4 / 10
北の地の魔祓い師
3.演習①
◆
北の地の郊外に広がる、雪に覆われた広大な平原。すぐ側には、魔祓い師たちが張った結界があり、国軍との合同演習は、この場所から始まる。
ヨナーシュが兄たちと共に演習場に到着した時、すでに国軍の兵士たちが整列しており、その中心に一人の男が立っていた。
———レギ・ホホロウシュ。
国軍の警備部隊隊長。16歳で士官学校を卒業し、若干21歳にしてその地位に上り詰めた。
210センチの長身に、鍛え抜かれた筋肉。鋭い眼光は、まるで獲物を狙う猛禽類のようだった。魔物討伐演習においても毎度容赦ない戦いぶりで知られている。
ヨナーシュは遠くからその姿を見て、無意識に息を呑んだ。
この冷静すぎる目。まるで全てを見抜かれているような気分になって、自分を保っているのが難しくなる。
やはりこの目はどうしても苦手だ——
と、反射的に足を止めたのも束の間、レギを筆頭に軍人たちが一斉に敬礼し、踵をそろえ、寸分の隙もない角度で礼を取る。
「ご足労、深く感謝申し上げます」
レギの声が落ちる。低く太い声だった。張り上げているわけではないのに、場が静まるほどの深い響き。背筋を伸ばす気配が周囲でそろう。
ヤンの柔らかい声が応じた。
「こちらこそ感謝するよ、レギ隊長。いやしかし、早くも“隊長”と呼ぶことになるとは。入隊した時から君は出世が早いだろうとは思っていたが、まさかここまでとはね」
ヤンの調子に巻き込まれることなく、レギは短く返す。
「呼び方も接し方も、今まで通りで構いません」
次弟のユスフが周囲を見回しながら口を開く。
「それにしてもレギ殿、前回とは顔ぶれが少々違うな。軍は異動が多いのか?」
レギは視線を巡らせ、簡潔に答えた。
「ええ。人事異動です」
その返答のあと、目がヨナーシュを射抜いた。ほんの一拍。短いが、故にまっすぐだった。
ヨナーシュは肩に力が入るのを自覚する。
なぜ今こっちを見た?歩き方か、表情か。疲労が残っていると見抜かれたのか。
内心で狼狽するヨナーシュとは対照的に、レギは淡々と述べる。
「本日は予定どおりの構成で進めてよろしいでしょうか」
「ああ、よろしく」
段取りが淡々と示される。誘導の手順、間合いの確認。指示が出るたびに、兵が無駄なく動く。
ヨナーシュは手袋の指先をつまんで整えた。
「(もう少し、分厚い手袋を持ってくればよかった)」
◆
演習は、国を守る結界の先へ軍人30名を導くことから始まる。
祓魔師にとって結界とは、意識すれば透過できる薄い膜に過ぎない。
だが祓魔の力を持たぬ一般の者には透明な壁、絶対に越えることのできない障壁として立ちはだかる。子供や動物が誤って祓魔域へ迷い込まぬよう、魔祓い師たちは日々改良を重ねてきた。
今、その結界の一部を、魔祓い師の手で破る。
彼ら軍人は対魔物戦闘の特殊訓練を受けた精鋭だ。しかし、魔物を”祓う”力は持たない。ゆえにこの演習で問われるのは、
一、魔物をどれだけ足止めできるか。
二、魔物にどれだけ有効な損傷を与えられるか。
三、魔祓い師が祓魔を完遂するまでの時間を、どれだけ確保できるか。
それらを実戦に即した形で訓練する。それが、この合同演習の目的である。
次男のユスフが、全体に響き渡る声で号令をかけた。
「よし、これより結界を破る。各自、武器の確認を」
短い沈黙の後、金属音が連なる。剣を抜く音、銃の安全装置を解除する音。
ユスフが先頭に立ち、軍人たちを先導する。ヤンとヨナーシュのペアが最後尾で陣形を固めた。
結界が破られた瞬間、空気が変わった。
祓魔域特有の、重く湿った空気。生命の気配が薄く、代わりに何か別のものが蠢いている。そんな感覚が、肌を這う。
「……なんだか、悍ましい雰囲気だな」
「今にも”出そう”って感じだぜ」
若手の軍人たちが、小声で囁き合う。その顔には明らかな緊張が浮かんでいる。初めて祓魔域に足を踏み入れた者は、毎回こうして強張る。
緊張を和らげようと、ヤンは柔らかく微笑んだ。
「祓魔域とはいえ、魔物はそうホイホイ出てこないから、そんなに気を張らなくていいよ。魔物からは私たちが守るし、それぞれの弱点もちゃんと教える。まあ、気楽におしゃべりでもしながら——」
「ヤン様」
低い声がヤンの言葉を遮った。
レギ・ホホロウシュが、一歩前に出る。その鋭い眼光が、若手の軍人たちを順に捉えた。
