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続編その①〜初めての発情期編〜
14.行ってきますの心配
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結局僕の発情期は7日間続き、計10回の発情を無事乗り越えた。
10~13時間間隔くらいで発情が訪れるので、夜中や明け方に突然目が覚めてフレイヤさんを襲ってしまったこともあった……彼には感謝してもしきれない。
体の倦怠感も情緒の崩れも無く迎えた朝は、久しぶりに自分の体を取り戻したようで清々しかった。
「ん~っ、朝日が眩しい、体が軽い、お腹が空いた」
窓を開けて風を感じながらぐぃーっと体を伸ばしていると、フレイヤさんが後ろから僕に近づいて声をかけた。
「実に健康的だね、ハルオミ」
仕事用の動きやすいシャツに片腕ずつ通す動作がいちいちスマートだ。朝日より眩しいぜ…。
ボタンを閉めようとしたその手を止め、「僕がやる」と役割を奪い取った。手を伸ばして彼の首元の第一ボタンからひとつずつ閉める。
「ハルオミに着替えを手伝って貰えるなんて、私はどこまでも幸せ者だね」
彼は僕におとなしくボタンを閉められながらしみじみとつぶやく。
「今日は髪も僕が梳かしてあげるね」
「本当?」
「うん、体が軽くなったらいろんなことやりたくなるね。フレイヤさんにお世話焼くの、僕好きみたい」
7日間彼にお世話になりっぱなしだったし、発情期を終えた今ならなんでもできる気がしてウキウキしている。
腹痛が治った後、最強になったような気になるアレみたいな感じ。
「それではお言葉に甘えて髪も服も世話を焼いてもらうとしよう」
「へへん、任せなさい。そうだ、今日の朝ごはんは残念ながらフレンチトーストじゃないんだ」
「フレンチトーストは大好物だが、君と一緒に食べられるなら何だって良い、残念だなどと思うはずがないよ。ハルオミが用意してくれたのかい?」
「うん、ここ数日はほとんどフレイヤさんにやってもらってたからね。今日は任せて」
楽しみだ、と言うフレイヤさんをベッドサイドの椅子に座らせ、ブラシで柔らかい髪の毛を梳かす。
「本当にサラサラだね、フレイヤさんの髪。羨ましいなあ」
なにひとつ引っ掛かりのない銀髪に、すぅーとブラシを入れる。上質な絹糸のように、朝日に反射してキラキラ輝いている。
「君の少しだけ癖のある真っ黒な髪の毛も可愛くて大好きだよ」
「僕の髪、癖あるの?」
「ああ、後頭部のあたりに少し」
「へぇー、自分じゃ見えないから分かんなかったや」
なんてことない会話に幸せを感じながら彼にお世話を焼いて、それから朝ごはんも準備する。
発情期中の食事はほとんどフレイヤさんやウラーさんが用意してくれていた。
久しぶりに自分で何を作ろうと悩んだが、ここは初心に帰って、素朴で優しい"The 朝ごはん" を拵えることにした。
「「いただきます」」
手を合わせるなり、フレイヤさんは興味津々に目を輝かせた。
「久しぶりに米だね! ハルオミの料理と米の相性はすごくいいから大好物だよ。おかずも全て美味そうだ。黄色いこれは卵料理かい? このような四角い形は見たことがない。上に乗っているのは『わふうはんばあぐ」の上にも乗っていた根菜だろうか?」
「すごい、よく分かったね! 卵焼きと大根おろしも相性が良いから食べてみて。あとこっちの小鉢は色々な根菜の煮物だよ。あとお味噌汁と、お漬物ね」
絵に描いたような一汁三菜。
日本人ならたまらないであろう理想の朝ごはん。
フレイヤさんが望むなら毎日フレンチトーストでもいいかなと思っていたけど、それだとやっぱり栄養が偏ってしまう。彼には長生きしてほしいので、たまには朝からバランスのいい食事をとってもらいたい。
手を合わせた彼はまず卵焼きを頬張り、喉の奥で唸った。
「んん…このすりおろした根菜は卵料理にも合うのか。卵の甘じょっぱい味付けにぴったりだよ」
「良かった。甘い卵焼きは苦手な人もいるから甘さは控えめにしたんだけど、フレイヤさんはそのくらいが好き?」
「なんと…! 普通はもっと甘い味付けなのかい? それも興味があるな、明日は君の慣れた味にしてみてはくれないか? これも充分うまいが、ハルオミの馴染みの味を食べてみたい」
「フレイヤさんチャレンジャーだなぁ。分かった! お口に合うか分からないけど、明日はそうしてみるよ」
嬉しそうに頷いた彼は、お米も煮物もお漬物もお味噌汁もどんどん胃袋の中におさめていく。
器用に箸を使って姿勢よく、おかずとお米を交互に楽しむ姿は日本人そのものだった。
「煮物の味が濃いめだから、米がよく進む。漬物もさっぱりしてちょうど良い。こんなものを思いつくなんてやはりハルオミは天才だ」
