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第一幕 第二場 小さな村にて
第17話
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次の日の朝も、広場の様子は変わらなかった。
でも、ほんの少しだけ、違っていた。
レオたちが広場の端で木槌を手にしていると、その様子をちらちらと気にする視線があった。作業の合間に、何人かが足を止めている。近づくことはない。でも、音が鳴れば、かすかに首を傾ける者がいる。
「……昨日より、空気がやわらかい気がする」と、クルミアがつぶやいた。
「うん」と、レオも静かにうなずいた。
そのときだった。
「……ねえ」
声をかけてきたのは、レオたちよりも少し年上に見える青年だった。背は高く、体は引き締まっている。鍛冶仕事をしている家の息子、ルシオだった。
「昨日、少し聞いた。お前たちの……それ」
「これ?」レオが木の板を指す。「まだ名前はないけど、音が出るんだ。叩くと、響く音が違う」
ルシオは近づいて、ひとつの板を見つめた。「……なんのために?」
「伝えるために」と、レオはまっすぐに答えた。「気持ちとか、景色とか、言葉にならないものを、音で」
「ふうん……」
ルシオはしばらく黙っていた。やがて、少し照れくさそうに言った。
「……昨日、聞いたとき、ちょっとだけ……不思議な感じがした。なんか、頭の中が、静かになったみたいな」
「それが、うたの力だと思う」と、ミナが静かに言った。
ルシオは、ミナの顔を見て、それからクルミアとレオを順に見た。
「……叩いてみても、いいか?」
レオは笑ってうなずいた。
ルシオが木槌を手に取り、そっと板をひとつ叩く。
ぽん……という音が、朝の空気に溶けた。
ルシオは驚いたように眉を上げる。
「……なんか、思ってたより、いい音がするな」
その様子を見て、レオもクルミアも思わず微笑んだ。
「ねぇ、それってどう並べてるの?」
もう一人、別の声がした。今度は、洗濯を終えたばかりの中年の女性だった。さっきまでは遠巻きに見ていただけの人だ。
「音の高さで順番を決めてるんです」と、クルミアが説明する。「高い音と低い音、それを並べると……うたに合わせられるから」
女性はうん、と言って、でもすぐに口を閉じた。「……よくわかんないけど、ちょっとおもしろいわね」
彼女はそれだけ言って、また歩いていった。
レオは、まだ誰も真正面から理解してくれたわけではないと感じていた。
けれど、今朝のこの出来事は、間違いなく前進だった。
たった一人。けれど、誰かが一歩を踏み出した。
その夜、レオは作業小屋でノートを開いた。自分の世界で書いていた楽譜ではない。新しいこの世界での、「はじまりの音」の記録だ。
ぽん、ぽん、という木の響き。
ミナのやわらかな声。
クルミアの澄んだまなざし。
そして今日加わった、ルシオの戸惑いながらもまっすぐな一打。
それはまだ旋律にはなっていなかった。
けれど、そこには確かに「音楽」があった。
でも、ほんの少しだけ、違っていた。
レオたちが広場の端で木槌を手にしていると、その様子をちらちらと気にする視線があった。作業の合間に、何人かが足を止めている。近づくことはない。でも、音が鳴れば、かすかに首を傾ける者がいる。
「……昨日より、空気がやわらかい気がする」と、クルミアがつぶやいた。
「うん」と、レオも静かにうなずいた。
そのときだった。
「……ねえ」
声をかけてきたのは、レオたちよりも少し年上に見える青年だった。背は高く、体は引き締まっている。鍛冶仕事をしている家の息子、ルシオだった。
「昨日、少し聞いた。お前たちの……それ」
「これ?」レオが木の板を指す。「まだ名前はないけど、音が出るんだ。叩くと、響く音が違う」
ルシオは近づいて、ひとつの板を見つめた。「……なんのために?」
「伝えるために」と、レオはまっすぐに答えた。「気持ちとか、景色とか、言葉にならないものを、音で」
「ふうん……」
ルシオはしばらく黙っていた。やがて、少し照れくさそうに言った。
「……昨日、聞いたとき、ちょっとだけ……不思議な感じがした。なんか、頭の中が、静かになったみたいな」
「それが、うたの力だと思う」と、ミナが静かに言った。
ルシオは、ミナの顔を見て、それからクルミアとレオを順に見た。
「……叩いてみても、いいか?」
レオは笑ってうなずいた。
ルシオが木槌を手に取り、そっと板をひとつ叩く。
ぽん……という音が、朝の空気に溶けた。
ルシオは驚いたように眉を上げる。
「……なんか、思ってたより、いい音がするな」
その様子を見て、レオもクルミアも思わず微笑んだ。
「ねぇ、それってどう並べてるの?」
もう一人、別の声がした。今度は、洗濯を終えたばかりの中年の女性だった。さっきまでは遠巻きに見ていただけの人だ。
「音の高さで順番を決めてるんです」と、クルミアが説明する。「高い音と低い音、それを並べると……うたに合わせられるから」
女性はうん、と言って、でもすぐに口を閉じた。「……よくわかんないけど、ちょっとおもしろいわね」
彼女はそれだけ言って、また歩いていった。
レオは、まだ誰も真正面から理解してくれたわけではないと感じていた。
けれど、今朝のこの出来事は、間違いなく前進だった。
たった一人。けれど、誰かが一歩を踏み出した。
その夜、レオは作業小屋でノートを開いた。自分の世界で書いていた楽譜ではない。新しいこの世界での、「はじまりの音」の記録だ。
ぽん、ぽん、という木の響き。
ミナのやわらかな声。
クルミアの澄んだまなざし。
そして今日加わった、ルシオの戸惑いながらもまっすぐな一打。
それはまだ旋律にはなっていなかった。
けれど、そこには確かに「音楽」があった。
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