101 / 110
第11章 解放する者
オレはもう手遅れ
しおりを挟む
「もう少し先にこの薬使う予定あんだけど、そん時手伝って」
僕を映す破壊者の瞳を見つめながら、頭の回転をフルスピードにして考える。
睡眠薬を使って凱が行うとすれば、悪になって悪を制することだろう。
その行為に僕が加担する……今イエスと言えば、自分の意思でやることになる。
悪になるのはかまわない。
僕はきっと、その前にすでに悪の側に行っているだろうから。
そして。
凱が壊すのがチャイルドマレスターなら、それは僕にとっても制すべき悪人だ。
僕は凱を信用出来る。
ただ……ためらう理由が二つある。
ひとつは、リージェイクへの罪悪感。
凱を悪の狂気から救いたいと願う彼の思いを、僕は知っている。
その上で凱を手伝う覚悟が……僕にはまだない。
リージェイクの牽制は、しっかりと僕に効いているみたいだ。
ふたつ目は、自分に対する不信感。
奏子に性的虐待をしたヤツへの復讐は、僕の選択で僕が決めたこと。
だから、自覚するこの怒りはコントロール出来るはず。
だけど。
凱の飼う負の部分に触れた時、僕はそれに食われずにいられるだろうか。
彼の狂気に抗って自分を保つ自信がない。
まだ負の部分を解放したことがない僕は、それが自分に何を与えて何を奪うのかわかっていないから。
「凱。僕……」
「冗談。そんな顔すんなよ」
凱が切れた唇の端を上げる。
「こんくらい、対価取るほどのもんじゃねぇからさ」
「でも……」
眉を寄せたまま、続ける言葉を探した。
「僕に出来ることがあって、凱が協力してほしいなら……そうしたいと思ってる」
「サンキュ。じゃあ、そん時になったら頼むね」
「うん……」
絡まる視線。
僕の瞳に見えた何かに、凱が目を眇める。
「今みたいに迷うなら、悪いことなんかしねぇほうがいーよ」
迷ってなんかいない。
そう……言えなかった。
「ジャルドはオレと同類だけどさー、まだ決定的に足んねぇとこがあんの」
「何?」
「人が苦しんでるとこ見た経験」
少しの間をおいて、強張っていた表情を緩める。
「そうだね。自分が苦しめてる人を見たことはないから。慣れるまではきついだろうな」
言ってから驚いた。
慣れるくらい経験を重ねる気で……人を苦しめるつもりでいる自分に。
「悪いヤツが苦しむのは当然だから、何すんのも平気になるけどねー。そうじゃねぇ人間傷つけんのは、自分のこと犠牲にするよりきついぜ」
「僕もそう思う」
「出来んの? おまえに」
凱の真剣な眼差し。
「まだ早ぇんじゃねぇの?」
そうかもしれない。
でも、僕の計画する復讐は延期出来ない。
僕はまだ子どもだけど、大切なものは守るって決めたんだ。
「昨夜のアレ見て、あの程度でビビったんだろ? おまえが何するつもりか知んねぇけど、自信あんの?」
続く問いに答える前に、静かに深呼吸する。
「悪になった僕なら出来る。少なくとも、その覚悟でなるよ。あとで苦しむだろうけど後悔はしない。実際にそういうことするとしたら、だけど」
「自分に可能ならどんなんでも?」
「可能でもやらないこともあるでしょ? 目的のためなら、凱は何でもするの?」
僕を見つめたまま、凱が目を瞬いた。
「何でも……そーね。必要なら、オレはおまえをレイプすんのも出来る。泣き叫ばれても怯まねぇでやれるぜ」
一瞬。僕の聞き違いかと思った。
すぐに、正しく聞けていたその言葉と口元だけの笑いに少したじろぐ。
でも。
それも一瞬だけ。
「自分にとって一番最低なことだとしても……あなたなら、やれるだろうね。もし、必要な場合があれば」
「さすがにそんな場合はねぇかなー」
淡々とした僕の肯定に、凱が乾いた声で笑って続ける。
「まぁ、そんくらいの覚悟しとかねぇとってこと。思ったより深く堕ちっかもしんねぇじゃん? 底がどのへんか知っといたほうがいいだろ」
「最低の自分にもなれる覚悟……だね」
「今のは冗談じゃなくて本気」
凱が真顔で僕を見据える。
「レイプされたら、そいつは絶対許せねぇよな。だから、オレにやられたら殺していーよ。やる時はそこまで覚悟してやるから」
「万が一現実になった場合に、僕が殺さないとして」
実際に現実にそれが起きることは想像出来ないし、出来たとしてもしないけど……聞いておきたい。
「凱は……自分を許せる?」
