サイコな彩湖は僕を殺したがっている

たいこまる

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第一章 『歪んだ刃先』

九話 『残虐な演説』

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紀野は懐から拳銃を取り出しており、振り向き際に起立している群衆の脳天を一発も外さずに撃ち抜いて見せた。後列に座る女性の顔には霧吹きのように吹きかかった鮮血を浴びており、数秒の脳内整理を行った後、体育館が悲鳴に包まれた。
 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼」
 「うるさいよ君たち、はい、ばーんッ!」
 死体を見るなり慌てた様子で座席から立ちだし、行きに入ってきた入り口へと足を向ける。だが入館したときにあったはずの出口は閉じられており、数種類の南京錠が扉を雁字搦めにしていた。出口がない体育館、まるで柵の中で飼われた羊たちが狼に狩られる滑稽な絵図のように、立ち上がり悲鳴を上げる生徒は無様に射殺されていく。
 「ばーんッ! ばーんッ! ばーんッッッ‼」
 次々に地べたに倒れる生徒は、口からドバドバと血泡を吹き散らし、床一面を赤に変えた。逃げ回る生徒の頭部を砕く弾丸が金属音たて何度も体育館に響き渡る。木霊する弾音に耳を塞ぐ。
 自分の真横を通る弾速を目の当たりにし、反射的に腰を浮かそうとしたとき、
 「こ、ここで立ち上がったら射殺されるぞ!」
 自分手を掴み、立ち上がろうとした愛斗を物理的に止めた人物。ふと隣に座っていた生徒へ視線を向ける。
愛斗の眼前には小さく蹲る低身長の少女の姿があった。震える体で愛斗の服の裾を掴み、その真剣な瞳に圧倒され慎重に席へ座る。
 鳴り響く銃声と悲鳴が入り混じる現場にて、愛斗と小柄な少女は目を見合った。
 「なんで立っちゃいけないんだよ!」
 「絶対に立っちゃダメだッ! なんでか知らないけど、立ち上がった人が殺されているのだッ!」
 そう耳うるさい声で怒鳴られるものの、この現状を止めたいという気持ちが変わるわけでもない。はずだったのだが、
 「ざっとこんなものですかねえ~。うん、こんなものだ。それでは残った優秀な生徒さんたちは見事、一回目のテストを合格しましたぁーッ! 死んでしまった哀れなサイコパスじゃない人間は放っておいて、今日は祝おうじゃないかッ! 僕らが巡り合えたこの奇跡にッ!」
 時すでに遅し。舞台の上で狂気に染まった表情で、凶器に染めた拳銃を投げ捨てた紀野が失笑していた。黄土色の瞳を大きく揺らし、感動の言葉を添えて新入生を歓迎する。
 今、この場に残っている生徒の面構えを見ればわかる。同じだ。彩湖と、舞台で笑い声けている紀野と同じ人種だ。嗚咽の走る様な惨劇が目の前で行われ、悪辣非道な殺害の連続に誰も驚かない、泣かない、怒らない。まるで人形のような顔で喜怒哀楽を死体に向けない。否、喜びを見せる生徒は多くいた。
 「っち、やっぱり狂ってるッ!」
 拳を握り締め、それを自分の膝に叩きつける。体内に伝わる衝撃が怒りを即発させ、怒りは限界まで達することはなかった。
 悔やむ愛斗を心配そうな瞳で見つめる少女は、胸の前に手を当て呼吸を整えている。
 「お前もどうせ、どうせ奴らと同じだろ‥‥。そうやって命を低価値に捉えて、僕は、僕はもう‥‥‥、疲れたよ」
 疲労を露にする表情は絶命に対する易々とした考えを、生命は大切にと誓った性を大きく踏み潰す現実を、酷く呪ったような表情だった。
 「あ、秋根は違うのだ! 狂ってるのは周りなのだ!」
 「‥‥‥はぁ⁉」
 この学校に来る人はすべてサイコパス。そう勝手に偏見していたため正論が聞こえた時の過剰な喜びは計り知れなかった。
 少女の発言に唇を震わせ、驚愕に満ちた表情で見つめる。金髪の美しいショートは首を傾げることで微かに揺れ、幼い顔と体付きに年齢を疑ってしまう。何かに影響されたような語尾と生まれつきの鋭い目付きは和らぎ、安心させるような顔つきをした。
 「そう、秋根とお前はたぶん一緒なのだ」
 「い‥‥っしょだと‥…」
 確かな出来事は数回とあったはずだ。猫の殺害に残虐だと感じた心、目の前で銃殺される生徒を助けようとしたこと勇敢な思い。これはすべて人間が元から持っている感情であり、愛斗が人として重点を置いている部分でもある。以下の理由により少女と同じ普通の人間であることは確定。なんてことはなく、愛斗の
 「僕と君は一緒じゃない」
 「———————えっ」
 愛斗の発言に意外そうな表情を見せ、黙り込む少女。
