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湖畔の孤児、祓魔師の愛を悟る
8.側仕え
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翌日も、彼は本当に昼食を持ってやって来た。
私に勉強を教え、一緒にご飯を食べて、仕事に戻って行った。そしてまた任務を終えて夜に再びやって来た。
信じられない。「ただいま」と言われ、「おかえり」と受け入れているこの状況が信じられなかった。でも嬉しくてたまらなかった。
夜もしっかりと勉強をして、今日の復習問題にハナマルをもらえたところでニエルドさんと夕食をとった。
私とニエルドさんはだいぶ打ち解けていた。
彼のくだけた人柄が、私の凝り固まった気持ちや緊張を溶かしてくれるのだ。
「午後は何をして過ごしたんだ?」
「午前の復習と宿題をして、あと、畑の水やりとか、洗濯物をしたり、読み書きの練習もしました」
「まったく熱心なもんだな、お前の集中力には驚かされるぜ。夢中になりすぎて寝るのを忘れてました、なんてことにはなるなよ」
「へ? ふふふっ、ニエルドさんって、冗談もお好きなのですね、そんなこと、あるわけないじゃないですか」
「…………お前ならやりかねんな」
和やかな時間が過ぎる中、私も気になっていたことを質問した。
「あの、つかぬことを、うかがっても良いですか」
「ああ、何だ?」
「ニエルドさんは……えっと……その、側仕えのお方は、何名いらっしゃるのですか?」
「ブッー!!! ゲホッ、ゲホっ、!」
「!? だ、だいじょうぶ、ですか!」
彼は飲んでいた水を吹き出し、咳き込み出した。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。もしかするととんでもない失言をしてしまったのかもしれない。
「ごめんなさいっ、私、すみません……!」
咄嗟に頭を下げれば、ニエルドさんの手がガシガシと私の頭を撫でる。
「今、なんで謝った」
「え……だって……えっと……」
「理由もねえのに無闇矢鱈に謝るんじゃねえ」
「………はい」
彼に促されて頭を上げると、今度はぽんぽんと優しく撫でてくれた。
「ああ……いや、今のは俺の反応がデカかったから動揺したんだよな、悪かった。
俺に側仕えはいねえよ。ずっとお前になって欲しいと思ってたからな」
「でも、魔物退治をするのに側仕えのお方がいなければ、魔祓い師様はひどく辛い思いをすると習いました」
自分の持つなけなしの知識を話せば、彼は言いづらそうに眉を掻いて苦笑いをした。
「あぁー、そうだな……まあ正直に言うと、体の苦痛を除くために、他国の側仕え養成校を出た者から施しを受けたことはある。だがやはり、お前を側仕えにしたいという気持ちが募るばかりだった。だから頼らんことに決めた」
「!」
「幸運にも俺の叔父は魔物の研究に没頭する研究者でな。祓魔の副作用を抑える薬を開発してもらい一時的に凌いでいる」
「そっ、それは、大丈夫なんですか!? 薬って、体に負担がかかるんじゃありませんか?」
祓魔のことは何もわからないので、ただただ不安になって聞くと、ニエルドさんは普段通りのカラッとした明るい声で言った。
「はははっ、これでも優秀な魔祓い師なんだぜ? 問題ねえからそんな顔すんな」
「で、でも……」
私が側仕えにならないと断ってしまったから、今も彼は辛い症状を抱えたまま任務をこなしているのではないだろうか。胸がズキズキと痛んで来た。
「おいおい、辛気臭いぞパネース、お前が気にすることじゃねえ」
「! きっ、気になりますよ……側仕えのお話をされたのですから、気になって、とうぜんでしょうっ? し、心配するのも、ダメなのですか。私はあなたを、心配してはいけませんか?」
生まれて初めて、こんなにいっぱい大きな声を出した。感情を頭で処理する前にそのまま声に出していた。こんなふうに誰かに言葉を紡ぐのは初めてだった。
自分が口に出してしまった言葉に驚き、我に返ってすぐに頭を下げた。
「すっ、すみま……」
「悪かった」
私が謝るよりも前になぜかニエルドさんが謝った。
「……え?」
恐る恐る頭を上げれば、苦笑いのニエルドさんが私の頭を撫でた。
「こちらから側仕えを依頼しておいて、"お前が気にすることじゃない"なんて無神経だったな」
「いえ、そんな」
「心配してくれてありがとう、嬉しかった」
せっかくお礼を言ってくださったのに、私は何も気の利いた言葉を返すことができなかった。私は彼からの依頼を一度「できません」とお断りした身なのだから、私には彼を心配する資格などないのかもしれないと思ったからだ。
俯いたままでいる私の髪をニエルドさんは手で梳かして、私の心を読んだかのように「大丈夫だ」と言った。
「ニエルドさん……」
「ん? おいおい、なに泣きそうな顔してんだよ。よし、この話は終わりだ、出してた宿題見せてみろ」
「……はい」
私は、理由も分からず流れそうになった涙を飲み込んで返事をした。
彼と出会ってから、感じたことのない感情がいくつも流れ込んできて自分では操りきれなくなっている。暖かい気持ち。情けない気持ち。分類できないふわふわとした気持ち。こんなに頭の中に感情が溢れている状態は初めてだ。
そして、彼が祓魔の影響を和らげるため他の方と体を重ねたことがあるという事実や、薬で症状を抑えているという現状に、安心と心配と、それから正体のわからない朧げなモヤモヤが生まれて私は困惑した。
「よし、今日も完璧だパネース。次はもう少し応用の問題をやってみるか」
「応用……はい、よろしくお願いします……!」
勉強に没頭するしか、この戸惑いをいなす方法がわからなかった。
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