ある時計台の運命

丑三とき

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王都〜第二章〜

知らない感情

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鳥の囀りが耳をくすぐり、瞼の裏の明るさに目が眩む。朝を迎えたことに気づくより先に手の中にあるひんやりとした金属の存在感に心があたたかくなる。
昨夜、もらった懐中時計を首にかけたまま寝ると駄々をこねる僕にジルさんが絡まって危ないから駄目だと言い、どうしてもと言うなら手に持ったまま寝るなら良いということで落ち着いたのだ。

手の中で細かな細工の触り心地を楽しみながら眩しさにあらがうようにゆっくりとゆっくりと目を開けば、寝ぼけ眼とはほど遠い、凛々しく勇ましい顔があった。

「アキオ、おはよう」

「ん……ん~、はよぅ、ござい…………っ、ジルさん!?」


びっくりした……

ジルさんが横で寝転んでる。
いつも僕の起床時間にはすでに仕事に行ってるから、おはようと同時に隣に寝転ぶジルさんを見れるなんて、スーパーレアだ。

「ゆっくり眠れたか?」

「はい……」

起きてすぐに目が合ったということは、ずっと寝てるところ見られていたのだろうか。

……恥ずかしい。起こしてくれればよかったのに。
でも、どうして今日はまだ部屋に居るんだろう。

「ジルさん、お仕事は……?」

「休暇をもらった。今日は1日ゆっくり休もう」

「1日?1日ずっと一緒にいられるってことですか?」

「そうだ」

心が満たされるとはこのことか。
幸せすぎて胸が苦しい。

おそらく急遽休みを取ってくれたのだと思う。
この前、催しが終わるまでは忙しいと言っていたから。申し訳ないのと嬉しいのがせめぎ合って、……嬉しいの勝ち。

「もう少し眠るか?」

「いえ。起きます」

ジルさんがいるのに寝てるなんてもったいない。よっこいせと身を起こして座ると、一緒にジルさんも起きて僕の背を支えてくれた。

「今日、何かしたいことはあるか?アキオの好きなことをして過ごそう」

彼の問いに、ゆっくりダラダラしたいとか、中庭を散歩したいとか、図書館で一緒に本を読みたいとか、とにかく色々なことが思い浮かんだのだけれど、僕にはどうしてもすぐに会いたい人物が居た。

「……ニルファルさんのところへ行くことは、できませんか?」

ジルさんは、困惑したような、やはり、というような、複雑な表情をした。


「あれで一件落着では無いような気がしています。この世界のルールとかまだ全て分からないけど、不法入国とか傷害未遂とか、おおごとになってたらどうしようって思って……だからせめて、僕に刃を向けた事だけでも、気にしないでください、って伝えたい」

僕の言葉を静かに全て聞いた後、ひと呼吸おいてジルさんは言った。

「……君は本当に優しいな。
正直、ニルファル国王のことは不憫だと思うが、アキオを傷つけようとしたことについてはどうしても許し難い自分がいる。しかし、君がそう言うなら…許す努力を、してみよう…」

言ってることとは裏腹に、眉間に皺を寄せたり小さく眉を吊り上げたり、とても困っているのが伝わる。ちょっと可愛い。

「ふふっ、ジルさん、難しい顔してる」

「感情と感情の間で揺れているからな。
……実は、アッザが昨夜の間にニルファル国王の後見人の元へ知らせを入れておいたらしい。その人物がもうじき城に着く。到着次第話し合いの場を設けるということで、王にアキオの同席を打診されていたが、返事は保留にした。本当は断固として拒否したかったが…」

