ある時計台の運命

丑三とき

文字の大きさ
137 / 171
王都

運命の日

しおりを挟む
部活動には入ったことが無いので何かの試合に出たことも無いし、試験や就職活動もなんとなくやってきた僕にとって、人生初めての「運命の日」というやつを迎えた。

午前中のお勉強の時間にも、そわそわしているのをオグルィ先生に見透かされて笑われてしまった。
もしかしたら、ジルさんにも変に思われているかもしれない。でもきっとユリがうまく説明してくれているだろう。



夕方、僕は食堂の厨房にいた。



包丁は奥が深い。
少し集中を疎かにすると全く思わぬ方向に刃先が向いて野菜は想定外の形に仕上がってしまう。さらに僕の場合、足のバランスも考えなきゃいけない。手に力を入れすぎると下半身にもブレが伝わってよろけそうになる。

一回一回丁寧に手元に向き合い、お願いだから真っ直ぐ切れてくださいと思いを乗せながら程よく力を込める。


———サクッ


「おぉ!ずいぶん上手くなってるじゃねぇかアキオ殿!」

「朝からちょっと、イメージトレーニングを」

「はっはっはっ!そりゃ大事なことだ!」

そう。僕は今日、朝起きた瞬間からイメージトレーニングでダンボール1箱分の野菜を切り刻んでやったのだ。そのおかげもあってか、今のところ野菜たちを賽の目切りにすることに成功している。本当は1センチ角くらいにしたかったけど、目標より少し大きめなのは愛嬌。
包丁に向き合いすぎて人参(もどき)を1個切り終えた頃には20分が経過していた。
ガシモワ料理長は「ゆっくりでいい」って笑いながら見守ってくれる。

結局、全ての野菜の下拵えが終わったのは、厨房に入って約1時間が経過した頃だった。

「ふぅ……」

「やるじゃねぇか!!昨日と比べてえらい上達っぷりだ」

「ありがとうございます。ガシモワさんのおかげです」

僕の姿勢や包丁の握り方を見て、「気持ち左側を向いて」「押さえる方の手はもうちっと力を抜いて」などアドバイスをくれ続けたガシモワさんのおかげで、無事全ての野菜とケソ茸をきれいに切ることができた。
さすがプロ。
助言ひとつで僕のパフォーマンスは段違いに良くなった。と思う。

安心できたのも束の間、勝負はこれからだ。
一口水を飲んで休憩し、いよいよスープを作る工程に取り掛かる。

ガーの肉は、旅の途中に寄った町で買った塩漬けを使うことにした。塩味が程よくあるので、難しい味付けをせずとも出汁の旨味と合わさって良い味になるらしい。
鍋に塩漬けのスライス(スライスも僕がした!)とケソ茸を入れてしばらく煮る。
そしたら全ての野菜を入れて玉ねぎ(もどき)がトロトロになるまで煮る。

ただ鍋に入れて放っておくだけなんて思っていたら大間違い。火の調節だって僕にとったら大仕事だ。
ぶくぶく激しく沸騰しようものなら、鍋に怒られているみたいで慌ててしまうし、逆に鍋の中が静まりかえっていたら本当に火が入っているのか心配になってしまう。

落ち着きのない僕を見てガシモワさんが「大丈夫だアキオ殿。食材と自分の力を信じて待ちな」なんてカッコいいこと言った。
ちょうどぷくぷく静かに沸騰するくらいの火加減に調節して、美味しくなれ、美味しくなれと念じながら鍋を見守ることにした。

ジルさんも、こうやってまじないをかけながらスープを作ってくれたのかな。

………いや、それは無いか。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!

はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。 ******** 癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー! ※ちょっとイチャつきます。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...