「ふふっ、大袈裟だよ。言ったでしょ、元々僕の世界で馴染みのある料理だから、思いついたのは僕じゃない」
「それでも限りある食材で再現するのは大変だろう。やはり君は天才だ」
もう何度かしたこのやりとり。フレイヤさんが僕の料理を褒めるたびに交わしている気がする。
僕の料理のレパートリーが増えたのは何を隠そう料理人さんやパネースさんのおかげだ。
彼らが「これはどうだ」「これで何か作れるか」とさまざまな食材を買ってきてくれたり育ててくれたりするので、厨房にも庭園にもよりどりみどりの素材が取り揃えられている。
驚いたのは、僕の世界で手に入る食材に似たものが多いこと多いこと。土壌が似ているから育つものも似てくるのかもしれない。
だから色々工夫して、こうやって日本食もどきを作るのが日々の楽しみになっている。
それを話すと、フレイヤさんは少し考えてこう提案した。
「君の一度目の発情期も無事に終わったことだし、ムニルの店に行く時に、ついでに市場も回ってみるかい? 」
彼はお茶碗に残った米の最後の一粒を器用に箸でつまみ、
「君の世界の米はもっと粘度が高く水分も多いのだろう? 専門の店に行けば、そういうのも見つかるかもしれない。もしかしたら、君のまだ知らない食材もあるんじゃないかな」
と続けた。
この世界に来てこちら、屋敷から出たことが無くても別に不自由だと思わなかったが、自分が携わった店やフレイヤさんが育った町を見れるのは楽しみだった。
けれど僕は発情期を乗り越えるのに必死になっていて、ムニルさんのお店に行く約束をしていたことを忘れていたのだ。
「そうだった……!! 発情期も終わって体が軽くて嬉しくなっちゃってたけど、もっと楽しみが待ってたんだった! ねぇ、フレイヤさんも一緒に行ける? ムニルさんのお店で食事をして、それから市場をまわって…ハッ! これって…デート…?」
1人で盛り上がってほとんど独り言のようにテンション高く発した呟きもフレイヤさんの耳にはきちんと入っていたようで、「デート、してくれるのかい?」と笑いかけてきた。
カッコ良すぎて心臓がギュッとなる。
「する!」
ほとんど反射のように返事をし、浮かれたまま煮物をつまむ。我ながら良い味付けだ。
町に行ったら調味料も見てみたいな。煮物も卵焼きも、もっと日本らしい味付けにできるかもしれない。
既に完食したフレイヤさんは、僕が食べ終わるのをにこやかに眺めている。彼は毎日忙しいのに、こうやってゆっくり食事をする時間を作ってくれる。
「あ……」
「どうしたハルオミ?」
「フレイヤさんお仕事忙しいのに大丈夫だった? もし町へ出るの難しかったら無理しないでね」
彼ら魔祓い師の休みは月に一度か二度。
今までは屋敷でゆっくり過ごしてのんびりしながら体調を整えていた。
浮き足立っていた気持ちを地に着けて、果たして彼の貴重な休みにデートして良いものかと思い直した。
フレイヤさんは食べ終わった自分のお皿を綺麗に重ねると、こちらに来て、お茶碗と箸を持ったままの僕を持ち上げ膝に乗せた。
「気を遣わせてしまったね。心配してくれてありがとうハルオミ。でも大丈夫だよ、実は私も君と出かけられるのが楽しみで仕方がなかったんだ。それに、君にこうして触れているだけで疲労などすぐにどこかへ行ってしまう。だから心配しないで大丈夫」
そう言いながら箸を奪い、残りのおかずを僕の口に運ぶ。
「もう…今日は僕がフレイヤさんにお世話を焼こうと思ったてたのに」
「君を見ていたら、愛らしくてつい甲斐甲斐しく面倒を見たくなるんだ。許してくれ」
運ばれるおかずをもぐもぐ咀嚼しながら、同時に幸せも噛み締める。
「いつもありがとフレイヤさん。僕もデート、楽しみにしてる!」
「ああ」
食べ終わった食器を片付けて、フレイヤさんを見送る。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます。今日は昼頃にクールベ叔父上が来ると思うから、きちんと診察を受けるんだよ。発情期が明けたとはいえ体調が悪いと思ったらすぐに誰かに言いなさい。店の仕事もほどほどに…」
「わかったわかった、わかったから! 僕なら大丈夫だから。ありがとうね、いつも心配してくれて、でも遅れちゃうから、行ってらっしゃい!!」
いつにも増して『行ってきますの心配』が長いフレイヤさんをお見送りするのは、骨が折れる。
まだ心配そうな彼の襟元を掴んでグッと引き寄せ、背伸びをしてその整った唇に口付けた。
「行ってらっしゃい、フレイヤさん」
「本当に…ハルオミには敵わないね。行ってきます」
◆
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