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続編その②〜魔力練習編〜
26.診察
しおりを挟む発情期に入って数日が経ち、症状も落ち着いてきた頃、クールベさんの診察が入った。
地獄のような禁欲療法は皮肉にも効果があったようだ。前回よりもスムーズに(僕にとっては全然スムーズじゃないけど)発情期が訪れたことを、クールベさんは喜んでいた。
「で、今後も続けられそうか?」
僕たちの部屋のテーブルで、出されたお茶には目もくれず僕の症状に興味津々といった様子のクールベさんが尋ねた。
「我慢しなきゃいけないのは、だいぶ辛かったけど……これを続ければ、だんだん周期が安定してくるんですよね?」
「ああ。今回の様子を見る限り、それは間違いないと言っていい」
クールベさんは顎に手を当てて頷いた。
「しかし、思ったより効果が出たな。最初のうちはもっと難航するかと思っていたが」
穴が開きそうなほど僕を見つめるクールベさんに、フレイヤさんが口を開いた。
「ハルオミが教えてくれた『耳ツボマッサージ』が、良かったのでしょうか」
「耳ツボ?」
クールベさんが首を傾げる。
「ええ。耳には神経が集中しています。ハルオミの世界では、刺激することで体調を整える効果があると言われているそうで、専門の施術者もいるとのことです」
「耳、ねえ……」
クールベさんが考え込む様子を見て、僕は慌てて付け加えた。
「フレイヤさん、耳ツボマッサージって言っても医療じゃないし、気休め程度に思ってる人もいるから、そんな大した効果はないと思うよ」
「いや……良いかもしれんな」
意外にも、クールベさんが肯定的な反応を示した。
「フレイヤの言う通り、耳には多くの神経が集まっている。『耳ツボ』とやらは調べてみんと分からんが、耳に走る迷走神経は刺激すると性的快感に似た効果を体に与えるんだ」
クールベさんは目を輝かせた。
「なるほどな。無理に禁欲ばかりするより、微妙な刺激で発情を促す方が効果的な可能性もあるってことか……んじゃこの理論で行くと——」
クールベさんは何かを思いついたように、鞄から手帳を取り出してメモを取り始めた。
「他の部位でも同様の効果が期待できるかもしれねぇな。感覚器官の密集する場所を刺激して、さらに貞操帯で物理的抑制を加えれば……」
「クールベ叔父上」
フレイヤが静かに声をかけた。
「あ?」
「ハルオミを実験台にするのはお控えください」
「……はいはい、分かっておりますとも」
クールベさんは不満そうに手帳を閉じた。
「んじゃ、診察を続けるぜ。発情期中の症状についてだが、眠気はどうだ?」
「最初の二日くらいは、ずっと眠かったです。でも、今はだいぶマシになりました」
「そうか。食欲は?」
「あんまりなかったけど、フレイヤさんが食べさせてくれるので……」
僕はフレイヤさんの方を見た。彼は穏やかに微笑んでいる。
「体温の変化は?」
「熱っぽくて、汗もたくさんかきました」
「典型的な症状だな。まず問題ねえ」
クールベさんは頷いた。
「フレイヤ、お前の方はどうだ? 祓魔の副作用は?」
「問題ありません。ハルオミのおかげで、いつも以上に調子が良いです」
フレイヤは自信を持って答えた。
「そうか。なら、当分はこのままで様子を見よう」
クールベさんは立ち上がった。
「次の診察は、明後日だ。それまでに何か異変があったら、すぐに連絡してくれ」
「はい、ありがとうございます」
フレイヤさんと一緒に頭を下げた。
「では、失礼する」
クールベさんが部屋を出ていくと、僕はほっと息を吐いた。
「お疲れ様、ハルオミ」
フレイヤさんが僕の頭を撫でた。
「ありがとう。でもお疲れなのはクールベさんだよ。僕の発情期のたびに屋敷まで来てくれて。大切な研究もあるのに」
フレイヤさんは眉を下げて困ったように優しく笑った。
「私の目には、叔父上の研究対象が魔物からハルオミに移っている気もするが」
「そうかな」
「ああ。それより……少し休むかい?昨日も無理をさせてしまったから、体が痛いだろう」
彼が申し訳なさそうな顔をすると、不謹慎なことに僕の胸がキュンキュンして無意識に銀髪を撫でてしまう。
「ううん、大丈夫だよ。それに、このちょっと筋肉痛がある感じ、ほんとはね、少し好きなんだ」
意を決して照れながらも正直にそう言うと、フレイヤさんは慌てた顔をして両手をわきわきさせながら捲し立てた。
「き、筋肉痛があるのかい、やはり私が無理な体勢にしたせいだろうか。こちらの世界では温めるといいと習うのだが、君の世界ではどうだろうか。私たちと同じ方法で対処していいかい?ああ、その前に寝台へ行こう。安静にした方がいい」
「大丈夫大丈夫!本当に気にしないで。なんかね、何もしてなくてもフレイヤさんを感じれて、心がじんわりして、体全体から幸せを感じれるの」
ちょっと変態チックな言い回しにはなってしまったが、これは本音だ。このちょっとした痛みが、僕にとってはこの上なく幸せなのだ。
それに、いつも思う。
僕にはこうやってほんのちょっとの痛みしかないけど、魔祓い師の人たちは常に心身を賭けて魔物と戦ってくれている。
体を蝕むと分かっていて仕事をするってどんな感じなんだろう。側仕えがいるとはいえ、頭痛吐き気や幻覚や幻痛、そんなものが毎日襲うなんて絶対に辛いはずだ。でも、魔祓い師がいないとこの世界は成り立たない。
「フレイヤさん、いつもありがとうね」
どうしようもない気持ちを、彼の胸の中でつぶやく。後頭部に大きな手の温もりを感じながら、大好きな香りを肺いっぱいに吸った。
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