かに何秒か、時間が止まった。
その止まっている間に、ぼくと少女を何かが繋いだ。
そう、感じた。
そして、それは彼女も同じだったみたいだ。
僕は微笑んだ。
彼女のほうに、両手を伸ばして。
少女が駆けてくる。
僕のもとに。
10メートルの距離。
ほんの2、3秒。
僕に飛び込んできた少女を、ぎゅっとした。
二人とも何も言わなかった。
何も言う必要はなかった。
声をあげて、彼女は泣いた。
僕も泣いた。
僕たちはお互いを守り合うようにしながら……ただ、泣いていた。
このとき、僕は決めたんだ。
僕はもう泣かない。
無力な子どもなんて、もうやめるんだ。
そして、仕返ししてやる。
そのためなら、自分さえいらない。
梓汐という名で、きれいな人だった。
まだ大人じゃないけど、とても大人びていて。
リージェイクが見惚れるように彼女をジッと見ていた。
昼食会のあと。やっと時間が空いて、ひとりで館の庭に出た。
庭といっても、普通のサイズじゃない。
丘が丸ごと庭で。2キロくらいある私道のある森も館の敷地だ。
イギリスの山奥の森と違って鹿やイノシシはいなそうだけど。木と緑に囲まれた空間は、僕の心を鎮めてくれる。
館から大通りまで続く私道を1キロくらい下ってから、丘と反対側に入って歩く。
10月の終わりの午後2時過ぎ。
空は晴れていても、木々の生い茂った森の中はひんやりしている。
森に入って5分ほど経った頃、ザクザクと急ぐ足音が聞こえてきた。
咄嗟に近くの大きな木の幹の後ろに身を隠す。
何も悪いことはしてないんけど、なんとなく。
少しして、僕の前をひとりの男が通り過ぎていった。
歳は30~45くらい。
森にはそぐわないスーツ姿。
ネクタイは外されていて、シャツのボタンも半分開けられていた。
それよりも何よりも……気になったのは、男の顔だ。
紅潮した頬。
汗ばんだ額。
そして、あの……性欲にギラつく目。
男の姿が見えなくなるのを待って、彼が来た方向に走った。
嫌な予感。
リシールの僕は、勘が鋭い。
でも。
そんな能力がなくても感じるほど、森が何かを内包している。
恐怖。嫌悪。
そして、悪いことをした人間が残した……罪悪感。
ここだ……。
茂みに半分隠れた、今にも朽ち落ちそうな小さな小屋。
その開いた扉から少し離れたところにある枯れ木の束の陰に、ひとりの少女がいた。
彼女を驚かさないように。
怖がらせないように。
ゆっくり、そっと……近づいていく。
10メートル手前まで足を進めたところで、少女が振り返る。
少女は、まだ幼かった。
5歳か、6歳くらいか?
怯えた感じはあるけど、泣いてはいない。
その瞳にあるのは警戒と、たぶん……まだ自覚できてはいないだろう、憎しみ。
僕を見た少女が素早く立ち上がるのと同時に声をかける。
「怖がらなくていいよ。僕は……」
僕は……何だ?
『何もしないよ』?
『敵じゃない』?
『あの男とは違う』?
『まだ子どもだから大丈夫』?
違う……!
そうじゃなくて……。
「僕は……きみを探しに来たんだ」
そう言った瞬間。
確かに何秒か、時間が止まった。
その止まっている間に、ぼくと少女を何かが繋いだ。
そう、感じた。
そして、それは彼女も同じだったみたいだ。
僕は微笑んだ。
彼女のほうに、両手を伸ばして。
少女が駆けてくる。
僕のもとに。
10メートルの距離。
ほんの2、3秒。
僕に飛び込んできた少女を、ぎゅっとした。
二人とも何も言わなかった。
何も言う必要はなかった。
声をあげて、彼女は泣いた。
僕も泣いた。
僕たちはお互いを守り合うようにしながら……ただ、泣いていた。
このとき、僕は決めたんだ。
僕はもう泣かない。
無力な子どもなんて、もうやめるんだ。
そして、仕返ししてやる。
そのためなら、自分さえいらない。
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