「“気楽におしゃべりしながら”という演習は、我が軍には存在しません」
声には抑揚がない。だが、それゆえに重みがある。若手たちの背筋が反射的に伸びた。
「お前たちも、演習中の不要な私語は慎め。ここは訓練場ではない、実戦の場だ」
レギは一拍置いて、冷徹に言い放った。
「油断すれば魔物に殺される。殺されて文句を言う資格はない」
「「「はっ、申し訳ございません!」」」
若手たちが一斉に敬礼する。その手はわずかに震えている。
レギはそれ以上何も言わず、隊列の中央へと戻った。動きには一切の無駄がない。
常に周囲を警戒し、最も効率的な位置取りを維持している。
21歳にして警備部隊隊長の地位に就いた男。その冷静さと判断力は、まさに実戦で培われたものだ。
「やれやれ」ヤンは肩をすくめ、それでも笑顔を崩さない。「相変わらず厳しいね、レギ隊長は」
だが若手たちは、もう笑う余裕を失っていた。レギの言葉が、この演習の重みを、そして、自分たちが今立っている場所の危険性を改めて認識させたのだ。
ヨナーシュは、その光景を見ながら密かに思った。
(雰囲気が地獄だ……早く帰りたい)
ヤンの気楽さとレギの厳格さ。その両極端な空気が混在する空間は、ヨナーシュにとってひどく居心地が悪かった。
それに、レギのあの目だ。何もかもを見抜かれているような、あの冷徹な眼差し。あれを向けられると、どうしても落ち着かない。
(どうして苦手なんだろうな、あの人)
自問しても、明確な答えは出ない。ただ、あの視線に捉えられると、心の奥底まで見透かされているような気がして息苦しくなる。
「ヨナーシュ、大丈夫?」
ヤンが小声で尋ねてきた。
「……ああ、問題ないよ」
ヨナーシュは短く答え、前方へと視線を戻した。
北の地の郊外に広がる、雪に覆われた広大な平原。すぐ側には、魔祓い師たちが張った結界があり、国軍との合同演習は、この場所から始まる。
ヨナーシュが兄たちと共に演習場に到着した時、すでに国軍の兵士たちが整列しており、その中心に一人の男が立っていた。
———レギ・ホホロウシュ。
国軍の警備部隊隊長。16歳で士官学校を卒業し、若干21歳にしてその地位に上り詰めた。
210センチの長身に、鍛え抜かれた筋肉。鋭い眼光は、まるで獲物を狙う猛禽類のようだった。魔物討伐演習においても毎度容赦ない戦いぶりで知られている。
ヨナーシュは遠くからその姿を見て、無意識に息を呑んだ。
この冷静すぎる目。まるで全てを見抜かれているような気分になって、自分を保っているのが難しくなる。
やはりこの目はどうしても苦手だ——
と、反射的に足を止めたのも束の間、レギを筆頭に軍人たちが一斉に敬礼し、踵をそろえ、寸分の隙もない角度で礼を取る。
「ご足労、深く感謝申し上げます」
レギの声が落ちる。低く太い声だった。張り上げているわけではないのに、場が静まるほどの深い響き。背筋を伸ばす気配が周囲でそろう。
ヤンの柔らかい声が応じた。
「こちらこそ感謝するよ、レギ隊長。いやしかし、早くも“隊長”と呼ぶことになるとは。入隊した時から君は出世が早いだろうとは思っていたが、まさかここまでとはね」
ヤンの調子に巻き込まれることなく、レギは短く返す。
「呼び方も接し方も、今まで通りで構いません」
次弟のユスフが周囲を見回しながら口を開く。
「それにしてもレギ殿、前回とは顔ぶれが少々違うな。軍は異動が多いのか?」
レギは視線を巡らせ、簡潔に答えた。
「ええ。人事異動です」
その返答のあと、目がヨナーシュを射抜いた。ほんの一拍。短いが、故にまっすぐだった。
ヨナーシュは肩に力が入るのを自覚する。
なぜ今こっちを見た?歩き方か、表情か。疲労が残っていると見抜かれたのか。
内心で狼狽するヨナーシュとは対照的に、レギは淡々と述べる。
「本日は予定どおりの構成で進めてよろしいでしょうか」
「ああ、よろしく」
段取りが淡々と示される。誘導の手順、間合いの確認。指示が出るたびに、兵が無駄なく動く。
ヨナーシュは手袋の指先をつまんで整えた。
「(もう少し、分厚い手袋を持ってくればよかった)」
◆
演習は、国を守る結界の先へ軍人30名を導くことから始まる。
祓魔師にとって結界とは、意識すれば透過できる薄い膜に過ぎない。
