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東の祓魔師と側仕えの少年
85.祝言〜天にも昇るウェディングケーキ〜
しおりを挟む皆がザワザワと自由に会話し始めた時、ニエルド様が壇上から声を発した。
「皆様、本日の料理ですが……馴染みのない料理もいくつかあるかと思います。この日のためにメニューを担当してくれたのは、我がヴィーホット家屋敷の自慢の料理人達、そしてそちらにいる、ハルオミ殿です」
ぐゎっ、と、壇上に向いていた視線がこちらへ集まる。思わず一歩下がってしまうと、フレイヤさんが肩を抱き止めてくれた。
「ハルオミ殿と料理人たちで作られた特別な品々ですので、皆様どうぞご賞味ください」
ニエルド様の言葉に、皆様は どれだどれだ!?と興味津々に料理を見る。
「ハルオミ、本当に料理人達に頼んでくれたんだなっ!」
イザベラが嬉しそうに言う。
「うん、約束したからね。ニエルド様にも許可をいただいたの。パネースさんへの"サプライズ"だよ」
言いながら壇上を見ると、パネースさんは目玉が飛び出そうなくらいに見開いて声を失っている様子だった。そんな彼と目が合い、笑いかけると彼も驚いたように笑った。
「ハルオミ、君の料理が各地へ広まるのは、嬉しいような複雑なような、嬉しいような……」
フレイヤさん眉尻を下げながらふぅ、と息を吐いて言った。
「フレイヤさんお腹空いてる顔してる。食べたいんでしょ? 僕取ってきてあげるね」
「こらこら待ちなさい、私も一緒に行くよ」
じゃあ俺も、僕も、と、僕たち主賓も料理を物色しようとみんなで歩き出した。
「なんだ……! これは芋か!?」
「しかしなんだか甘酸っぱい味付け、いや、塩気の効いた…? ん、野菜の歯応えも隠れていた!」
「複雑な味だがまとまっている」
「うまい、止まらない、こりゃすごい…」
もちろんこの世界の料理も数多く並ぶけど、僕も何品か担当させてもらった。でもせっかくだから僕は主食の「芋(マッシュポテト)」に肉団子や野菜料理を合わせたりして、この世界の食事スタイルを楽しんでいる。
そして次々飛んでくる料理への質問にその都度答える。
「ハルオミ殿、この平たい肉団子のようなものは何ですか?」
「それはハンバーグといって、ソースに酸味のある野菜や砂糖などを入れて濃厚な味にしています」
「この米は味が濃いですね、しかしくどくはない」
「それは炊き込みご飯です。お出汁や調味料や具材を入れてから炊いています」
「こっ、これは、これも芋ですか」
「ああ、それは……スイートポテトです」
「すいーと、ぽてと……?」
「皆様、このスイートポテトには、パネースさんが農園で育てた芋も使っています。甘いお芋に砂糖や卵や牛乳などを加えて焼いたお菓子です」
「なんと!芋が菓子に!」
「それに、パネース殿の育てた芋ですと!?」
「それは食べておかねば」
「こちらにもひとつくれないか」
先日収穫できた芋は、「全てハルオミ君の好きなように使ってください」と預かっていたのだ。
彼と交わした約束は、自分の手で果たしたかった。だから祝言に魔力の抑制が間に合わなければそれは仕方がないと思っていたけど、こうして自分自身で作ったものをパネースさんの晴れ姿に添えられたのは本当に嬉しかった。
パネースさんを見ると、驚いた顔で笑いながら、もぐもぐと頬を膨らませてグッドサインをくれた。
そしてみんなのお腹が落ち着いてきた頃、壇上で食事を楽しむニエルド様に目配せをした。彼はコク、と頷く。
「フレイヤさん、僕、厨房に行ってきます」
「おや、遂に……だね」
「うん」
フレイヤさんに見送られながらこそっと会場を抜け出して、廊下を早歩きで歩いて、厨房の扉を開ける。少し勢いよく開いてしまったのは、どきどきで心拍数が上がっているからかもしれない。
頼もしい料理人さん達の顔。
皆、笑顔で僕を迎え入れてくれた。
「皆さん、今日は本当に僕のわがままを聞いてくださってありがとうございます。それでは、お願いします…!」
深々と頭を下げると、
「「「「「おうっ!!!」」」」」
と心強い返事が返ってきた。
会場の外で、料理人さんと待機する。
ちらっとニエルド様に視線を送ると、彼は一歩前に出て、盛り上がる会場に向けて話し始めた。
「さて皆様、お楽しみ中のところ失礼します。
突然ですが私の愛する妃、パネースには、ある好物があります」
急な言葉に、隣のパネースさんは「へっ?」とニエルド様を見る。構わずニエルド様は話し続けた。
「それはハルオミ殿の世界の食べ物。"アップルパイ"と名の付く菓子で、煮詰めた果実を香ばしい生地で包んでおり、ひとたび口に入れれば天にも昇るような菓子なのでございます」
ハードルを上げるのは出来ればやめてほしいけど、ニエルド様がそんなふうに思ってくれたのだと思うと胸が躍る。
まわりからは「ほぅ…」「そのような食べ物が」「しかし今日の料理にはそれらしきものは無かったぞ」とザワザワ声が上がる。
ニエルド様は続ける。
