【完結】眠れぬ異界の少年、祓魔師の愛に微睡む

丑三とき

文字の大きさ
29 / 176
東の祓魔師と側仕えの少年

28.呪いの正体

しおりを挟む
ハルオミは私に優しい笑みを向けてくれた。
彼を一度椅子に下ろし、私はその目の前に立って深く頭を下げた。

「ハルオミ、君は気にするなと言ってくれたが、やはりきちんと謝りたい。何も説明せず君に魔力を与えなかったこと、本当に申し訳ない」


ふわり、と頭に降ってきた優しい手つきにうっとりする。全てを包み込むような声で彼はこう言った。

「フレイヤさんがそう言うなら、じゃあ、僕もその謝罪をきちんと受け止める」


「顔を上げて?」という指示に従うと、とびきりの笑顔で、

「許してあげる」

そう一言。

彼の一挙手一投足が、話す言葉全てが私の拠り所になっていく。私は再びハルオミを抱きしめていた。

「う、くるしいよ、フレイヤさん…っ」

「す、すまないハルオミ、大丈夫かい?」


彼を解放し、私は突っ立ったまま何から話そうか考えていた。私の言葉をハルオミは何も言わずにただ待ってくれていた。



ついに言葉は纏まらなかった。話すよりも見てもらった方が早いだろうと思い、私は着ていたシャツを脱いだ。

ハルオミは
「ど、どうしたの」
と言って戸惑っていたが、私の肌が少しずつ曝け出されるにつれて言葉を失ったように呆然としだした。

「フレイヤさん、その傷……」

胸や腹、背、上腕に伸びる数々の線状痕に彼の指が触れた。触れた場所の痕が全て消えてしまいそうなほど心地良かった。しかし現実はそう上手くできていない。今この瞬間も、少しずつ、少しずつ呪いによって痕は増えていっている。

「痛い?」

痛々しい顔で訊ねるハルオミに、「痛く無いよ」と答えると、信じられなそうな顔で痕を凝視した。

「これはね、私にかかった、いわば呪いのようなものだ」

「呪い?」

「そう。私は昔から他人と交流するのが苦手でね。何をするにも一人でないといけなかったんだ。食事をするのも、眠るのも……魔物を討伐するのも、全て一人が良かったんだ」

話す間にも、彼は一つ一つの痕に魔法をかけるかのように丁寧に指を這わせた。

「成人を迎えた魔祓い師は、世界中の伏魔域へ討伐の旅に出るのが掟だ。私も5年ほど前、一人で旅に出た。一人は楽だった。それまでの仕事の多くはニエルド兄さんとビェラの3人でおこなっていたからね。つい開放的に感じてしまって、魔物を狩って狩って、狩り尽くして、それでも物足りなくなって、業務領域外へ出てしまったんだ」

「ちょっと待って、狩り尽くして、って……体や心は大丈夫だったの? 魔祓い師って、狩る時は魔物を体に取り込むんでしょう? フレイヤさん、何ともなかったの?」

泣きそうな顔で彼が聞くものだから、私は子をあやすように彼を抱きしめ背を叩きながら続けた。

「大丈夫……だったかどうかは自分でもわからない。幼少期からたくさんの人に、お前には心が無いと揶揄われ続けていた。私はどうやら冷淡らしい。けれどそのおかげで魔物の影響は他の魔祓い師より少なかったように思うよ。魔物は人の心を攻撃するからね。優しい魔祓い師ほどダメージをくらってしまうんだ」

私の言葉を聞いたハルオミも、この傷だらけの背をぽんぽんとさする。まるで私が彼にあやされているようだ。


「魔物を狩るだけが取り柄の私は、そうやって業務領域外に出て…遭遇してしまったんだ。ステージ5の魔物に」


私の背を叩く小さな手が硬直した。
ハルオミは私から体を離し、その黒い大きな瞳で私の目を貫く。なんと言っていいか分からないのか、彼からは浅い呼吸だけが聞こえてくる。


