感染~殺人衝動促進ウイルス~

彩歌

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プロローグ

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それは制御のできない衝動だった。
例えるなら煙草、いや、麻薬に対する欲求に近いだろうか。否、そんな生易しいものではない。もっと血肉の着いた生々しいものだ。


はぁはぁと息が荒くなっている。馬乗りになり、首を絞めた相手はもう動かない。抵抗の証に手の甲に爪痕がくっきりと残っている。


こんなはずじゃなかった。
こんなことするつもりなんかなかった。
口論になったとはいえ、彼は親友ではないか。
ははと壊れたように笑いながらカタカタと震える手でスマホを操作する。
119にかけようとして頭を振る。違う。かけるのは110のほうだ。
すぐに電話は繋がり、男は、西野時雨にしのしぐれは告げる。


「親友を、殺しました……」


時雨は電話が繋がったまま意識を手放した。
その端正な顔にはつうと涙が一筋伝っていた。





「へぇ。君は生きてるんだね。はじめての生存者だ。どう?人を殺した感想は?」


目を開けるとそこは知らない場所だった。
消毒液の匂いに病院にいるのだと気づく。
声の主は白衣を着たまだ若い綺麗な女性だった。


「おはよう。起きているかい?わけがわからないという顔をしているね?説明してあげるよ。君はMIPVに感染し、椿遥人つばきはるとを殺害した」
「MIPV…?」

聞きなれない言葉に時雨は首を小さくかしげる。

「Murder Impulse Promotion Virus。ま、直訳すれば殺人衝動促進ウイルスだね。感染者は例外なく殺人を犯し、死んでいく。だが、君は感染者にもかかわらずこうして生きている。実に興味深い。今、このMIPVの感染者による犯罪が増えている。君には協力してもらうよ。拒否権はない」
「あなたは…?」
「自己紹介が遅れたね。私は神代結羽かみしろゆう。研究者で医者だ。で、君には彼女と組んで貰うよ。尤も知らない仲ではないようだけれど」


キイとドアが開いて入ってきたのはよく知る相手だった。ただ向けられる視線は冷たく凍てついている。


「理由はどうあろうと殺人は殺人です。どうして私があなたのような殺人鬼と行動を共にしなければならないのか理解できません」
「……」


昔向けられていたあの笑顔はもうどこにも存在しない。
彼女が、椿雨音つばきあまねが時雨に冷たいのは無理もないことだった。
なぜなら、時雨が殺した相手の名は椿遥人。雨音の兄なのだから。


「雨音。私怨は持ち込むな」
「わかっています、神代さん」
「あと、理解しようとするな。時雨がウイルスに対抗する“鍵”だとお前にもわかるだろう?」


言葉に詰まる時雨に雨音が歩み寄る。


「あなたには協力する義務がある」


あぁと頷き、差し出され握り返した雨音の手はびっくりするほど冷たく、華奢で弱々しかった。
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