ある時計台の運命

丑三とき

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王都

いざ!見学

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「アキオ、よく来たな。疲れただろう」

「いいえ、とっても元気です」




宮廷から解散して食堂で昼食をとった後、食後の散歩がてら訓練棟に隣接する広場へやって来た。

ユリに、今なら軍人の演習を見学できますが行きますかと聞かれたので、意気揚々と向かったのだ。
そのユリはというと、僕を案内するやいなや「ではアキオ様、あとはごゆっくり」となぜかウインクをして宮廷に戻って行った。可愛かった。



広場では十数名の隊員さんが一対一の体術演習をしていて、一際存在感を放つジルさんと挨拶を交わした後に、彼が隊員たちに指導をしている最中だと気が付いた。
ジルさんを見つけた嬉しさで、周りなんて見えていなかったのだ。


「あ、ごめんなさい。お邪魔してしまいました」

「いいえ!とんでもございません!どうぞご自由に見学なさってくださいね。あっ、わたくしは歩兵隊のオリバーと申します!」

僕の言葉に答えたのは、ジルさんの指導を受けていた隊員さん。人の良さそうな柔らかい笑顔で挨拶をしてくれた。

「スワ・アキオです。よろしくお願いします」



「オリバー、お前は距離を詰められたときの捌き方が少々甘い。あれでは重みのある攻撃には押し負けてしまう」

「っ、はい!気をつけます!」

おお、仕事モードのジルさんだ。
いつにも増して真剣な表情は、こう……カッコいい。

「その点、間合いの取り方は上手い。もう少し直線を意識するといいだろう。次は相手への最短距離を思い描いてみろ。お前の瞬発力なら先に優位を取れるはずだ」

「は、はい!」

部下を褒めるその優しい声も、カッコいい。

「では、引き続き頑張れ」

「はい!ありがとうございます!」

オリバーさんはピシッと真っ直ぐにお辞儀をし、隊員の輪の中へ戻った。


「アキオ、私はあちらの班を見てくる。少しここで待っていてくれ」

「はい」

ジルさんは僕をそばにある椅子に座らせてから、また別の演習班のところに向かった。忙しそうだ。
広場は四区画に区切られており、ひとつひとつが闘技場のような役割を果たしている。


残された僕は、目の前で繰り広げられる体ひとつの攻防戦にヒヤリとしたり、いけいけ、と熱くなったり。
スポーツ観戦ってこんな感じなのかな。
今まで全然興味がなかったけど、楽しいかもしれない。
職種柄、会社ではテレビをつけっぱなしにしていて、野球中継が映るたびに記者たちが席を立ち興味深そうに見入ったり声援を送ったりしていた。そういう気持ちも今ならわかる。



「おうオリバー、何ニヤけてんだよ」

観戦に熱中していると、近くでヒソヒソと話す声が聞こえてきた。

「だってさ、聞いてくれよ。『間合いの取り方は上手い』だってよ。しかも『お前の瞬発力なら』、って…。最高司令官に褒められちまった。どうしよう俺、嬉しくてニヤけちまう」

「よかったじゃねえか!ジルルドオクタイ最高司令官、お優しいよな。入隊した頃はおっかなくて失神しそうだったけどさ」

「あぁ、最初に対面した時は泡吹いて倒れそうだった。でも恵まれてるよな。最高司令官直々に指導してもらえるなんて。俺、次は絶対勝つ!」


ガタイの大きな軍人たちが、親に褒められた子供のように目をキラキラさせている。なんだか可愛いと思ってしまった。
それにしても、泡吹いて倒れそうな風格ってどんななんだ。


「おいお前ら、いくら最高司令官が優しいからって気を抜くんじゃねえぞ」

そこに今しがた一戦を終えた、見覚えのある隊員が通りかかった。


「「クリスさん!お疲れ様です!」」

「お疲れ。お前らあの食堂での一件を知らねえのか?」

「食堂?」

「ああ。アキオ殿が最高司令官と一緒に食堂に来た時のことだ。
まぁ色々あってだな……間違ってもアキオ殿に色目なんか使うんじゃねえぞ。最高司令官の視線で氷漬けにされるからな」