「話は変わりますが、ハルオミ殿の世界の祝言においては、"ケーキカット"なる風習があるようなのです。つまりは巨大な『ケーキ』、いわゆる甘味を切り分け、来場者皆で食す。この『ケーキ』を切り分ける際には我々が一刀目を入刀する、それにより互いの絆が深まると言う逸話があるそうなのです」
だいぶ憶測で、しかもこじつけで話しちゃったから合ってるかどうか分からないけど、ニエルド様は僕の伝えた通りに伝えてくれた。
「それでは。これよりパネースの好物である"アップルパイ"を、ここで"ケーキカット"いたしますので、皆様ご賞味頂けますと幸いです」
「えっ? へ? あっぷる……え?」
パネースさんが混乱したように右や左を見て状況を把握しようと頑張っている。
「ではハルオミ殿、よろしく頼む」
ニエルド様の合図で、料理人さんは魔法で浮遊させたアップルパイを、僕はケーキカットのナイフとアイスクリームの入ったボウルを持って壇上へ運ぶ。会場の皆様が驚きの声を挙げる。何より一番驚いているのはパネースさんだろう。これはただのアップルパイではない。直径1メートル以上はあろうかという「特性巨大ウェディングアップルパイ」なのだ。
「ハルオミ君……あなた……」
「ふふっ、びっくりした?」
「いつの間にこんな……!」
「昨日下準備をして、今日の早朝に仕上げをしたの。料理人さんにもたくさん手伝っていただいたんだけどね」
「え……、ニエルドさんは知っていたのですか?」
「ああ、彼に相談されてな。料理人に教えた彼の世界の料理をこの場に並べても良いか、と。そしてもし魔力の抑制に成功したら、君にこのアップルパイを作りたいと」
「そう、だったのですね。すごい……嬉しい……! 私、ハルオミ君から話を聞いて、ウェディングケーキというものに憧れてしまったのです。なんだか特別な感じがするなあって……それをこんな、私の大好物のあっぷるぱいで…ふふふっ、もう、どう喜びを表現したら良いか!!」
パネースさんは感激して僕に抱きついてきた。
「おっ、ととと…パネースさん危ないよ、僕今ナイフを持ってるんだから」
「あら、そうでした。すみませんつい……その大きなナイフであっぷるぱいを切り分けるのですか?」
「うん、少し切れ目を入れるだけで大丈夫だよ。あとは料理人さんが切り分けてくれるから」
「なるほど……。では、ニエルドさん…!」
「ああ」
彼らは目を合わせ、2人で手を重ねてナイフを握る。僕は端に移動して会場に声をかけた。
「それでは、ニエルド様とパネースさんの末永い幸せを願って……ウェディングケーキ、入刀!」
僕の掛け声に、周りからは盛大な拍手が起こる。
「よっ! 当主様!」
「おめでとうー!」
「なんだこのいい匂いは…!」
「香ばしく甘い香り…俺らはこれからあの"あっぷるぱい"を食せるのか?」
「期待が膨らむな……」
ニエルド様とパネースさんがアップルパイへとナイフを沈ませる。サクッ、という良い音が聞こえると、2人は幸せそうに笑った。
彼らが入刀したアップルパイをその場で料理人さんが切り分け、お皿に乗せる。僕はアイスの入ったボールからひと掬いしてその横に添え、まずは主役のニエルド様とパネースさんに渡した。
「はい、どうぞ召し上がってください」
「ありがとうハルオミ君……!! 今日という日にこんな特別な……私は本当に幸せです!」
「ハルオミ殿、ありがとう。今日はパネースの笑顔を沢山見ることができた。君のおかげだ」
「いっ、いえいえいえ! ニエルド様が許してくださったからできたんです。大切な人たちの大切な日に、こうしてお力添えできたこと、心より嬉しく思います」
彼らの笑顔に、僕も自然と背筋が伸びる。
2人の幸せを手伝うことができたという実感が、僕に自信を与えたのだ。
「さてハルオミ殿、みなも早く食べたくてウズウズしているようだ。早く彼らにも配ってやってくれ」
「はい……!」
見ると、目の前にはとても長い行列ができていた。
僕がアイスを乗せて仕上げをしたお皿を料理人さんが浮遊させ皆様の手元へと運んでいく。
「おお……! 初めて見た、これが甘味なのか」
「色は甘そうではないが、香りが非常にそそられる!」
「早速一口食べてみよう」
「んんっ! なんだこれはっ!?」
「果実と生地の食感、こんなもの味わったことがない!気が遠のいてしまいそうなほど美味だ」
「隣のこのひんやりとしたのもうまい!」
「別で食っても一緒に食っても最高だ」
「これがパネース殿の好物か……」
「さすが、当主のお妃様はセンスがいい」
「まさに、天にも昇ってしまいそうだ……」
わいわいと賑やかな会場を見渡す。
全員が笑顔になっている。皆の笑顔を見たパネースさんは感極まって泣きそうな顔で笑っている。
感慨に耽る僕の元にフレイヤさんが歩み寄ってきた。
「ハルオミ、大成功だね」
「うん! 嬉しい、僕……なんか嬉しいな」
「君の真心が、パネースやここにいる全員に伝わっている。本当に君はすごいな」
「ううん、僕じゃない。この笑顔はここにいる全員の力だ。みんなで幸せになる。フレイヤさん、みんなで、幸せになろうね……!」
彼を見上げると、目をくしゃっとさせて、
「ああ、そうだな」
ととびきりの笑顔で笑った。
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