ある時計台の運命

丑三とき

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王都

樹木医登場②

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「いやぁ~、奴隷市の調査に当たっていた時だよ。急にジルルドオクタイ最高司令官の精霊から号令がかかって、乗り慣れてないドラゴンに乗って行ったから……正直、町に着いた時にはもうクタクタでね。その状態の時に非難の言葉をかけられると、やっぱりちょこっと堪えるんだよね。でも彼の言葉に救われた。本当に感謝してるよ。
今も数名駐在して引き続き支援をしているから、町はもう心配ないよ。それにしてもどうして彼らを?知り合いなの?」

「ここに来るまでに……お会いした、といいますか…」

あの時の事を思い出していると、ジルさんが刺された光景がよみがえってしまい、心がズキっと痛む。
もごもごしていると、ブルネッラさんは僕が言いづらそうにしているのを察したように微笑んだ。

「そっか。アキオ君は最高司令官達と一緒に王都に来たんだったね。安心して。ダリタリの町はもう大丈夫だからね」

「はい……本当に良かったです」

「にしてもブルネッラ、ここに何か用でも?」


「へ?……っああ~~、そうでしたそうでした。困ったことに、今度新人の講義を担当することになっちゃいまして。人に教えるなんて慣れてないから樹木の入門書でも読み返そうと思ったんですが……魔術書以外の本ってあまり読まないし図書館なんてそうそう来ないから、どこに何があるのやら。こりゃ見つけるのに時間がかかっちゃうなあ。
邪魔にならないようにするので、探してもいいですか?」

まいったまいった、とこれまた髪の毛をくしゃくしゃにいじるブルネッラさん。
支援から戻って早々新たな業務を任されるなんて、ちゃんと休めているのだろうか。

「そんな邪魔だなんて。むしろ隊員でもない僕が勝手に使っちゃってごめんなさい。
あ、でも樹木の本なら、二階の西側、下から四段目あたりに五、六冊あったと思いますよ」



「「へっ?」」



「へ……?」

二人が驚愕の声を上げながら目を見開いてこちらを見る。

「アキオ殿、本の配置を全て覚えておるのか?」

先生も珍しく動揺しているように見えた。

「いいえ、全てはさすがに。でもある程度は背表紙の題名でなんとなく。中身を読んだ訳ではないので、確実とは言えませんが」

僕の言葉に、ブルネッラさんはバタバタと階段を駆けて二階の西側を探り、こう叫ぶ。

「わ、本当だあった!これだよ探してたの!すごいねアキオ君」

「なんと驚いた……」


驚くことなかれ。
机やソファ、床の上までが本棚同然の新聞社の惨状と比べれば、きちっと本棚に全ての本が収納されている図書館ではどこに何があるか把握することなんて容易い。
もちろん全ての新聞社がそんな状態では無いだろうけど。うちの支局は整理整頓に無頓着な男たちだけの集まりだったので、自然とそうなってしまったのだ。

「助かったよ。これで講義に備えられる!」

日々大変な業務をこなす隊員さんの手助けに少しでもなれたのなら、大変な名誉である。

「樹木医はとっても大事なお仕事だと伺いました。講義、頑張ってください」

「ありがとう。そう言われると、なんだかやる気が出てくるね。
分からないことがあったら何でも聞いて。僕も読みたい本があったらアキオ君を頼らせてもらうことにするよ。
……っもう行かなくちゃ。じゃあオグルィ先生、失礼いたします。アキオ君、これ借りてくね」

「あ、っは、はい……」

———ガチャッ、バタン

小さな嵐のようだった。

「借りてくね、って、どうして僕に」

「彼の中では、君はすっかり図書館の管理人のようじゃの」

ふっふっ、と目を細める先生。

「管理人……」

管理人というカッチョイイ響きの肩書きに浮き足立つ。
図書館は皆あまり利用しないということだったけど、ブルネッラさんのような方に少しでも役立つよう、配置表でも作ってみようか。

僕は、自分にできることが少しずつ増えていくこの感覚が、非常に誇らしかった。




「それにしても、ブルネッラさん雨に降られちゃって大変そうでしたね。風邪引かなければ良いですが」

「ここのところ雨が続いておるからのう」

ジメジメして仕方がないわい、と、いつもより湿気を含んで広がったお髭をひとつかみする先生。

「そうだ。てるてる坊主でも作りましょうか」

「テルテルボーズ?それは何じゃ?」

「僕の国の風習で、白い布とか、ちり紙とかを使って作る人形です。晴れて欲しい時に作って窓の近くに吊り下げておくと晴れるという言い伝えが。効果があるかは何とも言えませんが……」

「なるほど、まじないの一種かの?」

「そんな感じです」

興味津々の先生がティッシュ箱を寄越してくれたので、小さいのを一つ作ってみる。
仕上げに持っていたペンでニコニコの目と口を描く。


「ほぉ~~~こりゃかわいいのぅ。どれ、もうひとつ作ってみてくれんか?わしの部屋にも飾りたい」

「こんなので良ければ…」

先生が予想外に喜んでくれたので、調子に乗った僕はてるてる坊主をもう3つほど生み出して、それぞれに愛らしい表情を付け加えた。

先生と二つずつ分けっこして持ち帰り、ジルさんの部屋の窓際に飾る。

二つ並んだてるてる坊主。外を向いてやまない雨を眺めている。


雨は苦手だから早く効いてくれれば嬉しいけど……。こんなおまじないに頼るなんて、自分で思っているよりも相当心が参っちゃってんのかなあ。

しかし、てるてる坊主に自分とジルさんを重ねるだけで少し気持ちが軽くなる。


ふと、先程の先生の言葉がよみがえる。

自分がされて嬉しいことは、相手も喜ぶはず。



「あ……そっか」
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