【完結】眠れぬ異界の少年、祓魔師の愛に微睡む

丑三とき

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東の祓魔師と側仕えの少年

34.叔父は変態

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◆◆


時は金なり。善は急げ。

翌日、僕とフレイヤさんは早速クールベさんの所へ向かうことになった。ギュスター様の弟でフレイヤさんの叔父であるクールベさんは、伏魔域に小屋を構えて魔物や人間について研究をしているらしい。隣国トレエアの国境近くにいるのでかなりの大移動となる。今回はフレイヤさんの転移魔法で向かうようだ。

屋敷の門まで見送りに来てくれたイザベラとパネースさんに行ってきますの挨拶をしていると、フレイヤさんとギュスター様のやりとりが聞こえてくる。

「いいか、ハルオミはお前の加護を受けておらず何が起きるか分かったものではない。一瞬たりとも目を離すな。常に最悪の事態を想定して動け」

「はい」

「ハルオミ、クールベの元へはフレイヤの転移魔法で飛ぶ。君にもフレイヤの魔力が及ぶが、君の中に魔力が流れ込むわけではないので呪いの悪影響は無い。が、もし体調に異変を感じた時は迷わずフレイヤに報告しなさい。わかったな」

「はい、分かりました。ありがとうございます」

「大まかな内容は私から伝えてあるが、詳細は二人で説明してくれ。それでは、武運を祈る」

「はい。ギュスター様、イザベラ、パネースさん、行ってきます」

「おう。無事に帰って来いよハルオミ」

「お気をつけて。帰ってきたら色々聞かせてくださいね」

二人に手を振り束の間の別れを惜しんでいると、あたりが少しずつ光りだした。

「行こうか、ハルオミ」

「はい」

びっくりしてフレイヤさんの腕を掴むと、抱き上げられ、ついに周りが見えなくなるほど強い光に包まれた。




「わ、っみんなが見えなくなっちゃった」

「ハルオミ、しっかり捕まっていなさい」

「は、はい」

フレイさんの首に腕を回す。
すると突然重力がおかしくなったように体のバランスが崩れる。吹き飛ばされないようにしがみつく。こわい。ジェットコースターってこんな感じかな。気を抜いたら情けない声をあげてしまいそうで、喉をきりっと引き締める。



そんな状態が十数秒続いた頃だろうか。ようやく正常な重力が体に戻り目を開くと、少しずつ光がおさまっていった。

「ハルオミ、よく頑張ったね。到着したよ」

「ここ……森?」

周りは樹木に囲まれていた。

「ここが伏魔域だ」

ごくっと唾を飲む音が耳の奥で響く。知らず知らずのうちに恐怖を感じていたようだ。フレイヤさんに抱き上げられていなかったら、きっと立っていられなくて膝をついていただろう。

「少し薄暗いね」

「ああ、魔物の魔力が充満してそう見えるんだよ」

空の色も心なしかどんよりして見える。良い気分にはなれない。


フレイヤさんの説明によると、各国の居住域は魔祓い師の作る結界によって守られているが、伏魔域はその結界が通用しないため魔物が好き勝手に蔓延っているのだという。

でも大丈夫。フレイヤさんがいる。

そうやって心を落ち着け恐怖を薄らげる。

恐怖心が治まったはいいものの、次は悪寒が背中に走りお腹の底から何かが込み上げて来そうな感覚をもよおした。








「……間に合ったあ」

僕は人様の家の洗面台を占領し、気持ち悪さを文字通り吐き出した。


転移後すぐに様子がおかしくなった僕を見て、フレイヤさんが驚くべき直感力で道を進みすぐさまクールベさんの小屋を見つけ中に運んでくれたのだ。




「すみませんクールベさん。初対面の方のお家でいきなり……」

「大丈夫かいハルオミ。すまない、私の転移魔法が体に響いてしまったんだね」

洗面台から戻ると、凄まじい速さで駆けつけてきたフレイヤさんの抱擁を受ける。

「ただの乗り物酔いみたいな感じだよ。大丈夫」

ぎゅっとされた勢いでまたもよおしてしまいそうなのでそっと身を離すと、クールベさんが面白そうに笑った。

「おうおう、見ねえうちにすっかり丸くなっちまって。甥っ子の成長が見れるのは嬉しいもんだな」

フレイヤさん、あなたのこと知らなかったんです。

なんてもちろん言えない。

クールベさんは、フレイヤさんよりも背は低いがそれでもプロバスケットボール選手並みに大きくて、全身を黒いマントで武装している。

圧迫感はあれど、快く洗面所を貸してくれたし気のいい兄ちゃんみたいな雰囲気で、伏魔域の薄暗さを忘れてしまいそうなほど明るい人だった。

「ハルオミ、まだ顔色が悪い。少し横になりなさい」

「う……でも」

初めましてでいきなり洗面所を借りてしかも横になるのはどうかと。

「遠慮するなハルオミ君。長距離の転移魔法は異界人には辛いだろ。フレイヤの言う通り、そこで横になってな」

「すみません、では……ありがとうございます」

まだ頭がズキズキ痛むので、言葉に甘えてソファに寝かせてもらうことにした。クールベさんの小屋はこじんまりしてるけどとっても綺麗で、ログハウスみたいな作りで居心地が良い。


