サイコな彩湖は僕を殺したがっている

たいこまる

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第一章 『歪んだ刃先』

十二話 『微笑ましい口論』

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「それで、この小学生は誰なの?」
 「お前、ずっと待ってたのかよ。えーっと、この子は秋根で、僕の看病をしてくれた同じ学年の女子だ」
 「小学生とはなんなのだ‼ 秋根は立派な高校一年生なのだ!」
 騒がしい帰宅前の校門で、小さな少女秋根とそれを文字通り見下す彩湖は口論になっていた。別に初めから会わせる気はなかったのだが、膨大な敷地である生泉高校で迷うわけにはいかなく、保健室まで連れて来てくれた秋根に仕方なく頼んだのだ。
 どこか抜けている秋根だが、中身はしっかりとしており、愛斗の安否を先生へと報告したり、高校のことをざっと説明してくれたりと、知り合って間もない愛斗に良くしてくれている良い友達だ。何より、彼女は生粋のアホだ。故に扱いやすく、機嫌を取るのも安易にできる。その点、安心して会話ができる。どこかのサイコパス女であれば速攻で刺殺されているだろうが。
 そんなサイコパス女、彩湖とアホな少女、秋根がガンを飛ばし合っている現状になんと声を掛けていいのか。
 「愛斗、あなた約束したわよね? 下校は私達だけって。誰よこの小学生、あなたそういう趣味だったのね」
 「約束はお前が勝手にしただけだろ」
 確かに朝に様々な約束を一方的にさせられたが、全てを覚えているわけではない。入学式であんな惨事があれば猶更だ。
 愛斗に向けられた彩湖の威圧するような視線に腹を立て、逆に眉間に皺を寄せ睨み返す。だがしかし、威圧する目は次第に狂気の瞳へと変わって行き、人間の基本的な危機感が仕事をし、反射的に小さな秋根の後ろに隠れる。
 夕日の差す校門で、何かを思い出そうとしていた秋根が手のひらを叩き、大きく目を見開いては声を大にして言った。
 「あ、そういえばこの女! 愛斗が保健室に居るのを知って、息を切らしながら飛んできた女なのだ! ずっと頭を撫でながら心配していた、あの女なのだ! やっと思い出してすっきりしたのだ!」
 突然の大声に二人とも秋根を見つめ、そしてその発言に場が凍る。
 まさか、そう思い秋根に向けた視線をゆっくりと彩湖へと傾ける。見慣れない景色に映える一人の少女、やはりどんな背景にしても絵になる美少女は恥ずかし気に俯いていた。
 「それってマジか?」
 「秋根は嘘つかないのだ!」
 再度秋根を見返し質問をするが予想通りの答えが返ってき、俯いたまま拳を震わす彩湖を二人して見つめる。
 いや、まさかあの人の心を失ったような冷血で残虐な彩湖が、そんな人を気遣うような行動をするわけがない。これは断定してもよく、あの現場を目の当たりにした僕だからこそ言えることだ。
 胸を張って下を向く彩湖を全否定すると、気が吹っ切れた愛斗は肩を叩き秋根のつまらない冗談に軽く謝罪を入れようとする。だが、
 「は、初めて仲間を見つけたから…、失うのが怖かっただけ! わ、わかった? ってなによその意外そうな顔は! もういい、独りで帰る!」
 「お、おい!」
 「何よ! 馬鹿にする気?」
 予想外の返事に呆気に取られた愛斗はここ一番のアホ面を晒し、それを侮辱だと勘違いした彩湖が呆れ、苛立ちの籠った言葉を吐きながら足早に校門出る。その前に愛斗は細い彩湖の腕を掴み、独りで帰らないよう振り返させた。
 揺れるスカートは風向に靡き、乱れる髪を片手で整える仕草をする彩湖に不器用ながらも笑顔を作り、
 「そのー、ありがとな」
 「———————っ! な、何なのよ本当! 入学式で倒れて、私に迷惑をかけて本当に! 本当に面倒ごとだけ押し付けて! それで、急に真面目になったりして! こっちの気が狂うのよこの、バカ愛斗!」
 強く掴まれた腕を振り払い、愛斗の肩を両手で掴みながらありったけの想いを吐く。徐々に強くなっていく握力に恐怖感を覚えながら、可愛げな姿を見せる彩湖に鼓動が加速する。
 「照れてるのだぁ~! あはははは、顔が真っ赤なのだ!」
 「っくッ! この女、殺してやるわ」
 「や、やめろッ!」
 羞恥心の限界度を超えた彩湖は愛斗から離れ、自前のカバンから自慢の鋭い包丁を取り出した。それを秋根に向け、一気に足を進める。一歩、たった一歩の歩幅で足りる距離に居る秋根に刃先は届かず。
 それを止めたのは他の誰でもない愛斗だった。
 「お前マジでそれはまずいぞ! ほら落ち着いて! 深呼吸をして! さぁ!」
 大きな瞳を掠る数ミリ手前で刃先は止まり、愛斗は両手を掴んだ彩湖を絶対に離さなかった。荒らぶっている精神を落ち着かせるまで、この手を離すことはできない。そんな強い意志の元、彩湖にアドバイスをする。
 「そうね。少しだけ落ち着こうかしら。ふー、はー、ふー、はー。うん、落ち着いたわ」
 「もう少し深呼吸した方がいいんじゃないのか?」
 「なんでかしら? 今の冷静な私には必要ないと思うのだけれど」
 「いや、必要あるだろ。その手、なんだそれは?」
 「何かしら?」
 すっ呆ける彩湖の手には再度刃先を近づける恐ろしい殺意があった。それを一心に向けられ、味わったことのない恐怖感と危機感に挟まれ秋根は気絶した。
 狂気、それに圧倒される現場では泡を吹き、崩れ落ちる少女が一人、この現状に唖然とする男性一人、勝ち誇る少女一人。
 「あっ、ぶねぇ」
 泡を吐きながら後ろへと落下していく少女。それを反射的に受け止め、辛うじて綺麗な肌に傷が付くのを防ぐことが出来た。
 「あなた…、その手」
 安堵の溜息を吐く愛斗に向けられた細い指は秋根の体を指しており、無言の圧力に押され視線を通す。
 腰を低くし、その幼き体を支えている愛斗は今の状況に大きく胸がざわついた。指先に伝わるのは確かにある膨らみ、小さな弾力ではあるが確かな物となっている。制服越しでも伝わる胸の音に軽い冷や汗を掻き、
 「ち、違うんだ! これは不可抗力で! 僕は別にこういう趣味があるわけじゃないんだ!」
 「へぇー、そうなの。知らなかったわー」
 突然態度が急変した彩湖の視界には、まだ未発達状態である体を持つ少女、秋根の貧相な胸に指を沈める少年がそこには居た。
ぱっと見犯罪を犯している容疑者にも見える愛斗だが、これでも一人の少女を救ったと言え、称賛の声を与えられてもおかしくない。はずだが、それは一つのミスで泡のように消失した。
 「あぁ! もういいよ。ほら、僕も今日は疲れた。帰るぞ」
 「わかってるわよ」
 秋根を背中にぶり、微かな体重が愛斗へ負担を掛ける。それは本当に苦にならないもので、平然と校門をくぐり学校外へと出た。
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