【完結】眠れぬ異界の少年、祓魔師の愛に微睡む

丑三とき

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湖畔の孤児、祓魔師の愛を悟る

3.再会

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「もしかして……あの、時の?」

「思い出したか?」

 数年前、孤児院に居た頃に慰問してくれた魔祓い師様。住む世界が違うと思って私がずっと背中を向けていたあの魔祓い師様。

 わたしはまだほんの子供だったし彼も今よりずっと若かったけど、この鋭く自信に満ちた目は、思い返せば全く変わっていなかった。

 私は椅子から降りてニエルドさんの足元に膝と頭をつき、心からの謝罪をした。

「あ、あ、あの時は!  失礼な態度を取ってしまって、たいへん、もうしわけありませんでした」

「おいおいおいこらこらこら。何やってんだ服が汚れるぞ」

 私に対して「服が汚れる」という心配をした人は初めてだ。すでに薄汚い見た目をしている私は、仕事場でもいの一番に汚れ仕事を任される。

 そんな私を、彼はそっと立ち上がらせ膝のほこりを落とすようにパタパタと払った。

「あの、わたし……いままで覚えていなくて、たいへんな無礼を」

「無礼なもんか。人の脳ミソの容量ってのは限られてる。記憶できることとできないことがあるの当たり前だ。一瞬見ただけの人間の顔をずっと覚えてられるやつなんて居ねえよ。だが、お前は俺のことを思い出してくれた。俺が今どんなに嬉しいか分かるか?」

 絡んだ私の髪の毛を優しく撫でる手つきは、涙が出てしまいそうなほど心地よかった。

「でも、あなたはわたしのこと、覚えていてくださった。やはり、まばらいし様はとても優秀なのですね。『のうみそのようりょう』が、とてもいいのですね……」

 私がようやく思い出したあの時のことを、ニエルドさんはずっと覚えていた。さすが、英雄と讃えられているお方は違うな…としみじみ思っていると、彼は「は?」と眉を歪めて訂正した。

「んなわけあるかよ。あの孤児院に居た孤児の顔なんてお前以外全員忘れたよ。俺がお前を覚えていたのは一目見て惚れて、いずれ側仕えにしたいと思っていたからだ」

「………え?」

 『側仕え』というのは、魔祓い師様を癒やすことのできる唯一の存在。これも孤児ですら知っている常識だ。

 彼らは魔物を討伐する際、一度体の中に魔物を取り込んで、それを消化して討伐する。一時的にでも魔物を取り込むことで魔祓い師様の体には様々な異変が起きるらしい。

 全身の皮が剥がれ落ちるまで肌を掻きむしりたくなるほどの恐怖に苛まれたり、視界が歪み気を失うほどの頭痛、ひどい幻聴や幻視。

 精神や身体の苦痛を和らげる唯一の方法は性的接触である。常人にとっては快楽でしかないその行為も、魔祓い師様にとっては命綱になるのだ。
 そして、その役割を果たすのが『側仕え』。とても高貴な職業で、孤児院にも憧れる者は多数いた。

「あの孤児院には毎日通い詰め、陰から見ていた。周りに馴染めず一人庭の隅で遠い目をしてるお前をな。孤児院出てからここに住み出した時にはヒヤヒヤした……知ってるか?  このあたりは盗賊と奴隷商の頻出地区だ」

「そ、そうなのですか……っ」

「俺が特殊な結界を張って目を光らせていたから良かったものの、急に攫われそうになりやがって」

 信じられない言葉の数々がニエルドさんから飛び出す。彼はずっと、私を見ていた…?  なぜ?  「愛している」というのがその理由なのか。でもなぜ彼はこんな私を「愛している」のか。

「わからない」

「何が?」

「あなたが、わたしを。あの、すみません、まだおいつけなくて。それに、側仕えなんておそれ多いこと、わたしになんて務まりません。だから……で、できません、すみません……」

「別に今すぐ取って食おうってんじゃねえし、務まるか務まらないからじゃなくて、お前がなりたいかなりたくないかで決めろ。すぐに返事を寄越す必要はない。ゆっくり考えてくれ。お前の人生だ」

 とんでもないことしか言わない彼を、私はどのような顔で見ればいいのだろうか。これまでの人生では考えられないほど大きな嵐が訪れたような感覚は、不思議とイヤではなかった。

「ハナシが長くなったが兎に角今俺が言いたいのは、お前は綺麗だ、そしてお前を愛している、という事だ。今日はそれだけ分かってくれたらいい」

「……そんな……ありえない、わたしはとても」

「人の感想は否定するもんじゃねえぞ。俺が綺麗だっつったら綺麗だ。つべこべ言うな」

「え……あ……」

 彼の威圧するような、でも全てを包み込むようなぶっきらぼうな言葉が私を掬い上げるように心地よく響いた。

「はい……」

 私の返事に、「よろしい」と満足げに返事をして髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。彼に触れられた部分があったかくなって、その温もりはいつのまにか全身に巡った。

「……?」

 この一年、常に感じていた体のわずかな痒みが消え、なにやらさっぱりとした感覚が生まれた。

 彼の撫でた髪が顔にあたり、その感触が先ほどよりも滑らかになっている。

「毎日一生懸命働いたんだな、湯浴みする時間も無かったのか?」

 その言葉の意味と、今しがた自分にかけられたのが浄化魔法だったことに気がつき、顔に一気に血がのぼったように恥ずかしくなった。

「っ、す、す、すみません……!  におい、とか、しましたか? やっぱり、きたなかったですよね」

「あ?  ………っ、あぁぁ! 違う、すまん違う!そういう意味で言ったんじゃねえ」

ニエルドさんはおろおろしだし、俯いた私の顔をせわしなくあっちからこっちから色々な方向から覗き込む。まるで飼い主の機嫌を伺う犬のようだ。

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