ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

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引率の先生(ジルさん)が連れ戻しに来たので、僕は2人の部屋を後にした。
荷物の整理をして、今日の楽しかったことについて話し、明日の町についてジルさんから情報を仕入れる。

明日は塩漬けが有名な町に行くらしい。
いろんな種類のお肉の塩漬けが並ぶから、じゃあ明日はたくさん塩漬けが食べられますねと言うと、塩分の摂りすぎは良くないと注意された。さすが先生。生徒の栄養管理もばっちりだ。

日持ちするから土産に買って帰ろう、と諭されながら僕は自分のベッドに潜り込む。

昨日はジルさんに我儘を言ってベッドご一緒させてもらったけれど、今日はちゃんと1人で寝る。

ツリーハウスでもずっと一緒に寝ていたから、久しぶりの1人ベッド。
1人だとこんなにもお布団の中が温まりにくいなんて。脚をすり合わせて、気持程度の熱を生み出しながら自分がどれだけジルさんに甘えていたのか思い知る。

「疲れただろう」

枕にうずまる僕の頭を撫でるジルさん。
今日も今日とて微笑みが眩しいです。
それに加えてこのごろスキンシップが多めなので、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。

「僕は馬車に乗っているだけですから。それに、楽しくて疲れなんて忘れちゃいます」

「そうか、良かった。
明日も早い。今日はもう寝よう」

「あ、ジルさん!」

消灯しようとしたジルさんを引き留めた。

「どうした?」

「今日もありがとうございます。
こんなに優しい人たちに囲まれて、毎日楽しくて、幸せ者です」

こうしてしつこく毎日言わないと、伝え切れないほどに毎日膨らむ感謝の気持ちがいつかはちきれそうなのだ。
ウザがられる覚悟でしつこくしても、皆優しく受け入れてくれるだろうと分かるから甘えてしまう。

「アキオにそう言われると、私も嬉しい」

ほら、こうやって。いつだって優しい。

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」



ーーーーーーーーー

心地よい風に運ばれて、夢の中を漂う。
今まで過ごしてきた幸せな時間の中をふわふわと巡って、いつの間にか懐かしい場所にやってきた。

12年間僕が過ごした場所。施設に行って以来、一度も帰って来たことは無かった。父と母にとって僕は目に入れたくもない存在だと思うから。

2人は近いうちに僕を忘れるだろう。もしかしたら、もう忘れているかもしれない。僕もいつか父と母のことを忘れて、自分に向き合う事ができたら。そう思っていたのに。
どうしてここに辿り着いてしまったのだろう。



『なんなのよ・・・なんであんただけそんな呑気にしていられるの・・・』

・・・お母さん?

『俺の働いた金で食うだけ食って、仇で返されるとはな』

お父さんも。

なぜ2人がいるの?
あれ?いや、ここはお父さんとお母さんの家だから当然か。
でも僕が小学生の時と変わらない姿のままだから、当時の記憶が無理矢理浮かび上がる。

『私たちが周りからどんな目で見られてるか知ってるの?蔑まれて、煙たがられて・・・』

『お前のせいで、会社でも噂を立てられて仕事も無くなった』

どうして?
どうしてお母さんは嫌われたの?
どうしてお父さんは会社を辞めさせられたの?

みんなどうしてお父さんとお母さんをいじめるの?

『全部あんたのせいよ!!あんたが家を出て行ってから、我が家はめちゃくちゃ!なんで、なんであんただけそんなに幸せそうなのよ!!許せない・・・許せない!!!』

お母さんはリモコンや雑誌を投げつけてくる。

『どうせお前が周りの大人に俺たちのことを悪く言い回ってたんだろ?』

そんなことする訳無い。
脚が腫れて歩き方がおかしくったって、先生には本当のことをちゃんと隠した。
だって僕はあなた達の暴力に心を支えられていたから。暴力を振るわれている間は僕が確かに存在していると分かるから、それだけで頑張れた。

誰にもお父さんとお母さんの事を嫌って欲しくなかったから、頑張ったのに。

『お前が生んだんだろ!?』

『はあ!?私のせいなの!?』

やめて・・・。喧嘩しないで。

僕は幸せになってはいけないのかな。
僕が誰かから愛情を貰うのは許されないことなのだろうか。だから2人とも愛してくれなかったのかな。

じゃあ、僕は何をしたらいい?
何をすれば2人は僕を愛してくれるの?

『あんたみたいなやつ、生まなきゃ良かった・・・』

そうか。僕がいけないんだ。
僕さえいなければ。




ーーーーーーーーーーー

突然意識が浮上した。
何か夢を見ていた気がする。

寝ていただけなのになぜか全身が疲れていて、呼吸が荒い。
うっすらと部屋の明かりが付いている。

「アキオ、大丈夫か?」

目の前には何故かジルさんがいて、冷えたタオルで顔を拭ってくれていた。

「ジルさん・・・」

少し湿った額に風が吹いて、頭が少しずつ冷めていく。
精霊が吹かせてくれているのかな?

「僕・・・」

「夢を見ていたのか?」

「・・・そんな気が、します」

そう。僕は夢を見ていた。
何か良くない夢を見ていた気がする。
でもジルさんの顔を見た途端、夢の中に記憶を置いてきてしまったみたいに、全て頭の中から消え去った。

「顔色が悪い。何か飲むか?」

はい、と頷くと、慣れた手つきで抱き起こされ、市場でジルさんが調達しておいたらしい水を差し出された。
渇いた体に染み渡る。

「明日も天気がいいらしい」
「順調に進んでいるから、予定通り明後日には着くはずだ」
「ここはペカンの町とも大分感じが違うだろう?」
「何か気になるものはあったか?」

ジルさんは何気ない会話を続けてくれた。それはまるで僕を夢の世界から引き離そうとしてくれているみたいだった。

「今日は楽しめたか?服、よく似合っていた」

「服まで買ってもらってしまうなんて、本当に何から何まで・・・ありがとうございます」

そうだ。明日は今日買ってもらった服を着よう。
イガさんに選んでもらった服でオシャレに旅をすれば、気分も上がること間違いなし。

「これから生活するには入り用だろう。もう何着か買っておけばよかったな」

「そんな!充分です。充分すぎるくらいです」

充分すぎるくらいの優しさを貰ってとっても幸せなはずなのに、それが怖い。
さっきまでそんな事なかったのに。ただただ幸福に浸って、これからのことに多少の不安は抱きながらもこの世界での生活を心から楽しんでいたはずなのに。
僕はいったい何の夢を見たのだろう。
なぜ急に怖くなってしまったんだろう。


「そうだな。衣類は王都でも手に入る。荷物ばかり増えてしまっては大変だからな」

ジルさんのちょっとズレた回答に和み、そうこうしているうちにうとうとと、また心地の良い風に意識がゆっくりさらわれていった。
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