 命は大切だ。しかし、それは愛斗自身が本当の人間のふりをしているだけで、結局性根は何一つ彩湖らと変わっていない。自覚はないだけで、彩湖は愛斗の狂った部分に気づいていた。だから彼女は同種と言ったのだろう。その言葉を一晩か考えるうち、自分が人間じゃないよな、そんな不可解な感覚に思考を弄ばれた。
 「僕は、僕はきっと死体を可哀そうと、そう思ってる人間らしい自分に浸っているだけなんだ」
 視界が黒ずんでいき、脳を覆い尽くしていく大きなノイズ。それは瞬く間に自分の意志を侵食していき、意識が朦朧とする。
 視野が狭くなっていき、舞台の上でマイクを持つ紀野を集中して見つめる。一点を集中して見つめることで、辛うじて意識を保っている。
 急に襲い来る疲労感と睡魔は体を、意識をゆっくりと飲み込んでいく。
——————まるで僕が僕じゃなくなるみたいな、そんな喪失感を感じた。
 「な、なぁ‥…、今の‥‥、僕って‥…」
 「ど、どうしたのだ?」
 先程雰囲気の違う愛斗の姿に息を呑む少女は、顔をこちらへと向けたその瞬間、喉の奥が大きく悲鳴を上げた。恐怖ではない。簡単な例であれば、羊の群れに羊の真似事をして生きてきた狼が居たかのような、不安感を揺さぶられるような絶望感がそこにはあった。
 「今の僕って、まだ人間か?」
 「————————————ッ‼」
 少女は見てしまったのだ。人間の皮を被り、人間の真似事に努力をした哀れな化け物の姿を。酷く切り刻まれたその心を、白く染めようと努力し続けた真っ黒な感情を。
 見えたその姿は愛斗の真の姿なのか、少女は片目から血を流す愛斗を見て震えている。痙攣している足に、膠着してしまっている体。
 路地裏での自分のような反応に疑問の顔を浮かべる。が、意識は正常に保っていられず、重心を失った体はよろめきながら地面に叩きつけられる。その前に、
 「大丈夫なのだ? い、今すぐ保健室に!」
 「————お、おまえ」
 自分の大きな体を小さな少女の体が支えていた。制服越しでも伝わる人肌での温かさ、その温もりにある包容力を感じ大きくなる鼓動が平常へと安定していく。心を満たしていた黒い霧が、脳を埋め尽くしていた大きなノイズが一変し、純白の雲が広がる晴天の空へと変わった。
 揺れる心、微かな記憶でこのような人物を母親と、そう捉えている愛斗は懸命に自分を助けようとする少女と照らし合わせていたのだ。
懐かしい日の思い出。今では失われた幼少期の思い出は掘り返すのも嫌気が差す家庭内暴力の日々。だが、確かにあったのだ。自分が心を許せる、ただ一つの存在が。その純愛に満ちた人物を、愛斗は母親と言う。
 「かあ‥‥‥さん」
 「秋根はお前のママじゃないのだ! 秋根は秋根! 七條 秋根なのだ!」
 「あき‥‥ね‥‥」
 「そうなのだ! とりあえず保健室に行くのだ! 誰か! この男を保健室に運んでほしいのだ!」
 全身の力が抜けていく。息をするたびに意識が朦朧としていき、視界が大きく歪む。鼓膜には甲高い少女の叫び声が永遠と木霊し、ふと愛斗の頬に一粒の雫が垂れた。熱い、その一滴の雫は続けさまに数滴、頬を撫でる様に流れ落ち、すでに意識が不確かな愛斗を優しさが襲う。味わったことのない熱い思いが心を滾った。
 薄暗く見えるのは少女が真剣な表情で周りに助けを求める姿だ。それも初めて会った他人のために声を張り、涙を流しながら叫んでいる。
——————嗚呼、なんだよこいつ。バカじゃないか…‥、本当に。
 そんなことを思うと意識はぷつりと途絶え、我慢していた猛烈な睡魔に飲まれたのだった。
 強く、激しい膨大な睡魔は一気に体へと押し寄せ、気を失うように睡眠に着いた。
 赤瞳の片目から流れていた血液は止まり、頬には赤いラインだけが残った。
最悪の入学式は無数の死体と大量の血液で飾られ、一生忘れない思い出となった。強烈な
二日間に精神は疲れ切っており、昨晩のつけも重なり今日に持ち越されたようだ。
 
ここ精神病質者育成学校、別名『生泉高校』での入学テストを、多数の死者を生み出して
しまいながらも乗り越えた愛斗は、静穏を望んだ脳内を満喫し眠りにつく。
 狂気、狂乱、狂人。まさしく異次元そのものを醸し出したこの学校はさらなる強者を兼ね備え、心から望む平凡を、真の日常を愛斗から奪い去っていく。
 暗闇の中を無作為に走り続ける人生は、ついに大きな壁にぶつかった。それも真っ赤で容易に乗り越えることができない高く危険な壁だ。
 それに躓いたとき、俯いたまま立ち止まっている愛斗にもう一人の人物がこう、声を掛けるのだ。
 「弱音を吐く前に行動に移せよ」
 聞こえた声の持ち主は一体誰だったのか。呪縛されたはずの過去の記憶が蘇ろうとしたとき、僕たちはまたきっと———————。
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