だが祓魔の力を持たぬ一般の者には透明な壁、絶対に越えることのできない障壁として立ちはだかる。子供や動物が誤って祓魔域へ迷い込まぬよう、魔祓い師たちは日々改良を重ねてきた。
今、その結界の一部を、魔祓い師の手で破る。
彼ら軍人は対魔物戦闘の特殊訓練を受けた精鋭だ。しかし、魔物を”祓う”力は持たない。ゆえにこの演習で問われるのは、
一、魔物をどれだけ足止めできるか。
二、魔物にどれだけ有効な損傷を与えられるか。
三、魔祓い師が祓魔を完遂するまでの時間を、どれだけ確保できるか。
それらを実戦に即した形で訓練する。それが、この合同演習の目的である。
次男のユスフが、全体に響き渡る声で号令をかけた。
「よし、これより結界を破る。各自、武器の確認を」
短い沈黙の後、金属音が連なる。剣を抜く音、銃の安全装置を解除する音。
ユスフが先頭に立ち、軍人たちを先導する。ヤンとヨナーシュのペアが最後尾で陣形を固めた。
結界が破られた瞬間、空気が変わった。
祓魔域特有の、重く湿った空気。生命の気配が薄く、代わりに何か別のものが蠢いている。そんな感覚が、肌を這う。
「……なんだか、悍ましい雰囲気だな」
「今にも”出そう”って感じだぜ」
若手の軍人たちが、小声で囁き合う。その顔には明らかな緊張が浮かんでいる。初めて祓魔域に足を踏み入れた者は、毎回こうして強張る。
緊張を和らげようと、ヤンは柔らかく微笑んだ。
「祓魔域とはいえ、魔物はそうホイホイ出てこないから、そんなに気を張らなくていいよ。魔物からは私たちが守るし、それぞれの弱点もちゃんと教える。まあ、気楽におしゃべりでもしながら——」
「ヤン様」
低い声がヤンの言葉を遮った。
レギ・ホホロウシュが、一歩前に出る。その鋭い眼光が、若手の軍人たちを順に捉えた。
「“気楽におしゃべりしながら”という演習は、我が軍には存在しません」
声には抑揚がない。だが、それゆえに重みがある。若手たちの背筋が反射的に伸びた。
「お前たちも、演習中の不要な私語は慎め。ここは訓練場ではない、実戦の場だ」
レギは一拍置いて、冷徹に言い放った。
「油断すれば魔物に殺される。殺されて文句を言う資格はない」
「「「はっ、申し訳ございません!」」」
若手たちが一斉に敬礼する。その手はわずかに震えている。
レギはそれ以上何も言わず、隊列の中央へと戻った。動きには一切の無駄がない。
常に周囲を警戒し、最も効率的な位置取りを維持している。
21歳にして警備部隊隊長の地位に就いた男。その冷静さと判断力は、まさに実戦で培われたものだ。
「やれやれ」ヤンは肩をすくめ、それでも笑顔を崩さない。「相変わらず厳しいね、レギ隊長は」
だが若手たちは、もう笑う余裕を失っていた。レギの言葉が、この演習の重みを、そして、自分たちが今立っている場所の危険性を改めて認識させたのだ。
ヨナーシュは、その光景を見ながら密かに思った。
(雰囲気が地獄だ……早く帰りたい)
ヤンの気楽さとレギの厳格さ。その両極端な空気が混在する空間は、ヨナーシュにとってひどく居心地が悪かった。
それに、レギのあの目だ。何もかもを見抜かれているような、あの冷徹な眼差し。あれを向けられると、どうしても落ち着かない。
(どうして苦手なんだろうな、あの人)
自問しても、明確な答えは出ない。ただ、あの視線に捉えられると、心の奥底まで見透かされているような気がして息苦しくなる。
「ヨナーシュ、大丈夫?」
ヤンが小声で尋ねてきた。
「……ああ、問題ないよ」
ヨナーシュは短く答え、前方へと視線を戻した。
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
元カレに追い出された専門学生がネカフェでP活相手のパパちんぽに理解らせられてトロトロのメロメロになっちゃう話
ルシーアンナ
BL
既婚子持ちバイ×専門学生
Pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27436158
ムーンライトノベルズ https://novel18.syosetu.com/n1512ls/
fujossy https://fujossy.jp/books/31185
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。