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湖畔の孤児、祓魔師の愛を悟る
2.記憶をたどる
しおりを挟む「かんたんじゃ、なかった、です……」
私は無意識のうちに自ら話し出していた。人との会話や交流はとても苦手だ。緊張して固まってしまうから。でも彼の前では、喉に引っかかりながらも迷うことなく自然と声が出た。
私の言葉に、ニエルドさんは首を傾げた。私はさらに続けた。
「しらなくて……」
「知らない…? 何をだ」
「がっこう行くためには……しけん、というものをするの、知らなかったんです」
「お前は学校に行きたかったのか?」
「はい。お勉強をしたかった、のですが……がっこうで勉強するためには、その前にじぶんで勉強して、知識をつけなければいけないらしいのです……でも、しかたがわからない。それに、みんなきれいな格好をしていたのに、わたしはきれいになる方法がわからないので、やっぱり働こうと思います。がっこう、行けないから……このお金は、もう必要ありませんから、助けてくださったあなたに」
「そんなふうに笑うな」
「…………え……」
むぎゅっと私の頬を指で摘んだ彼は、静かに言葉を紡いだ。
「悲しそうに笑うなよ。行けないなんて誰が決めた?」
「え……いや、だって」
「自分の生き方は自分で決めろ」
思いもよらぬ言葉に、しばらくそれがどういう意味なのか考え込んでしまった。私は数分、いや、もしかすると数十分黙り込んでいたかもしれない。
ニエルドさんは私の言葉を静かに待っていてくれた。私に考える時間を与えてくれたのだ。
私はまとまらない頭で、捻り出すように疑問を呈した。
「……生き方、というのは、この世に、なんこ、あるのでしょうか。ひとつくらいは、私ができる生き方が、あるのでしょうか」
「『なんこ』? んなもん無限にあるだろ。人がいりゃその人間の分生き方がある。お前にはお前だけの生き方があるし、なきゃ作れば良いだけだ」
あり得ないことを言う彼の表情は自信に満ち溢れていて、私は益々困惑した。
再び私は黙り込んだ。
考えて、考えた。彼の言葉の意味を。
考えながら、今まで生きてきた十六年間を思い出していた。物心がついた時にはすでに孤児院にいて、その中でも馴染めずに結局友人などできぬまま生きた。孤児院を出る年齢になった時、自分が何も知らないことに気がついた。何も知らないで人生を終えたくないと思い、学校に行くために一年間寝る間も惜しんで働いた。
……でもだめだった。
私は彼に見守られながら、自然と口走っていた。
「わたしは……知りたいです」
「何を知りたい?」
「この世の中を。何でもいい。じぶんが生きている、この世界のことをたくさん知りたい。生きることを、諦めたくない。生まれてきたことを、受け入れてみたい。受け入れるために、知らないと。だから………やっぱり、学校にいきたい、です」
叶わぬ願いと知りつつも、自らの欲望を口にできた喜びで少し頬が緩んだのを感じた。
「わかった」
よし、と言って立ち上がり、ニエルドさんは水を一気に飲み干した。彼の言った「わかった」の意味が私には分からなかった。
「なに、が……」
「これから俺は毎日ここへ来る。そしてパネース、お前に勉強を教える。お前は毎日勉強して、来年学校に入る。それが、これからの俺とお前の生き方だ」
なんてことを言い出すんだ。私は驚きのあまり、今この瞬間、現実にいるのか夢の中にいるの分からなかった。
状況を飲み込めないでいる私を放って、彼は好き勝手に未来を語り始めた。
「まずはアレだな、どの学校に入るか大体の目星を付けよう。それによって勉強の仕方も変わってくる。ちなみにお前がさっき門を叩いた学校ってのはどこだ?」
「え……まちの、ええと、大きなとおりの西側にある、屋根が赤くて建物が白い……」
「ああ、ありゃ町一番の金持ち校だ。レベルも阿保ほど高い。卒業すりゃ、それはそれは泊が付く。そこを目指すのもまあいいが、そうだな……ちょっと待て」
