ソッチドッチ ~魔王と聖女の入れかわり! 入れかわれば、本当の姿が見えてくる?~

櫻恭史郎

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第173話 ふたりだけの秘密

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 フランスはイギリスに、昨夜あったことから全部話した。

 夜遅くに呼び出されて、傷ついたシャルトル教皇を癒したが、傷が深くて治しきれなかったこと。今日、彼の手に触れたときに、熱に気付いたこと。教皇付きの助祭が不在で、助祭がもどるまでシャルトル教皇の看病をしていたこと。

 ガルタンプ大司教のあごが成長していることで笑った話までした。

 イギリスが、すべて聞き終わってから行った。

「昨日、城を見て回ったが、教皇直属の騎士団はほとんど聖女の護衛に人員をさいていそうだった」

「どうやって、城中回ったのよ」

「愛らしいネコの姿で」

 愛らしいって、自分で言うのね。

 フランスは、首をかしげて言った。

「そのせいで、聖下のまわりにひとりも護衛騎士がいなかったのかしら?」

「ひとりも?」

「ええ、わたしが夜遅くに呼ばれて行った時には、ひとりも護衛の騎士がいなかったわ」

 イギリスも、すこし考えるようにして言った。

「それで、よく切り抜けられたな」

「聖下が、ふたりも、がたいの良い刺客を倒したのかしら」

「自分を守る術くらいは、備えているのかもな。護衛騎士の入れ替わりの時間を狙われたか、内通者がいるんだろう」

 聖下の言葉を思い出す。

『ここには、信用できるものが少ない』

 裏切り者が、すぐそばにいるかもしれない、と思いながら過ごし続けるのは、どんな心地かしら。

『助祭が戻るまで、ここに……、側にいてくださいませんか?』

 そう言った後、側にいる、とフランスが答えた時の、シャルトル教皇の安心したような、ほっとしたような顔。

 すこしでも、休まるひとときになっていれば、いいけれど。

「きみも、これからは気をつけた方がいい。権力に近づけば、それだけ、危険に近づく」

 そう言うイギリスの顔をじっと見つめてから、フランスは聞いた。

「そうね。……あなたも、今までたくさん、そういうこと、あった?」

「そうだな。最近はなくなったが、まだ帝国が今ほど大きくなかった頃には、毎日のように」

「つらいわね」

 イギリスが、なんてことないように言う。

「心臓を貫かれても、死ねなかった」

「そんな言い方しないで」

 フランスが、イギリスの腕にふれると、彼はひとつ小さく息をついてから言った。

「最初の百年は、ただ、必死だった。時代の波は残酷だ。気を抜けば、強いものに取り込まれてゆく。毎日のように地図が変わる。ふりかかる火の粉を振り払う以上に、たぶん殺した」

 イギリスは、落ち着いた声で、淡々とつづけた。

「次の百年は、強くあることを望まれた。帝国を守る、赤い竜として。強く望まれれば、それだけ強く厭う者たちもいる。誰が本当の味方かも分からない中、次々まわりの人間が死んでいった。いつも、どこかから刃が飛んできて、口にするものは毒まみれだ」

 フランスは、淡々と話すイギリスの横顔を見つめた。

 皇帝として生きた、イギリスの道。
 想像もつかないほど、血にまみれた道かもしれない。

「その次の百年は、まるで本当に……、人間ではないものとして扱われるようになった。どんな手を使っても、殺すことのできない、赤い竜」

 話だけ聞けば、おそろしい人のようにも思える。

 フランスは、イギリスの腕にふれている指先に力をこめた。

「あなたは、人間よ。最高の男。そうでしょ」

 イギリスが、フランスのほうを見て言う。

「どんな人間よりも、長く生きた分だけ、多くの人間を殺したかもしれない。この手で」

「……」

「おそろしくないのか?」

「その話はおそろしい気がするわ。でも……、目の前にいる今のあなたから感じるのは、誠実さや、正直さや、穏やかで優しい気持ちよ」

 あと、孤独も。

 イギリスが、フランスの手に、自分の手を重ねるようにして、そっとふれて言った。

「最初の百年のわたしなら、シャルトルと同じようにしていたかもしれない。心臓を貫かれれば、死ぬ身ならなおのこと。必死で手を打つだろう。最も効果的な一手を」

 そうだ。

 聖下は、重ねてきた。

 最も効果的な一手を。
 ひとつ、ひとつ。

 そうして、教国はどんどん大きくなったし、聖下の人気と実力があるからこそ、今回の改革にたどり着いた。

「わたし、できるだけ権力に近づかないようにしていたのよ。今までは。でも、聖下が描く先を、わたしも見たいの。アキテーヌを追われて、奴隷になって、教会に見つけられて聖女になった。その、いずれの道も、自分で選んだものじゃない。いずれの道も、拒むことのできないもの。自由に、道を選べる国になってほしい。女も、男も」

「それで、ベルンの泉に自由を願ったんだな」

「ええ。ずっと、あこがれているの、自由に。あなたは? あなたは何を願ったの?」

 イギリスは、しばらく何も言わなかった。

 ずいぶんしてから言った。

「生きる、理由だ」

「……」

「死ぬことができないなら、せめて……、生きる理由が欲しいと、そう、願った」

「……」

 イギリスが、もしベルンの泉に死を願っていたらどうしよう、そう考えていた。でも、彼が望んだのは、もっとささやかで、切実なものだった。

 帝国の皇帝たる男が、魔王と呼ばれおそれられている者が、死ぬことをゆるされない彼が、たったひとつ望んだのは——、生きるための理由。

 それだけ。

 でも、彼にとっては、切に求めるほど、手に入らないもの。

「なぜ、きみが泣くんだ」

「あなたのこと、抱きしめても?」

 お互いのことを抱きしめる。

 フランスの腕の中にいるのは、まちがいなく、ひとりの人間の男だ。

 フランスは、その背をなでた。
 イギリスが、フランスを抱きしめる力が強くなる。

 フランスは、イギリスの背を撫でつづけた。

 せめて、今、この瞬間だけでも、彼の心がなぐさめられますように。ずっと、彼の側にいて、この背をなでつづけてあげられたらいいのに。彼が、ひとりで、悲しみを抱えたりしないように。

 主よ、彼の持つ罪は、どれほどのものでしょうか。

 帝国の皇帝として、多くの者の命を奪った彼の持つ罪は、ぬぐいされないほど大きなものでしょうか。

 どうか、その罪をさばかねばならないとしたら、その罪の半分をわたしにお渡しください。彼の持つ、罪も、悲しみも、すべて、わたしに半分与えてください。

 すべてを背負って歩くには、彼は疲れすぎています。
 わたしにも、ともに背負わせてください。


 あなたの愛は、大きいから。

 彼にも、その手を差し伸べて、あたためてくださると。


 信じます。




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