「僕は、行きたいです」

「……君ならそう言うだろうと思った。
私とアッザも付き添う。いいな?」

「はい。ありがとうございます」

よかった。これでひとつ心配事は無くなった。
もしかしたらあのままニルファルさんと会えなくなるのではと懸念していたから。

でも、もうひとつきちんと確認しておかなければならないことが僕にはある。



「あのジルさん、もうひとつお聞きしたいことが…」

「どうした?」


ジルさんが心配気に顔を寄せる。
顔の近さに緊張が隠せない。緊張でなにも言えなくなってしまう前に、思い切って聞いた。





「……夢じゃ、無いですよね」

僕が言った意味ををすぐに理解してくれたジルさんは、

「ああ。夢では無い」

と言った。そして大きな手が僕の耳を撫でた。冷たくてくすぐったい。





「……ジルさん。愛しています」

この言葉は何度だって言っていいと知ったから、これからはひたすらに素直に伝えたいと思う。僕の気持ちが伝われば、ジルさんも返してくれる。

「私もアキオを愛している」

こうやって。






「アキオ」


ち、近い……

ジルさんがゆっくり近づいてくる。


思ってたのと違う。お互いに好意を伝え合って、幸せだと笑い合って、そろそろ着替えようかと起き上がって、二人で楽しく朝ごはんを食べる。僕の中でそういう予定のはずだった。

だけどジルさんがどんどん近づいてくる。



こ、これは——




そうか…おはようの挨拶だ!



恥じらいを誤魔化すために目を瞑り、ジルさんにおでこを差し出す。こんなことで緊張するもんか。これが終わったら僕の番なのだから。
でもどうしよう、ちゃんとできるかな。おでこにキス。ジルさんの体の一部に僕の唇が触れるなんて、なんだかとっても……
いやいや、なに変なこと考えてるんだ。

でもこんな気持ちになるのは別にいけないことじゃ無いってユリが言ってた。もしかしたらジルさんも少しはそういう気持ちになったりするのかな。もしそうなら、照れ臭いけどちょっと嬉しいかもしれない。


ジルさんの両手が僕の首筋に添えられる。
その手によってほんの少し上を向かされた僕の顔に吐息がかかる。甘い息は僕の頬を撫でる。そのたまらない感覚に溺れていると、唇に温かいものが触れた。
自分の息が肌に柔く跳ね返ってくる。
目の前には何か壁があるようだ。
その正体を確認しようと目を開いたら最後、僕の心臓は、誤作動を起こしたように暴れ回った。


「ん……」

力が入らない。まるで全身が空気に溶け出しているみたい。

唇に当たったものがゆっくりと離れていく。
それを目で追えば、ジルさんの形の良い薄い唇が目に入った。



「………!」



その行為の意味がわかった途端、暴れていた心臓が更に無茶をし出す。


「っ、すまない、つい……抑えきれなかった。嫌、だったか?」

この状況でジルさんの声を耳に入れなければならない不憫な僕の顔は、今どんなだろう。きっと見せられ無いほど赤くて、とっても恥ずかしい顔をしてる。

目の前の大きな胸板に押しつけ、彼の視線から逃れた。ジルさんの匂いが近すぎて、もっとおかしな気持ちになってしまった。

「アキオ?」

「嫌じゃ無い……うれしいです」

でも恥ずかしい方が大きいのは許して欲しい。ジルさんが急にこんなことするから、もう顔があげられなくなってしまった。

「うれしいけど……心臓がばくばくする。口から出そうです」

「口から……それは大変だ。君の世界の人間はそういう体の仕組みになっているのか?何とか飲み込めそうか」

「ふふっっ…ジルさんおもしろい……物の例えですってば」

「……なるほど」

ジルさんは僕の背中に手を回し、後頭部をそっと撫でる。
彼の意外と面白いところも、お茶目なところも、全部僕だけのものだ。って思うのは、あまりにも欲が深すぎるだろうか。

「もう少し、こうしてたいです……」

「ああ」

ジルさんの心臓が僕のおでこを心地いいリズムで叩く。


この世には自分の知らない瞬間がたくさんあると感じる。こんなに心が解けて誰かの心と交わる瞬間があるなんて知らなかった。
まるでジルさんとひとつになったみたいで、なんて気持ちがいいのだろうと思う。この人を守りたい。守られるだけじゃなくて、僕もジルさんを守りたい。


こうして僕には、またひとつ目標が増えた。
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