ある時計台の運命

丑三とき

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王都

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「でも、この国にも新聞はあるのですよね?」

「あるにはあるが、発行しているのは国だ。城で官僚たちが作成している。
読むのは王都の一部の人間か、各地に駐在する軍人や町の教育者が主だな。それとてそう多くない」

「わたくしは一度、地方から来た商人が記念にと購入しているところを見ましたよ?」

ユリも思い出したように言った。


「僕もそういう方にお会いしました。ここに来るまでの町で市場の燻製屋さんが、ジルさんの絵が大きく載った新聞を部屋に飾ってるっておっしゃっていて」

「ぷっ、あっははは、アイツの絵が民間人の家にっ!それはぜひ見ていたいものだ」

口に手を当てて無邪気に笑う王様だったが、突如我に帰ったように僕の方に身を乗り出した。

「って。ちょっとまて。ということは、つまりアキオ殿の国では、いち民間人でも国中に発信できるような情報を手に入れられるということか?」


「はい。その町で何か動きがあれば、市長や町長……その土地のリーダーが会見を開きますし、国の決まりやお金の使い道を決める会議の様子なども、国民に伝えられます。まあ、情報にどのくらいの透明度があるかは分かりませんが」

「……素晴らしい」

「まさに、我々が目指す国の姿ですね」

感嘆の息を吐きながら真剣に僕の話に耳を傾ける王様の顔は、子供っぽい無邪気な表情とは打って変わり、一国の王としての威厳を惜しみなく纏っていた。


「あの、もし良ければこの国の新聞を読んでみたいのですが」

「ああいいぞ。サザ」

「はい。こちらが三日前に発行された新聞です」

サっと新聞を差し出してくれたサザさん。今どこから取り出したのだろう。
宰相として優秀に王の右腕っぷりを発揮しつつも、今のところ王様ともあろう人間を煽ったりからかったりする度胸が目立つ彼の人間性も気になるけど、僕はこれが三日前の新聞だということに引っかかった。

「あの、ここではどのくらいの頻度で発行されているんですか?」

「週に一度だ。アキオ殿の国は?」

「月に一度は休刊日がありますが、基本的に毎日です。朝刊と夕刊があって、一日に二度発行することもあります」

「なっ…そんなに激務をこなしていたのか!?」

「アキオ様にそのような働きを強いるなど!なんと無慈悲な……!」

「いえいえ、別に激務では……ある程度規模の大きい新聞社ならどこも似たようなものですよ。それに元の世界は魔法が無かった分、情報機器なども発達していましたし、皆さんが思われているほどの負担はありませんでしたから」

「そうか……。ではこの新聞は、アキオ殿の国とどのような違いがあるだろうか。読んでみてくれ」

「はい。ありがとうございます」

この世界ではまだ写真がそれほど発達していないのだろう。今まで僕が見たのはジルさんの時計に貼られていたアッザさんの小さな写真だけだ。
差し出された新聞にも、写真ではなく絵が使われていた。しかしそれも2、3箇所小さくあるのみ。あとは全て文字で埋め尽くされていて、レイアウトは日本の明治・大正期あたりの新聞に似ている。


「えっと……『ダリタリ町に於ける腐蝕被害報告は情報の到る毎に其の惨害程度の激甚なることが益明瞭と、国軍は取敢ず近隣地区にて従務中の軍医樹木医数名派遣、罹災民の収容所を急設し、重症者救護、樹木の応急修理等にあたる。一日後樹木医三名、軍医四名、隊員十四名到着、罹災民及樹木回復に向かい、~~~~~~・・・・・~~~~~~尚今回の腐蝕は去る十数里の地点にある如し貴地及近隣地上の状況報告相成り度し云々』」

記事は、旅の初日に出会った男性の故郷についてだった。救援状況が書いてある。

住民はみんな回復に向かっているらしい。住居も樹木医によって急速に整備が進んでいるとのこと。良かった。
良かった、けど……

「なんじゃ、こりゃ……」

「ど、どうしたアキオ殿」

「やはり新聞もお読みになれるとは!さすがでございます!……しかし、心なしか眉間にお皺が寄られているような。悩ましいお顔もなんと聡明なのでしょう」


いつだってユリはユリだ。


それにしても……

「これ、読めないです……」

「何を言う。今はっきりと読んでいたではないか」

「はい。読めることには読めるんですが、内容を理解するのは少し時間がかかるというか。僕たちが今話している言葉とは、少し違いませんか?」

「そりゃ国中に発行する正式な文書だからな。個人同士でやりとりする手紙とは訳が違う。
アキオ殿が作っていたものは違うのか?」

「僕の会社のルールとしては、わかりやすい口語体で書くのが原則です。より多くの人に伝えるためには、堅苦しい言葉遣いは禁止なんです。例えばさっきの文章の書き出しだと『ダリダリ町の腐蝕被害は、報告の上がるごとにその惨状が徐々に明らかになってきた』という感じでしょうか。これでもまだちょっと堅いかも」

「ほぅ、なるほど。それはわかりやすいな」

「はい!それならわたくしにも読めるかもしれません!さすがアキオ様!」

「え…ユリは新聞読めないの?」

「ええ。わたくしは地方の孤児院の出ですので、軍に入隊してから読み書きを覚えました。まだ簡単な文章しか読むことができません」

そっか。だから僕が新聞を読んだ時びっくりしてたんだ。聞くと、その他の軍人や給仕にもそういう人は多いらしい。


「しかしアキオ殿、そのような書き方では新聞の公共性が失われてしまうのではないか?」

「もしかしたら、僕の世界とは新聞の持つ役割自体が違うのかもしれません。この国では新聞は公的な文書なのでしょうが、僕の国では民間人が手軽に情報を得られるツールなんです。
大人だけじゃなくて、子供向けの物もありますよ」

「子供が…?新聞を読むのか?それは本当か!?」

「はい。絵や写真がメインで、色も多くて普通の新聞より読みやすいんです。
あっ、読者投稿欄とかもありますよ。読者の方々が日頃疑問に思っていることとか、日常の何気ない出来事とかを新聞社に寄せてくれるんです」

「素晴らしい。
……この国でも取り入れるべきです。
ヴェイン様、アキオ様に我が国の報道省で顧問をしていただきましょう!」

「アホかお前は!アキオ殿に負担がかかりすぎる!それに、アキオ殿のことをどう説明するつもりだバカ」

確かに、異世界から来たって明かすにはまだ状況が不安定すぎるし、だからといってこれ以上僕のせいで皆に嘘はつかせられない。

でも、いつか何かの形で力になれればって思った。
サザさんにはそんな僕の思いを見透かされてる気がする。


再び言い合いを始めた二人を微笑ましく眺めながら、褌を締め直す気持ちで小さく拳を握った。


あ、でも、頑張りすぎない。頑張りすぎない。
これは忘れない!
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