通りかかったのは、いつぞやユリにお説教されていたクリスさんだった。

そっか。あの時クリスさんも食堂に居たんだ。
声をかけてくれればよかったのに。


「いやいや、いくら最高司令官でもそんな視線で氷漬けなんて」

「いいや甘いな。思い出してみろ。お前らも入隊の時に感じただろう?『このお方は絶対に怒らせちゃいけない』っていうあのオーラ」

オリバーさん達は視線を上に向けて何かを思い出すそぶりをした後、見てはいけないものを見たように青い顔をしてギュッと目を瞑った。

「……そ、そうですね」

「それに、罪人に向けるあの目も、絶対自分には向けられたくないっす……失神する自信があります」

「だろう?
……ん?おう、アキオ殿いたのか」

「こんにちは、クリスさん」

「こんにちは。
ははっ、今の話聞いてたか。すまないが、最高司令官にはナイショで頼まれてくれるか?」

「分かりました。シー、ですね。任せてください」

声をひそめて人差し指を口に当て、了解の意を示す。



「て、てて、天使……?」

「なんだこの、心が洗われるような感覚は……」

なんか聞いたことのある反応だな。
クリスさんは得意げになって「そうだろう、そうだろう」とにこやかに頷いている。

「お、俺もオリバーに負けないよう頑張るんで、見ていてくださいアキオ殿!」

声をかけてくれたのはオリバーさんと一緒にヒソヒソ話をしていた隊員さん。

「はい、ここで応援しています。頑張ってください」

ファイトのポーズで激励を送ると、隊員さんは
踊り出しそうな足取りで演習に混じりに行った。


「大丈夫かアイツ。いくらアキオ殿に浄化されたからって浮かれすぎだろ」

「ですね……あ、いや……ん?でもわりと良い線いってます。おぉ、押してます押してます!」

「ほんとだ。がんばれ、がんばれ」

僕も両手を祈るように合わせて声援を送る。

「お、あー、よしっ、あぁーダメダメもっと体幹体幹……おぉ、いいぞ、そこだ!」

隊員さんはアドレナリン全開で相手を追い詰めていく。
一度不意をつかれたが上体を反らしてなんとか避け、相手の体勢が崩れたところを突いて見事尻もちをつかせた。

「おぉ、すげぇ勝った」

「やるじゃねぇか!さすが、アキオ殿の応援のおかげだな」

「いいえ僕は何も……みなさん、すごいですね。とてもかっこいいです…!」

僕もカッコいい隊員たちのように両手で交互にグーを突き出して、パンチの真似事をしながら言ってみると、あたりには静かな空気が流れた。

……やばい。また失言をしてしまったのだろうか。


「……アキオ殿?そう言った言動は、無闇矢鱈にするもんじゃねェよ?」

「ご…ごめんなさい。ユリにも注意されるんです。気をつけます」

「うん。気をつけなさい。じゃないとホラ、こんなふうにみんなの頭がお花畑になっちまうだろう?」

ホラ、とクリスさんが指さした先には、オリバーさんはじめ数名の隊員がぽわぁ~っとした笑顔を浮かべていた。確かに頭の周りにはお花が飛んでいる気がする。心ここに在らずといった感じだ。

「皆さん、お疲れなのでしょうか?
そうだ。水、ちゃんと飲んでますか?汗がたくさん出たら水分を摂らないと脱水症状を起こしてしまいます。僕ジルさんに言ってきますっ」

「あーちょちょちょちょ、大丈夫大丈夫。みんな水はがぶがぶ飲んでるから」

「そうですか」
 



「アキオ、何かあったか?」

「あ、ジルさん」


バッ!!!!

突然のジルさんの登場に、クリスさんやオリバーさん、周りの隊員たち全員が勢いよく姿勢を正した。

「今、皆さんが一緒にお話ししてくれていたんです」

「そうか。楽しめたか?」

「はい。応援もしました。楽しかったです」

「それは良かった。
クリスはアキオと面識があるのだったな。お前のおかげでアキオが隊員たちに馴染めたようだ。礼を言う」

「いえっ!礼なんて、とんでもございません!
……見ての通り、皆アキオ殿に癒されているようです」

「…そのようだな。ははっ、アキオはすごいな。その調子で沢山応援してやってくれ」

ジルさんは笑って、その大きな手で頭を撫でた。
ジルさんの笑顔、やっぱ好きだな。

呑気にその手を受け入れていると、みんな目を丸くしてこちらを見ていることに気がつく。
きっとジルさんが頭を撫でるからだ。恥ずかしいからやめて欲しいけど、自分から手を振り払えるはずもなく、一通りナデナデされた後はなぜか抱え上げられてしまった。

「では、5分間の休憩にしよう。一時解散」

「「「は、はいっ!!」」」


数十名の隊員が一斉に返事をし、散り散りに近くの小屋に駆けていく。

「アキオもこちらで休憩だ」


ジルさんは僕を抱えたまま歩き出す。


「ジルさん……あの。恥ずかしいです」

「すまない、嫌だったか?」

「嫌じゃないです!」

隊員さんたちは小屋で休憩に入ったとはいえ、数人は小屋の中から物珍しそうにこちらを見ている。羞恥心を伝えると少し焦ったような声色で謝罪を述べるので、条件反射で否定してしまった。

「それなら良かった。
本当は少し疲れたのだろう?甘えておきなさい」

「わ、わかりました……」

いつもよりずいぶん高くなった視点。
ジルさんは、いつも地面がこんなに遠いんだ。
ほんの少しだけ近くなった空はご機嫌そうに青さを主張している。

耳には、しゃべるたびにかかるジルさんの吐息。

今自分がすっごく変な顔をしている気がして、隠すために頭をジルさんの胸へ寄せた。
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