この世界に、まだ音楽はない

シズク

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第一幕 第二場 小さな村にて

第12話

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 木陰に入ると、風がやさしく葉を揺らした。小屋の裏手、古びた作業台の上に、レオは小さな木片を並べていた。

 「これ、なにを作ってるの?」

 ミナが興味深げに覗きこむ。

 「笛だよ。音を出す道具」

 「音って、口じゃなくても出せるの?」

 「うん。息と、この穴のかたちで、いろんな音を出せるんだ」

 レオは笑って、一本の笛を手にとった。まだ完成にはほど遠い粗削りのそれを、口にあてる。そしてそっと息を吹き込んだ。かすれたような高い音が、空にとけるように鳴った。

 ミナは目を丸くした。

 「今の……」

 「風の音みたいだったね。でも、これからもっとはっきりした音が出るようにするよ」

 村の人々にはまだ、音楽のことを語っていない。ただ、“音の工夫”として、レオはこうして少しずつ道具を試していた。

 「音って、道具でも“うた”になるんだね」

 ミナの言葉に、レオはうなずく。

 「そう。声も、風も、水も、そして道具も。音がつながって、心にふれると、それが“音楽”になるんだ」

 その日の午後、レオは村の外れで笛に使う木材を探していた。村人たちは、彼のことを奇妙な目で見ることもあるが、表立って否定することはなかった。だが、どこか距離を置いているような雰囲気も感じる。

 「レオ」

 後ろから声をかけられて振り返ると、ミナが走ってきた。

 「ばあちゃんが、干し草の小屋、使っていいって」

 「ありがとう。材料も増えてきたから、作業場が欲しかったんだ」

 ミナは息を整えながら、レオの手元を見た。

 「……それ、音が出ると、どうなるの?」

 「まだ未完成だけど、たとえば……」

 レオは、別の木片を組み合わせて叩く。二つの音が、乾いた空気の中で響き合った。

 ミナはその音を聞いて、ほんの少し肩をすくめる。

 「心が、くすぐったくなる感じ」

 「それが、“音楽”のちから、だよ」

 レオはぽつりと言った。

 「この村では、きっと、すぐには受け入れてもらえない。でも、少しずつなら……いつかは届くかもしれない」

 ミナはうなずいた。

 「……わたし、また“うた”をうたってみたい」

 「そう言ってくれると、心強いな」

 レオは微笑む。彼女が感じたその“くすぐったさ”こそ、この世界に芽生えはじめた音楽の兆しだ。

 夕暮れ、干し草の小屋に簡単な作業台を置いた。レオはそこで、楽器の試作を続けていくつもりだった。材料を集め、音を確かめ、形を探る。何度も失敗しながら。

 けれど、この世界で音楽が生まれていくなら、まずは音の「かたち」を作るところから始めるしかない。

 空が茜色に染まるなか、レオは一度だけ、口笛を吹いた。高くも低くもない、どこにも属さない音だった。

 でもその音に、ミナは立ち止まり、耳を澄ませた。

 遠く、村の犬が吠える声が、わずかにこだました。

 新しい世界の夜が、そっと始まろうとしていた。
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