「身が震えたよ。興奮でね。私は意識の狭間に入り込んでいることをその時初めて自覚した」

「意識の狭間?」

「ああ、ごくたまに魔祓い師が陥る症状だよ。魔物を身体に取り込みすぎると中毒のようになってしまって、魔物を取り込みたくて仕方がなくなり自我を失いかける。普通ならそうなってしまう前に体が拒否したり側仕えに癒してもらったりするんだけど、私は気付かぬ間に陥ってしまったんだ」

「…………一人で…?」

「ああ、一人で狩った。その瞬間からずっと、この醜い痕は増え続けている」

消えていってしまいそうな声に答える。
一人でステージ5の魔物を狩った。その意味を知っているのか、彼は私をきつくきつく抱きしめた。お互いに言葉が出なかった。



しばらくそうしていた。
最初に口を開いたのはハルオミだった。

「フレイヤさんは、魔物になっちゃうの?」

震えた声。怖がらせてしまったと思い体を離そうとするが、ハルオミは私をきつく抱きしめ離そうとしなかった。

「分からない。が、私の魔力は穢れている。この魔力を与えてしまっては、ハルオミにどんな恐ろしい悪影響が及ぶか分からない。それに君は魔力を持たないと言ったね? それが本当なら、流れ込んできた私の魔力に抗う術のない君は、たちまちこの呪いに侵されてしまうかもしれない」

「……そっか。だから、魔力は与えられないって言ったんだね」

「本当にすまない」

きっと怯えているだろう。傷ついているだろう。側仕えを承諾したことを悔いているだろう。

ハルオミを腕から開放すると、彼は予想に反して、キッ、という強い瞳で私を見た。生じたのは怖れではなく怒りだったか。それでも仕方がない。私は彼に何と思われようと反論は愚か傷つくことすら許されない。

彼はこちらを見上げながら、

「フレイヤさん、次謝ったら許さない、ことにする」

と怒った。


ハルオミの言っている意味が理解できなかった。なぜ謝ってはいけないのだろうか。私は彼をこんなに傷つけているというのに。

「フレイヤさん、なんでも自分のせいにする。
仕方ないじゃない。フレイヤさんがステージ5の魔物を一人で狩ってしまったのも、僕に魔力を与えないという選択をしたのも。よく考えて? 全部仕方なくない? フレイヤさんそうするしかなかったんだもの」

いたって当たり前のように私は悪く無いと言ってのけるハルオミ。彼は何を言っているのだろう。

「しかし、君を傷つけた。側仕えに魔力を与えないなど、魔物に襲われてもいいと言っているようなものだ」

「そう思ってるの?」

「そうではない! 私は……」

「フレイヤさん、優しすぎるんだよ」

とんでもないことを言い出したかと思えば、私の腕についた痕に口付けを落とした。

「ハルオミ…」

「僕が傷ついたのは僕の問題。フレイヤさんから魔力を貰えなければ魔物に襲われやすくなっちゃうとか、悪い人に狙われちゃうとか、そういうのどうでも良かった。印章がどうとか加護がどうとかどうでも良かった。ただフレイヤさんの魔力が欲しいと思った。加護を受けられなかったのが嫌なんじゃなくて、フレイヤさんに駄目って言われたのがちょっとショックだったというか……もう、自分でも何言ってるかわかんなくなっちゃった」

頭を捻って捻って、言葉がまとまらなかったのか最終的に頬を膨らませてしまった。そんな表情も愛らしい、と不謹慎ながら思ってしまう。

ただ、私はもっと彼を困惑させてしまう事実をこれから告げなければならないのだ。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

拾った異世界の子どもがどタイプ男子に育つなんて聞いてない。

おまめ
BL
召喚に巻き込まれ異世界から来た少年、ハルを成り行きで引き取ることになった男、ソラ。立派に親代わりを務めようとしていたのに、一緒に暮らしていくうちに少年がどタイプ男子になっちゃって困ってます。 ✻✻✻ 2026/01/10 『1.出会い』を分割し、後半部分を『2.引き取ります。』として公開しました。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺

ユッキー
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。  大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと

mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36) 低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。 諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。 冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。 その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。 語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

処理中です...