ニエルドさんは目を瞑って目の前に右手をかざした。するとふわっと柔らかい光が出現し、かざした手に数枚の紙の束が現れた。
彼はその束を綺麗にテーブルに並べ、意気揚々と説明を施す。私は字を読むのが苦手だったが、彼はそれを察してか、ひとつひとつわかりやすく説明してくれた。
「この学校は規模は小さいが、将来有望な魔術師を育成している。ある程度魔力が強くないと入れない。ここは試験のレベルはそれほどでもないが、いい教師が揃っている。あとは……ここなんかいいんじゃないか? 少人数で指導も行き届いていると聞くし、」
「あ、あの……ちょっとまって、ください。わたし、まだ勉強するとは」
失礼だとは思いながらも彼の言葉を遮った。
だって話が進みすぎて付いていけなかったから。すると彼は当然のような顔をして答えた。
「言ったじゃねえか、『やっぱり学校に行きたい』って」
「言いましたが……その、あなたのような方に、毎日来ていただくというのは、とても…」
「何だ、俺じゃ不満か?」
「ふっ!? 不満なんて!! そんなことは、ありませんが……まばらいし様は、このような辺鄙な場所で見ず知らずの人間の相手をしていては、いけないのではないですか」
「何で」
「な、なんで……と、いわれ、ましても。だって……」
彼の言葉に自信がこもりすぎていて、だんだん自分の言葉に自信がなくなり、ついには最後まで言葉を紡ぐことができなかった。
ニエルドさんはそんな私に呆れることなく、視線を合わせて丁寧に話をしてくれた。
「いいか? さっき言ったろ? お前の生き方はお前が決めろと。それと同じだ、俺の生き方も俺が決める」
彼はとても自由で、瞳には強い意志がこもっていて、私とは真逆な人間だと思った。
「なぜ……わたしのような者に。初めて会った、ただの、こんな…汚い……」
私は自分の汚れた手と服を見て、改めて彼との不釣り合いに絶望しかけた。
「おいおいおい、コラコラコラ。人様の愛している人間を"汚い"だの"こんな"だのと言うな。俺に失礼だと思わんのか?」
「失礼しました!でも!………え?」
…………
ん?
いましがた彼が発した言葉の、一節も理解することができなかった。やはり住む世界が違う。魔祓い師様ともなれば話す言葉も難しいのか。先ほどは私に合わせて簡単な言葉を使ってくれていたのだろうか。だとしたら本当に申し訳ない。
「何言ってんだこの魔祓い師。って顔だな」
「!?………い、え…えっと、そんなことは……」
「分かりやすく言ってやろうか? 俺はお前を愛している。だからお前の望みを叶えたい」
「え、っと」
どうしよう。全然わかりやすくない。
やはり英雄の言葉は一般人には理解し難い。
首を傾げていると、彼はさらに続けた。
「すまんな、いくら英雄と讃えられていようとそれは【魔祓い師】に対する全体的な評価に過ぎん。俺自身は見ず知らずの人間のためにここまでするお人好しじゃねえ。今俺はお前への下心でしか発言してねえ。分かったか?」
「……よくわかりません」
彼が、私に下心を持っている……?愛していると、そう言った?
「偉大なる魔祓い師様が下心を持ってるなんて、軽蔑したか?」
「そうではなく……!」
なぜ初めて出会った人間にそこまでの感情を持てるのか、訳がわからなかった。これも、やはり勉強しなければ身につかない感情なのだろうか。
私は、彼へ疑問を呈した。
「な、なぜ、出会ったばかりの人間を愛することができるのですか」
するとニエルドさんはケロッとした顔で
「別に出会ったばかりじゃねえからな」
と言った。
やはり彼の言葉は難しかった。
どこで、いつ。そしてなぜ私。
正解のない選択肢だらけの湖に溺れているような感覚だった。どこから聞けばいいか分からなくて、ただじっとニエルドさんの目を見つめた。人の目を見るのは苦手だけど、不思議と惹きつけられていた。自信に溢れた、深く鋭い目。それは見覚えがあった。
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