「許せるわけねぇだろ。でも、もうとっくに許せねぇことしちゃってるからさー」
それは何?って、聞こうとしてやめた。
凱の瞳が言いようのないほど暗かったから。
そして、思ったから。
それは、きっと。
リージェイクをレイプさせたことだ……って。
「オレはもう手遅れ。悪モノ壊しながら自分が壊れんの待つだけ」
「リージェイクが怒るよ。壊れないうちに戻るの待ってるんじゃないの?」
「あれはオレの勝手な思い込み」
「僕も待ってると思うよ」
「戻れても、やったことは消せねぇだろ」
「それでもいいじゃん。リージェイクが凱と同じ学校行くのは心配だからだと思うし、ここにいること決めたのだって……きっとそうだよ」
自分で口にしてわかった。
リージェイクがここにいるのは凱のためだ。
1年前に救えなかった凱を救いたくて……近くにいれば何か出来るかもって。
「今の学校ではちゃんとやってるぜ? マジメに勉強。友だちとも仲良く」
「友だちって……」
「コイツとは仲良しって感じじゃねぇけどさ」
凱が薬の束をカサカサと叩いた。
チラリと凱の顔の痣へと視線を巡らす。
「あーコレやったヤツは一応仲良し。かなり仲良い友だちもいるし、けっこう社交的にやれてんの。ジェイクが見たらビックリするくらい」
「そっか。じゃあ安心だね」
「安心……かぁ。オレはちょっと心配」
「何で?」
「ジェイクがいんのは嬉しいけど、オレがいろいろやってることバレる危険あんだろ」
それを知ったら、リージェイクは今度はどうするつもりだろう。
「凱はいつまで続けるの? その……悪者退治?」
「オレが退治されるまで」
その意味を考えて、眉をひそめた。
「誰に壊されたいの? リージェイク?」
「言うじゃん」
僕を見る凱の瞳が、おもしろそうに笑う。
「やっぱいーね、ジャルドは。オレのこと理解してくれそう」
「したいと思ってるよ。凱の考え方とかモノの見方とか、僕に……必要になるかもしれないから」
「ふうん? こんな人間になっちゃっていーの?」
「普段は素直でやさしいまま、冷酷で悪賢い破壊者になれるなら……僕もなりたい」
正直な気持ちを口にした。
凱の瞳に仄暗い炎が灯る。
僕を映す破壊者の瞳を見つめながら、頭の回転をフルスピードにして考える。
睡眠薬を使って凱が行うとすれば、悪になって悪を制することだろう。
その行為に僕が加担する……今イエスと言えば、自分の意思でやることになる。
悪になるのはかまわない。
僕はきっと、その前にすでに悪の側に行っているだろうから。
そして。
凱が壊すのがチャイルドマレスターなら、それは僕にとっても制すべき悪人だ。
僕は凱を信用出来る。
ただ……ためらう理由が二つある。
ひとつは、リージェイクへの罪悪感。
凱を悪の狂気から救いたいと願う彼の思いを、僕は知っている。
その上で凱を手伝う覚悟が……僕にはまだない。
リージェイクの牽制は、しっかりと僕に効いているみたいだ。
ふたつ目は、自分に対する不信感。
奏子に性的虐待をしたヤツへの復讐は、僕の選択で僕が決めたこと。
だから、自覚するこの怒りはコントロール出来るはず。
だけど。
凱の飼う負の部分に触れた時、僕はそれに食われずにいられるだろうか。
彼の狂気に抗って自分を保つ自信がない。
まだ負の部分を解放したことがない僕は、それが自分に何を与えて何を奪うのかわかっていないから。
「凱。僕……」
「冗談。そんな顔すんなよ」
凱が切れた唇の端を上げる。
「こんくらい、対価取るほどのもんじゃねぇからさ」
「でも……」
眉を寄せたまま、続ける言葉を探した。
「僕に出来ることがあって、凱が協力してほしいなら……そうしたいと思ってる」
「サンキュ。じゃあ、そん時になったら頼むね」
「うん……」
絡まる視線。
僕の瞳に見えた何かに、凱が目を眇める。
「今みたいに迷うなら、悪いことなんかしねぇほうがいーよ」
迷ってなんかいない。
そう……言えなかった。
「ジャルドはオレと同類だけどさー、まだ決定的に足んねぇとこがあんの」
「何?」
「人が苦しんでるとこ見た経験」
少しの間をおいて、強張っていた表情を緩める。
「そうだね。自分が苦しめてる人を見たことはないから。慣れるまではきついだろうな」
言ってから驚いた。
慣れるくらい経験を重ねる気で……人を苦しめるつもりでいる自分に。
