ある時計台の運命

丑三とき

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旅路

戦利品②

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わいわい楽しく話をしながら歩いていると、ひときわ威勢のいい声が響き出した。

「あんたたち軍人さんじゃないか!早朝から爽やかだねぇ、さっすが鍛えてる男は違うわ、顔つきが違う。背筋も伸びてるねぇ。こっちまでシャキッとするよ!おや、そこの坊やも可愛いねえ、迷子かい?サービスしたげるから見といでよ!」


「ここ…ですね」

「ここだね」
「間違いなくここです」

お菓子屋さんが言っていた「きっぷのいいおばちゃん」を難なく発見した僕たちは、その屋台を見まわす。

オイルやクリームが入っているおしゃれな小瓶や箱型の容器が並んでいる。お兄さんが持っていたチューブ型のも何種類かあった。
端には可愛らしい多肉植物の鉢植えがいくつか置いてある。

「お姉さん。僕、こちらの練り油をおすすめされて来たんです。ありますか?」

「やだねえこの子ったらお姉さんだなんて!あたしゃ今年で89だよ?まったくそんなこと言われたら照れちゃうじゃないの」

89。

え。
89!?

歳の話、でいいんですよね?
そっか、平均寿命120歳とかだもんね。
なるほど、やっぱり年齢分からない。

「お、お若かったのでつい」

「ははははっ!あんた若いのにやるねえ!」

なんだか少し恥ずかしいけど、おばちゃんのがはははという豪快な笑につられて、こちらも明るい気分になる。

「練り油ならこの辺りだね。何に使うんだい?」

指された場所はチューブが並ぶ一帯。
人差し指サイズの小さいものから歯磨き粉サイズまで様々だ。

「手荒れの保湿用に。生傷が多い人なので、傷口に触れても差し障りないものだと嬉しいです」

「だったらこの、匂いがあまりしないものがいいよ。ほとんど植物の成分だけで作っているから、傷口に消毒としても使えるんだ」

おばちゃんが手に取ったのは、お兄さんが持っていたのよりひとまわり大きくて値段も少し高い。
んー、比べるのはおかしいけどさっきのカルメ焼きの20倍はする…。
どうしよう、後々返すにしても、今は買ってもらう訳だし。

「アキオ君、せっかくならお姉さんのおすすめがいいんじゃない?」

「そうですね…でも」

「お金の心配ですか?大丈夫ですよ、時計の件のお詫びもありますし、何より良いものが見つかったんですから、妥協は良くありません」

本当はお詫びなんてしてもらっちゃいけないんだけど、でもどうしてもこれが良いと思ってしまったから他のものが考えられなくなっている。

「必ずお返ししますので。これにします。
お姉さん、これください」

「あいよ!いま包むからね。
坊やの口振りからして贈り物かい?」

「はい」

「もしかして恋人かい?」

「それは…。でも、とても大切な人です。いつか、そうなれたら幸せだなと思っています。その人のことを思って贈りたいんです」

「アキオ君…」

イガさんは口に手を当てて何やら感嘆の声をあげ、メテさんはニコニコと満足そうに頷いている。

「いやあ若いって良いね!おばちゃん試供品いっぱいサービスしとくからね!」

そう言って袋の中に、売り物よりもさらに小さなチューブや瓶を鷲掴みにして入れてくれる。

「いえ、そんなにたくさん…」

「いいんだよ。そこの軍人お二人の分も入れとくからね。仲良く分けなよ」

「すみません、お姉さん」

「いやっははははっ坊やうまいねぇ、それっもうひと掴みだ!」

「ああいえいえ!そんなつもりでは…」

出血大サービスを目の当たりにして、あまりの申し訳なさに何も言えなくなる。
でも知ってる。
こういうおばちゃんの『サービス』は、断ったらとっても怒られるし、遠慮する方が失礼になるんだ。
出張先の田舎の商店街に惣菜を買いに行った時、コロッケひとつしか頼んで無いのに5つもくれようとするから「いただけません」とお断りすると、「あんたそんなのはもっと肉つけてから言いな!」と言われ、「ではお支払いさせてください」と言うと「稼いでも無いのに生意気言うもんじゃないよ!」と言われた。
最初はちょっと怖かったけど、今思うととても暖かかったな。
そういう優しさをいくつもいくつもこの身に積み重ねてきたはずなのに、元の世界に居る時はその暖かさに気付くことが出来なかった。

結局コロッケ屋のおばちゃんには、ただ「すみません」としか言えなかったのが悔やまれる。
なんで「ありがとう」って言えなかったんだろう。
とても小さな後悔だけど、元の世界に残してきたものを強いて挙げるとすれば、人への感謝や真心だ。
あの時はなぜか何も感じることが出来なかった。

後悔は絶えないけど、過ぎたことを考えても仕方がない。
自分にできるのは、これからそんな後悔をしないように生きていくということだけだ。

「…ありがとうございます。本当にありがとうございます」

「いやだっ、坊やったら大袈裟だねえ。大丈夫だよ、あんたは愛のある子だ。きっとうまくいくよ」

「はい…!」

もう一度礼をして左右を見上げる。イガさんとメテさんも笑って頷いてくれた。

立ち去ろうとすると、おばちゃんが小さく手招きをし、小声でこう言ってきた。
「あ、ちょっとちょっと坊や。試供品だけどね、瓶の方は使い方がわからなかったら軍人のお兄さんに聞きな」

「あ…はい、分かりました。
ありがとうございます」

おばちゃんは最後に、頑張るんだよ!と僕の肩を叩いた。
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