フレイヤさんさんが僕に毛布をかけると、二人は詳細を話し出した。

「んで、ステージ5だって? そんなバケモンどこにいたんだよ。くっそ羨ましいぜ。俺も対峙してみてえぇ」

「……………」

「………まさかとは思うが、覚えてねぇってことは」

「全く思い出せません。とにかく辺境だったということしか」

「………まじかよ」

ここでもフレイヤさんはフレイヤさんだった。

「まあ場所はどこだっていいけどよ。ステージ5なんて倒したら、俺だったら興奮して絶対忘れねえけどな。お前、そういう淡白なところは変わってねえのな」

居心地悪そうに頭をかくフレイヤさん。

痕を見せてみろ、と促され上の服を脱ぐと、クールベさんはまじまじと顔を近づけ観察し出した。

「へぇ……これがステージ5の呪いか。美しい……美しすぎる……」

頬を紅潮させながら裂傷痕ひとつひとつを舐め回すように見つめ、ともすれば本当に舐め回しそうな勢いで……あ、本当に舐めた。

「っ、叔父上、なにを」

「んん~~、たまんねえぜおい、これがステージ5の味か……お前の中で吸収して消化した魔物は一体どんな姿形で、どんな顔で啼くんだろうなあ。さぞ美しく艶かしいんだろうよ……あぁ、やべえ、想像しただけで勃ちそうだ……」

フレイヤさんの肩あたりのぺろっとひと舐めしたかと思えば、危ない発言をするクールベさん。そんな彼に対してフレイヤさんはいたって涼しい顔で、

「細かい姿形は覚えておりませんが、そこら辺のネズミほど小さくすばしっこい。かと思えば人を襲う際のみ巨躯になり、全てを貪り食おうとしてきます。討伐した直後は身が痺れて数分動く事ができませんでした」

と淡々と説明する。

「そうかそいつはポベートールだな。起きてる時は平気だろうが胸糞悪い夢ばっか見るだろ」

「……なぜお分かりに」

「は? 俺は魔物の専門家だぜ、ナメてもらっちゃ困る。そうかそうかぁ、お前さんポベートールだったか~、こ~んなに裂傷を刻み込んで……すぅ~~~、はぁ、恐怖の匂いがプンプンする。ジュル……、たまんねえ……」

うっとりとした顔をして何度もフレイヤさんの匂いをかいだり舐めたりするクールベさん。

「僕だって舐めた事無いのに」




「………………ハルオミ?」




……心の声が漏れちゃった。変なところで張り合いをする僕の変態発言を聞いたクールベさんが、耐えきれず吹き出した。

「ブフッ……ハッハハハハ! ハ、ハルオミ君…君面白いなあ。そうかそうか、フレイヤは君の主だったな。配慮が欠けてたぜ、すまないな」

「………いえ。こちらこそすみません」

クールベさんはフレイヤさんから退いて謝罪を述べる。恥ずかしい。穴があったら入りたい。

「それで叔父上、この線状痕はやはり」

「ああ。そのポベートールを祓った後遺症で間違いねえ。フレイヤ、お前の命はもってあと数日だな」

「え、数日、……!? 数日で、フレイヤさん、あの、え……いや、そんな」

「ハルオミ、落ち着きなさい」

衝撃的な宣告に飛び起きたじろぐ事しかできない僕を座らせて背をとんとん叩くフレイヤさん。

「落ち、落ち着いていられないよ。だってフレイヤさんが……フレイヤさん、なんで……」

なんで彼はこんなに冷静なんだろう。
いや、心の中では辛いはずだ。5年もの間ひとりで抱え込んできたんだ。平気なはずない。

ああ頭が痛い。この温もりがあと数日で消えてしまうなんて。呪いを何とかするためにここへ来た。だけど真実を目の当たりにしたら途端に怖くなって震えてしまう。寒気がする。頭が痛い。

「ハルオミ、呼吸が浅くなっている。こうやって深く息を吸って」

すーーー、と綺麗に呼吸を吸って、ふーーー、とゆっくり吐き出すフレイヤさんを真似て、落ち着こうと必死になる。

「うん……すうーー、ふうー、っ」

「そう、上手だ。大丈夫、大丈夫だよハルオミ」

その何の根拠もない言葉を今は信じるしか無い。
とん、とん、とゆっくり体の中に刻み込まれる振動を頼りに、正常な呼吸を取り戻した。



「すみません……取り乱してしまって……」

「気にしないでおくれハルオミ。私は君に迷惑をかけてばかりいるね」

「ううん……違う、フレイヤさんは悪くない」

胸元に付いたひと筋の傷を撫でる。彼を脅かす呪いについて知らなければ。クールベさんに続きを聞かなきゃ。どんな残酷な現実だとしても、まずは知らないと始まらない。

どんな真実でも受け入れてみせる、と覚悟を決めていると

「「っ……!」」

フレイヤさんとクールベさんが厳しく表情を引き締めて窓の外を見た。
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