「悪いヤツが苦しむのは当然だから、何すんのも平気になるけどねー。そうじゃねぇ人間傷つけんのは、自分のこと犠牲にするよりきついぜ」
「僕もそう思う」
「出来んの? おまえに」
凱の真剣な眼差し。
「まだ早ぇんじゃねぇの?」
そうかもしれない。
でも、僕の計画する復讐は延期出来ない。
僕はまだ子どもだけど、大切なものは守るって決めたんだ。
「昨夜のアレ見て、あの程度でビビったんだろ? おまえが何するつもりか知んねぇけど、自信あんの?」
続く問いに答える前に、静かに深呼吸する。
「悪になった僕なら出来る。少なくとも、その覚悟でなるよ。あとで苦しむだろうけど後悔はしない。実際にそういうことするとしたら、だけど」
「自分に可能ならどんなんでも?」
「可能でもやらないこともあるでしょ? 目的のためなら、凱は何でもするの?」
僕を見つめたまま、凱が目を瞬いた。
「何でも……そーね。必要なら、オレはおまえをレイプすんのも出来る。泣き叫ばれても怯まねぇでやれるぜ」
一瞬。僕の聞き違いかと思った。
すぐに、正しく聞けていたその言葉と口元だけの笑いに少したじろぐ。
でも。
それも一瞬だけ。
「自分にとって一番最低なことだとしても……あなたなら、やれるだろうね。もし、必要な場合があれば」
「さすがにそんな場合はねぇかなー」
淡々とした僕の肯定に、凱が乾いた声で笑って続ける。
「まぁ、そんくらいの覚悟しとかねぇとってこと。思ったより深く堕ちっかもしんねぇじゃん? 底がどのへんか知っといたほうがいいだろ」
「最低の自分にもなれる覚悟……だね」
「今のは冗談じゃなくて本気」
凱が真顔で僕を見据える。
「レイプされたら、そいつは絶対許せねぇよな。だから、オレにやられたら殺していーよ。やる時はそこまで覚悟してやるから」
「万が一現実になった場合に、僕が殺さないとして」
実際に現実にそれが起きることは想像出来ないし、出来たとしてもしないけど……聞いておきたい。
「凱は……自分を許せる?」
「許せるわけねぇだろ。でも、もうとっくに許せねぇことしちゃってるからさー」
それは何?って、聞こうとしてやめた。
凱の瞳が言いようのないほど暗かったから。
そして、思ったから。
それは、きっと。
リージェイクをレイプさせたことだ……って。
「オレはもう手遅れ。悪モノ壊しながら自分が壊れんの待つだけ」
「リージェイクが怒るよ。壊れないうちに戻るの待ってるんじゃないの?」
「あれはオレの勝手な思い込み」
「僕も待ってると思うよ」
「戻れても、やったことは消せねぇだろ」
「それでもいいじゃん。リージェイクが凱と同じ学校行くのは心配だからだと思うし、ここにいること決めたのだって……きっとそうだよ」
自分で口にしてわかった。
リージェイクがここにいるのは凱のためだ。
1年前に救えなかった凱を救いたくて……近くにいれば何か出来るかもって。
「今の学校ではちゃんとやってるぜ? マジメに勉強。友だちとも仲良く」
「友だちって……」
「コイツとは仲良しって感じじゃねぇけどさ」
凱が薬の束をカサカサと叩いた。
チラリと凱の顔の痣へと視線を巡らす。
「あーコレやったヤツは一応仲良し。かなり仲良い友だちもいるし、けっこう社交的にやれてんの。ジェイクが見たらビックリするくらい」
「そっか。じゃあ安心だね」
「安心……かぁ。オレはちょっと心配」
「何で?」
「ジェイクがいんのは嬉しいけど、オレがいろいろやってることバレる危険あんだろ」
それを知ったら、リージェイクは今度はどうするつもりだろう。
「凱はいつまで続けるの? その……悪者退治?」
「オレが退治されるまで」
その意味を考えて、眉をひそめた。
「誰に壊されたいの? リージェイク?」
「言うじゃん」
僕を見る凱の瞳が、おもしろそうに笑う。
「やっぱいーね、ジャルドは。オレのこと理解してくれそう」
「したいと思ってるよ。凱の考え方とかモノの見方とか、僕に……必要になるかもしれないから」
「ふうん? こんな人間になっちゃっていーの?」
「普段は素直でやさしいまま、冷酷で悪賢い破壊者になれるなら……僕もなりたい」
正直な気持ちを口にした。
凱の瞳に仄暗い炎が灯る。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる