【完結】眠れぬ異界の少年、祓魔師の愛に微睡む

丑三とき

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東の祓魔師と側仕えの少年

33.とんでもねぇやつ

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空気が変わった。
いつも優しくて柔らかい笑みをくれるフレイヤさんが、初めて厳かな雰囲気を纏った。

「今日皆に集まって貰ったのはハルオミを紹介するためだけではない」

フレイヤさんは立ち上がり、僕を隣の椅子に座らせて、それからシャツを脱ぎ出した。……言葉で説明するの苦手なんだな。



フレイヤさんが肌を晒すと、部屋の空気が凍りついたのが分かった。
ニエルドさんやビェラさんは血の気が引いたように冷や汗を流し、パネースさんとムーサさんは手に口を当てて青ざめている。只事ではない雰囲気がひしひしと伝わってきた。


しばらく続いた沈黙の後、ギュスター様が口を開いた。

「なるほどな。お前がハルオミに手を出さなかったのはそれが原因か」

「え……どういう事ですか?」

この呪いと夜伽に何の関係があるのかわからず彼に尋ねると、ムーサ様が言葉を選びながら慎重な口ぶりで教えてくれた。

「魔祓い師を治癒する行為、つまり性行為を行う際、体だけでなく魔力も混じり合う。その時にハルオミ君にフレイヤの呪いが流れ込んでしまうかもしれないんだよ。だからフレイヤは君に手を出さなかったんだろうけど……そんな大事なことも説明していなかったのかお前は! 見てみなさいハルオミ君の不安そうな顔。きっとお前がいつまで経っても煮え切らない態度でいるから自分に魅力が無いのではと苦悩していたに違いない。ごめんなハルオミ君、うちの愚息がどうしようもないバカで」

「いえ、とんでもないです。フレイヤさん報連相不足なのは分かってたので」

「ほーれんそー?」

「こ、こちらの話です」

ムーサ様に答えると、フレイヤさんの腕の中で押し潰された。

「っごめんよハルオミ、私はそんなに君を悩ませていたのか」

しょぼんとする彼の腕を振り解く。

「むぐ…ん、もう! 苦しいってば。それに謝らないでって言ったでしょう? おこるよ」

「す、すまないハルオミ……」

「また謝った」

きりっと見つめれば、フレイヤさんがたじろぐ。こんな図体の大きい男がおろおろしてるのが可愛い。

「ハハハッ、こりゃ面白い。お前が尻に敷かれるタイプだったとはな。ハルオミ殿、これからもこのクソ出来の悪い愚弟を頼んだぜ」

「はい。よろしくお願いします」

愚息だの愚弟だのひどい言われようだけど、フレイヤさんが家族から愛されているのは分かる。



わずかに緩んだ空気を、ギュスター様が再び引き締めた。

「フレイヤ、お前は自分が何をしでかしたか分かっているのか?」

「……返す言葉もありません」

「何があった。いつステージ5を倒した。何ひとつ隠さず全て話せ」

彼はひと呼吸おいて、5年前の出来事を話し始めた。成人の儀の際、魔物を取り込みすぎたことによる中毒で意識の狭間に入り込んでいたこと、対峙したステージ5の魔物の詳細、討伐後自身の身に起きた変化まで何もかも。

皆辛そうな顔をして聞いていた。




「なるほどな。5年もの歳月をかけてお前を蝕んでいるその呪いを解かなければ、ハルオミに魔力を与える事ができず、お前もいずれ滅んでしまうというわけか」

「5年前って言ったら、普段魔物の影響を受けづらい兄さんが苦しみ出した頃だね。その時は成人の儀がよっぽど厳しかったんだと思っていたけど、ステージ5を討伐していたなんて……」

「しかしよ、近頃は調子も機嫌もいいじゃねえか。俺はてっきりハルオミ殿がよほどの手練れだと思っていたが、」

「兄さん、無粋な物言いは辞めてくれと言ったはずだ」

ニエルド様に反抗するフレイヤさんに、再びニエルド様が言い返した。

「まあ聞けって。夜伽をしていないにもかかわらず、ハルオミ殿が来てからお前の調子が目に見えて良いと来た。父上、母上、俺の言いたい事が分かりますよね」

ニエルド様が目配せをすると、呼びかけられた二人は信じられないとでも言いたげな表情で僕を見た。

その視線が何を意味しているのかわからずフレイヤさんに目で助けを求めるが、彼もまた首を傾げた。

「ハルオミ、君にいくつか質問をしても?」

ギュスター様の問いに頷く。

「君はフレイヤのそばにいて、何か異変を感じたことは無いか?」

「異変? とくには……」

「フレイヤが近くにいる時といない時で、何か違うなぁって感じることは無い?」

続くムーサ様の問いに、思いあたる節を挙げてみた。

「ああ、それなら……僕、フレイヤさんの近くにいるととっても眠くなります。元の世界では1日に1、2時間眠れたら良い方だったんですが、フレイヤさん、その……良い匂いなので、彼の香りを嗅ぐと、ふわふわ~ってなって、良い気分になって、眠くなります」

人んちの息子にとんでもないセクハラ発言してるみたいで言いづらいことこの上無いけど、大事なことっぽいので仕方なく包み隠さず話した。

すると今度はフレイヤさんも目を見開いた。

「ハルオミ……それは本当かい?」

「うん。昨日フレイヤさんが帰ってくるまで起きてたでしょう? それ、フレイヤさんがいなかったからなんだ。僕フレイヤさんいないと眠れないみたいだから」

フレイヤさんは気圧されたように息を吸い込んだ。

な、何だろう。どうしてみんなこんなに驚いてるんだろう。もしかしてとんでもないこと言っちゃった? 何がダメだったんだろう。

不安に苛まれていると、ギュスター様が静かに口を開いた。

「ハルオミは、フレイヤの半身はんしんなのかもしれんな」

「はんしん……」

「番や宿縁と言った方が分かりやすいか」

ギュスター様が言い直してくれるが全然分からない。困っているとムーサ様のツッコミが入った。

「んな堅苦しい言葉じゃ分かりにくいよギュスター。ハルオミ君、"運命の人"って言ったら、何となくイメージが湧くかな?」

「運命の、人……はい、なんとなく」

「ハルオミ君にとってフレイヤが、フレイヤにとってハルオミ君が、その"運命の人"である可能性が極めて高い」

運命の人。

その響きに、喉の奥がカッとするような幸福感が押し寄せた。

僕とフレイヤさんが、運命の人?

「この世界で半身に出会える可能性は1%に満たない。だからみんなこんなに驚いているんだ。ごめんな、いきなり全員にびっくりされて不安になったよな」

ムーサ様の心遣いに場の雰囲気が少し和む。

「半身なら、性行為などしなくても肌に触れるだけで治癒効果があるって言うしな。お前の不気味なまでの好調具合はおかしいと思ったんだ。ハルオミ殿には感謝しねえとな」

「いえ、むしろ僕が感謝しないといけません。フレイヤさんに出会ってから体調がいいのは僕も同じなので」

「ハルオミが、私の半身……」

「なんだよ兄さん、兄さんも自覚なかったの? まったくそういう頓珍漢なところは変わんないんだから」

やれやれ、と言ってため息を吐くビェラさんと頭を抱えるニエルドさんを見て、イザベラとパネースさんがくすっと笑った。僕もつられて笑うと、フレイヤさんが頭を撫でてきた。

僕がフレイヤさんの運命の人だなんて信じられないけど、もし本当にそうならこれほど嬉しいことは無いと思う。だってフレイヤさんの事を癒せてるって事でしょう? 僕の一番の望みが叶っているなんて夢みたいだ。

「兎にも角にもだ。フレイヤ、ハルオミ、二人はクールベの元に向かって助言を得ろ。あいつなら何か知恵があるだろう」

「……クー、ルベ?」

フレイヤさんが首を傾げる様子を見て、ギュスター様は額と首筋に青筋を立てる。怒ってるっぽい。クールベさんという方を知らないのがそんなにまずかったのだろうか。

誰ですか? と問うフレイヤさんに、

「私の弟だ……」

と答えるギュスター様。

「父上、兄弟がいたのですか」



……………フレイヤさんに悪気はないんだと思う。ただ本当に素朴な疑問がポロッと漏れただけで、自分の叔父の存在を知らない理由が何かあるんだと思う。例えば遠くに住んでるとか、会った事が無いとか。

「全く兄さん……クールベ叔父さんもカイユボット叔父さんもフローベール叔父さんも、つい7年前までこの屋敷で一緒に住んでいたじゃないか。ほんと呆れた……」

ほんと、呆れた。


フレイヤさん「父に兄弟はいない」って言ってなかったっけ?

今まで他人に興味なかったって聞いてたけど、ここまでとは思わなかった。

「ああ……もしかしてあのやけに親しげにしてきた方達かな……執事か軍人だと思っていた」

「執事や軍人がお前に対して親しげな口を聞くわけねえだろ。とんでもねえなお前」

ほんと、とんでもねえな。

とんでもねえけど、ずっと緊張感のあった空気は完全に綻んだ。フレイヤさんのとんでもなさっぷりに皆呆れつつも仕方ないヤツだと言って笑っている。

僕もイザベラとパネースさんと顔を見合わせて笑っているうち、緊張感がゆっくりと解けていった。
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