イモータル・イモータリティ

ポプラと琥珀

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第1章

イモータル・イモータル2

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 ヘカトンケイレスは大地が産み出した巨人だ。大昔の大戦でオリュンポスの神々と敵対し、そのほとんどは滅ぼされ、残されたものもタルタロスに幽閉された、とされる。

「うん、その認識は正しい。当事者の見識を付け加えると、その大戦において、神々が最も苦戦した相手がヘカトンケイレスさ」

「テュポンは違うのか?」

「あの世界を包む怪物だね。あれをカウントするのは意味のないことさ。だってあれは誰の味方にもならず、ただ世界を壊し尽くした。まぁ結局は、血迷った大地の悪足掻きに終わったけどね」

ペルセポネはポットを持ち、三つのティーカップに茶色の液体を注ぐ。そして、そのティーカップを両の手で一つずつ持ち、「熱いから気をつけて」と俺たちに差し出した。

「話を戻そう。先程話した通り、ヘカトンケイレスはとんでもない強さだ。それこそ、一流の戦士千人分のね。君たちが千回挑んだとしても勝機はゼロだ。」

紅茶の香りが立ち昇る液体で唇を潤し、続ける。

「ただし、1万回挑んだ場合の結果は予想しかねる」

勿体ぶった言い方をしているが、ペルセポネが言いたい事はつまり、何回でも蘇る力を与えるから、それでヘカトンケイレスに無限に等しい勝負をしろと。

「めちゃくちゃって言うか、脳筋プレー過ぎないか、それ」

「あぁ、ヘカトンケイレスは神の血を持つ。ならばこちらも、神の、またはそれに等しい力を用いないと勝てないのは当然だろう。」

「そんなのは不死と変わらないよ。いいかい、メディ。どんなに必要な場面でも、僕らは、信念に背いちゃいけない」

いつにもまして真剣な表情。パンデオンの言う通り、これでは本末転倒だ。やはりペルセポネの提案には乗るべきではない。彼女もまた神であるならば、その手を取る訳にはいかない。

「そうか、神々を殺したいのか。 またとんでもないことを思いつくね、君たちは。」

「何で知って…」
一番知られてはいけない人物に、何故か秘密を知られている事実を前にして、俺たちは押し黙ることしかできなかった。

「言ったろ? 冥界の魂は記憶そのもの。だから冥界の絶対的権能を持つ私には、君たちの覚えていない記憶も、今さっき思いついた事も、全て可視化されるのさ。さぁ、質問をしよう」

目が変わった様な気がした。まるで、こちらから目を背けた瞬間に、とって食われそうな、そんな威圧感を放っている。

「ただの人の子よ、くれぐれも嘘は吐くなよ。うっかり床が抜けて、冥界の底に突き落としてしまうかもしれないからね。ディオメデスにパンデオンよ。君らは何故、神々を殺したがっている?」

不都合な回答をしたら即座に殺す、と言いそうなペルセポネを見据え、俺は、カップの紅茶を一気に胃に注ぎ込み、覚悟を決めた。

「不死の神々が統治する世では、これ以上人類は発展しないだろう。」

「その心は」

「神は好き勝手し過ぎた。気まぐれで殺されたり、執着されたり、ほんの少し思い上がった人間を惨殺したり、国の命運を決めるのも神だった。今はそうでなくとも、かつて生きた人々の畏怖は、はっきりと受け継がれている。そして、神々への畏怖による信仰は、俺たちを弱くした。人同士で解決できるはずの事も、神に頼るようになった。だから、人間の発展に、お前らは邪魔なんだ」

「その慧眼、寓目に値するよ。しかし、君らは結果しか見ていないようだ。信仰を有さない君らは強者さ。だが弱者は、信仰の民は神々がいなくなったら誰に縋ればいい?」

「それは極論だと思います。人の力は強い。神の手を借りず、手を取り、助け合うことはできるはずです」

「いいや。どんな世界であろうとも、人は神に救いを求めるさ。パンドラの血を引いている時点で、君ら人間の心は我欲に塗れている。協力し合うなんて不可能さ」

「なら、このまま衰退もせず、発展もしないで人類は存続しろと? それでは一体、我々が生き続ける意味は何だと言うのですか!」

「それを言われては返す言葉もない。しかし、どんな事にも犠牲は付いてくるものだ。人間が神々から自立したとして、その先に破滅がないとは言い切れない。そんなリスキーなことをするくらいなら、我々は現状維持を求める。神々は人間を愛しているのさ。だからこそ自分らの手中で保護したい、愛でていたい。そんな執着深い神々の気持ちを汲み取ってはくれないか?」

「神々が、人に愛玩動物と同じ感情を持っているなら、ますますこの世界を変えなければならない重要性が増した。意志を持つ人間を甘く見るな。俺たちは、あんたらの力を借りずともコスモスを維持できる!それを結果で証明してやる!」

そこまで言うと、ペルセポネから威圧感が消えた。彼女はまた、無垢な笑顔貼り付けて言った。

「そ生半可な覚悟で言ってるなら、タルタロスの最奥にぶち込んでやろうと思っていたよ。君らの本気はある程度は証明された。後は見せて貰うとしよう。あぁ勿論、協力はさせてもらうさ」

「いいのか? あんたも神だろ?」

「何もない冥界で過ごしていると、娯楽に飢えてしまうのさ。だからこれは、ただの遊び。君らも軽い気持ちで私を利用していいさ」

俺たちは束の間に安堵し、まだ苦難は序章に過ぎないことを、しばらく忘れることにした。
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